第12話 武術へ臨む者

 あれから五日後くらいになるだろうか、十三じゅうぞうからの連絡で総司そうじの家へ赴けば、相変わらずちびっこいメイドが迎えに出てきて、リビングに案内され――そこには。

 妙に気の合った二人がいた。

「ってことは、鍛冶のための鉱石……種ってやつを探しに、未踏破エリアに?」

「改めて知ってよくわかったんだけど、ルールが違うっつーか、領域が違うから、自然発生したものにも差異が生じてるんだよ。お前の場合、ソウコの重複ちょうふく領域には行けてたんだろ?」

「それはそうだが、実地調査を行ってたってわけでもないんだ。だいたいソウコエリアの周辺には山もないし、そもそも木木きぎがある場所って珍しいだろ? 山にも枯れ木はあっても、緑豊かな場所はそうそうない」

「お陰で鉱山のキャンプが大変だって、現場で知ったよ。んで、ソウの話を聞いて思ったわけだ――つまり、魔術素材そのものじゃないのかってな」

「そこらへんでも採集はできるんだけどな?」

「けど俺が目指す得物ってのは、その先にありそうなんだよ」

「どんなのだよ、それ」

「俺が壊せない得物」

「……どっちの意味だ?」

「あー、物理的に壊せな――よう、ジュン。きたか」

「ああ……お前が呼んだんだろ。用件は?」

「躰が動くようになったから、リハビリに付き合ってくれよ。場所どうするって相談をソウにしたら、ここにあるんだって」

「へえ……ん? そういや総司、お前力が戻ってないか?」

「先延ばしにしてたけど、一応事情もわかったし、もう必要ないだろってことで、萌香もかとの契約を変えたんだ」

「破棄は、しなかったんだな?」

「もちろん。――そう簡単に自分の女を手放すかよ」

「お前といいジュンといい、なんか格好良いな、そういう台詞をさらっと言えるの」

「そうか?」

「おい、勘違いするなよ十三。風深ふうかは、俺の女じゃない。俺が、風深の男なんだ」

「……」

「なんだその目は。総司から向けられるとは思わなかった」

「いや、それミリクネさんも同じこと言ってた。自分の男じゃなく、自分がお前の女なんだって」

「くっそお似合いだぜ見せつけやがって……!」

「ああ、そりゃどうも」

 というか風深も同じこと言ってんのかよ……まあいいけど。

「で?」

「俺? 十三の体術を見てみたいってのと、お前ら二人の関係もちょい知りたかったから、場を提供したわけ」

「足りないと言ったら?」

「へえ? 要求は?」

「刃物が創れるのは以前見たが、どの程度の幅がある?」

「そりゃ、ある程度は。ナイフしか作れないってわけじゃない」

「この針を何本用意できる?」

 袖口から引き抜いたのは、暗器として俺が使っている飛針とばりだ。四番三号――長さが四番であり、十センチほど。細さが三号であり、二ミリちょい。ごくごく一般的な飛針として扱われるものだ。

「ん……特殊な金属は使ってないんだな」

「そこらにある鉄で充分。数は――十三、何本いける?」

「あー、わかんね。まだ躰が軋む感じもあるから、二百くらいで馴染むと思うけど」

「一番迷惑かけるやつがそう言ってるぜ?」

「まあ模造品程度なら、三百くらいは軽く用意できるけど。あれだろ、金属を裁断して針にするだけだろ。鉄工所に頼めよって感じだけどなあ」

 それは俺じゃなく十三に言え。

「ま、十三のやり方を知るなら、安い出費だ。行こうぜ、地下にある」

「地下ぁ? マジかよ、そこらに広い部屋でもあるのかと思ったぜ。もしくは庭」

「庭だと目立つだろ」

「そこはソウが得意とする魔術ってやつの出番じゃないのか?」

「んな面倒なことはしないし、あと俺が作ったわけじゃない。両親が俺のために作ってくれただけ――すげー本人たちが楽しそうに使ってたけど」

 まあ、派手な手合わせではなく、あくまでも十三のリハビリなら、壊すこともないだろうと、俺たちは揃って案内に従って地下へ。湿っぽい感じが俺の好みの場ではあった。

「ん? あのメイドはどうした、コスプレ女は」

「そう言ってやるなよ純一郎。お前があの戦闘を見せてから、余計に苦手意識がついたんだ。その日の夜なんか、俺にべったり張り付いて離れなかったんだからな?」

「へえ……快楽で誤魔化してやりゃよかったのに」

「俺がそういう気分じゃなかった」

 それもそうか。

「お前ら、俺が独り身だってこと、忘れてね?」

「忘れてはないな」

「気にしてもないけどな」

「くそう……」

 言いながら、十三は大きく伸びを一つして、躰を軽く動かした。

「っつ……やっぱ軋みがあるな。少し動かせば熱も入るが、このパターンだと、今度は熱が溜まり過ぎるやつ。けどこれ、一回やっとかないとな」

 俺が怪我をしてすぐ、ストレッチをしてもう一度傷口を開いたのと、似たような作業だ。筋肉痛の場合と近く、その痛みが気にならないくらい使い、今度は自分の〝感覚〟の方を改めて教え込むのである。

「頼むぞ、ジュン」

「ああ。俺も左肩の調整をしときたかったから、構わない」

「おう、そういや脱臼してたな。もういいのか?」

「慣れたもんだ」

「……いや、わかるんだけどお前らの会話、負傷からの復帰が経験で語られてる時点で、やっぱおかしいよ」

「そりゃ半年に一回は、数日間動けなくなるくらいの鍛錬をしてたからなあ?」

「お前は裂傷、こっちは打撲。内臓をやられてた俺の方が、面倒は多い」

「はっ、よく言うぜ……じゃ、始めよう」

「はいよ。ほれ、とりあえず五十本」

「残りはそこらに束ねて、下に置いてくれ」

 左手に受け取った飛針を、上空へ放り投げた。地下なのに四メートル以上ある高さは、立体的な訓練を想定しているからだろうな。

 右足の軽い踏み込み、投擲はボールを投げるよう、左手でまずは三本、十三へ向ける。残った四十七本は、俺の肩や頭、踏み込んだ足や膝などに当たって、跳ねるようにして再び空中へ。

 躰を回転させるよう、滞空した針を右手で掴み、投擲の動作と同時に左手でも掴み、その繰り返しで行動を続ける。

 五十本投げ終わっても、一本ですら俺の足元に飛針は落ちない。

 軽く、肩をほぐすように動かしても、痛みはなく、違和が小さく残っているような感じだ。

「三割ってところか?」

「お前はどうだ」

「なんだよジュン、俺への配慮とか気持ち悪いんだけど?」

 よし殺そう。

「純一郎、そこで頷くな。何かを決意しただろ今何かを!」

「……気のせいだ」

 察しが良いな総司、この野郎。

「ジュン、次は六割までな」

「ああ」

 可能な限り順を追って、というのは基本だ。一気にではなく、段階を踏んで六割まで持っていこう。

 右手で束を持ち、今度は投げず、――俺が動きを入れた。左右、踏み込みに見せた後退、あるいは上下。

 そもそも、投擲において無回転である場合、物体の重量そのものに飛距離が影響する。針は元より軽さが重要であるため、無回転投げには向きではない――ゆえに、二つ。

 縦回転を入れること。そして横回転を加えること。

 後者は銃弾と同様であるが、威力や飛距離といった点では弱い――が、あくまでも〝点〟としての攻撃になり、つまり、相手の視覚から逃れる場合が多い。逆に縦回転を入れると、正面からでも〝線〟が見える――けれど、威力と飛距離はお墨付きだ。ただし、回転数と距離を計算して投げないと意味がないので、経験が必要になる。どちらも戦闘で扱うには、数万回は投げないと無理だろう。

 俺はもう数えるのを止めたので覚えていない。

 合計百本、六割までの扱いをしたが、肩が再び外れる様子はなかった。とりあえず戦闘ができるラインには戻っているようだ。

「おう、ちょい休憩。だいぶ躰の違和がはっきりしてきたから、調整入れる」

「諒解――ん? なにしてんだ総司、口をあけて。どっかのちっこいメイドみたいに間抜けだぜ」

「あ……げふん、いや、なんつーかお前ら、すげーな」

「なにがだよソウ」

 ……はて? なんのことを言っている?

「よくわかんねえけど、こんなのは日常だろ」

「お前らのな!」

「待て、それは違う。俺は十三じゅうぞうほど馬鹿じゃない、これが間違っていることくらいはわかっている」

「へえ?」

「俺の日常は基本的に未踏破エリアだ」

「お前もよっぽど馬鹿だよ!」

 冗談なんだがなあ。

「つーか……」

 総司が腕を組み、視線をほぼ移動していない十三の足元へ向けた。そこにあるのは、砕かれた針だったものの山だ。ともすれば、砂鉄の山と言っても良いくらいで。

 全てを、十三が壊した結果である。

「……よく、そこまで綺麗に壊せるな」

「小さいから折るよりも壊した方が早いだろ。どっちかっていうと、この針に〝点〟で衝撃を通す方が面倒じゃないか?」

「そう言われるとそうなんだけどな? しかも一つ残らずかよ」

「あー、それはべつにジュンが加減したとか、俺が躰の確認をするとか、そういうんじゃなくて、ジュンの針術しんじゅつは避けた方が厄介だから」

「針……術? え? 補助武器じゃないのか?」

「いや、針だって立派な武器だ、こいつを専門の得物として戦闘もできる」

「けど消耗品だろ?」

「だから、怖いんだろうが。壊さないと再利用されるし」

「再利用って、拾うのか、純一郎」

「いや」

「さっきやってたのと同じ、空中で保留するんだよ。弾く角度や方向まで計算に入れてるぜ、こいつ。五中一ごちゅういちくらいで〝壊せない〟と〝避けられない〟っていう飛針を投げるから、それすらも壊すよう努力してんの。今日はやらないよ?」

「――チッ」

「見せてやろうかって言いだすところだったぞソウ、お前そうなったら身代わりだからな」

「俺は魔術ばかりで、体術は〝そこそこ〟だと思ってたんだけど」

「おう、ソウは確かに、そこそこやるよなー。魔術ってのが組み合わさってどうなるのかわかんねえけど」

「わからないのか?」

「こういうのを領分や領域の違いと言ってもいいもんかね? 俺は半自動的に対応はできるけど、対応できた現実を見るまで、それは知らないのと同じだと捉えてる。それが現実に可能なものという縛りがあったとしても、同じことだ」

「へえ……何故だ? 実際に術式なんてのは、現実に可能なものしか具現できないんだぜ? 純一郎はそれに対して、お前ほどしっかりと否定というか、対応できないとは言わなかった」

「お前ができて、俺ができないのも〝現実〟だろう?」

「参った、勝ち負けじゃないけど降参だ。つーか……ちょっと落ち込みそう。俺がその真理に気付くのに、三年くらい費やしたんだが」

「ジュンとやり合ってれば、嫌ってほど痛感するさ」

「――そういえば、鍛冶なのに、まだこっちの戦闘とかもやるんだな?」

「そりゃやるさ」

 そう、俺も十三も、止めるなんてことは、欠片も考えていない。

「俺はいつだって、武術に臨んでる。憑りつかれてるのさ、こいつに。そして一割はジュンのクソッタレをどうにかしたいと思っている!」

「胸を張って情けないことを言うな馬鹿。だいたい、臨んでるのは俺だって一緒だ。向かい合って、挑まなきゃ、何だってたどり着けない――そうだろ、魔術師」

「……ああ、まったくもって、その通りだ」

 方向性は、それぞれ違うだろう。ただ、俺と十三は少しだけ近しいだけだ。

 無手格闘術、そして対武器破壊の専門家。

 俺は雨天流。

 純一郎は魔術。

 そういうものに、ただ向き合って、足を向け、受け先を求めるからこそ、臨むと、そう呼ぶのだ。



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