第9話 面倒くさい自分語りの長い説明

 ――しかし、念のため考えておかなくては、ならないこともある。

 首無しのカタヒトが布石であれ、遊びであれ、その目的が〝俺〟であることは、可能性として除外しきれない。先輩はああ言っていたが、確かに俺は妖魔に好かれる性質がある。猫族にも好かれるが、それとこれとはまた別だ。

 はっきり言って、あのカタヒトは――やる。

 頭があれば、俺も無傷とはいかないだろう。昨夜にしたって、最初の一撃で攻撃寄りにしていたら、肩を壊していた。

 妖魔の中でも、体術に精通している連中は、相当に厄介だ。対妖魔戦闘として学んだ武術そのものを、連中も同様に扱うのだから――しかも、見様見真似というレベルでもなく。

 さて、仮にそれが事実だとして、何が問題になるのかと問われれば、俺がここにいる、ということだ。ソウコエリアを戦闘の場にはしたくないが、かといって未踏破エリアに足を踏み入れれば、二ヶ月くらいは戻ってこれないこともある。

「純一郎」

「ん? ――ああ、到着したのか」

「そう、ここ」

 見れば、なんというか、洋風だが屋敷――洋館と言えばいいのか、これは。どうやらレッドハートはそれなりの家名らしい。

 呼び鈴を鳴らせば、すぐに両扉の玄関が開いた。出迎えたのは風深ふうかよりも小柄な侍女……いやこれはメイド服か。機能性が低くデザイン性が高い。

「いらっしゃ――ひぃっ!?」

「……? 純一郎、なんかした?」

「いやなんも。総司そうじはいるのか?」

「い、いる! いるとも! はよう入れ! 入ってすぐ左ぞ!」

 走って逃げた。

「なにあれ」

「すぐわかるさ、俺だって初対面だが」

 言われた通り中に入り、ちゃんと玄関では靴を脱いで左――ああ、ダイニングになってんのか、広いな。ソファも五人用が二つだし。

 そこには、霧子がいて――それから。

「よっ」

「あれチィマさん、なにしてんの」

 齢七十を越えたくらいのご老体は、既に白髪ばかりが目立つが、顔も手も、その皺の深さだけの苦労をしてきたとわかる人だ。

「あれ、純一郎知り合いだっけ? うちの爺さんの友人なんだけど」

「――ああ、そういえば、そうだっけな」

「風深です。霧子隊長の部下です」

「おう、チィマだ。総司は孫だよ。……ま、久しぶりに純一郎の顔が見たくてなあ?」

「冗談でもよせよ、チィマさん。安定はしてるだろ?」

「ま、そういうことにしとくか」

「嫌な言い方だなあ、相変わらず」

 後ろ頭を掻く。嫌いな人ではないが、幼少期のこともあるし、なんかこう見透かされてる気がして苦手だ。

「総司には何も言ってないのか?」

「見ての通り。俺の口の堅さが証明されてるだろ?」

 あ、まずい。

「だから」

 よし、インターセプト。

「俺のガキの頃も黙ったまま?」

「もう一回、もう一回って泣きついたことも黙ってやってるよ」

 クソッ! やっぱ言うのかよ!

「ま、ここは俺の家じゃなくて息子の家だ、ゆっくりしてけ。といっても、俺もしばらくはこっちにいるんだけどな」

「いろいろ話すぜ?」

「俺の口から言うことはないさ。それにこの部屋、禁煙なんだよ……」

「文句はないけど、控えろよ年寄り」

「へえ――今晩にでも、やるか? ただし、もう一回は通用しないぜ?」

「……まだいい」

「俺が動けなくなる前にしろよ純一郎」

 そう言って立ち上がり、部屋を出るのと入れ替わるようにして、総司とメイドがやってきた。とりあえず俺と風華が並んで腰を下ろせば、対面に霧子と、総司――そして。

「ほら、こっち座れよ」

「ひいっ……霧子、霧子、もうちょい近う寄れ。わたしをはさめ。密着せい」

「なにこの子、なんで怯えてんの?」

「さあ、純一郎が怖いとか言ってたけど、初対面だろ?」

「おう」

 お茶を出されて一口、中は緑茶であった。美味い。

「どうせ俺の話になるんだろうけど、一体何が聞きたい? ちなみに、話せないことはほとんどないぞ。――取り返しがつかなくなるけど」

「お前、そういう配慮とかしないの?」

「質問する方が配慮すべきだろ? 昨夜のことがなければ、黙ってたけどなー」

 何しろ面倒だからな、説明ってのは。一言で十を知るような、俺の友人みたいなやつばかりじゃないし。

「というか、なんでチィマさんと知り合いなの、あんた」

「ああそれ。純一郎の名前を出したら、爺さんがにやにやしてたから、そうなのかと思ってたんだけど」

「身近にいると見えにくいもんかね」

 じゃ、そこから行くか。

「こっち側――未踏破エリアを知る者の中に、あの人の名前を知らない人は、いない。まあ新入りなら別だけど、それにしたってすぐ耳にする。何しろ、五十年前の技術革新、世界がこうなった時の〝当事者〟だからな。チィマ・レギアにサラサ、ギィール・ラウにハクナ・コトコ――彼らを、オワリの四人と呼んでる」

 彼らはお互いに今でも交流があるし、チィマさんとサラサ殿は夫婦だ。

「電子機器、技術革新の立役者、あのハクナ?」

「そうだよ風深、霧子のばあさん」

「……そうなの隊長」

「睨まないで。隠してたのは、そういうのが面倒だからよ」

「けど、お前は実際に面識があった?」

「んー……本当は、ギィールさんの奥さんと、ハクナさんの旦那さんも、全員で昔は旅をしてたんだよ。俺と風深は、あの人たちに〝拾われた〟んだ」

「え、私も?」

「お前はすぐネズに引き取って貰ったから、知らなくて当然だ。俺はしばらく彼らに師事……というか、遊ばれたというか、いや、誤魔化しなしで言えば――警戒含めて、俺は彼らの監視下にあった。そこらの説明は後回しな、話がたぶん前後するから。霧子たちと幼馴染になったのも、そういう理由だ」

「なるほど……師事を受けたってわけじゃないのね?」

「俺には師匠がいるから」

「あーすまん、霧子さん。悪いけど先にこっち頼む。――なんでこいつ、お前のことそんなに怯えてんだ?」

「繋がる話だから構わない。後回しが先回りみたいな感じだけどな」

 ただし。

「この話は、俺のことだ。風深はもういいだろうけど、踏み込むとなればそれなりに、世界の見え方が変わってくる。念押しだ、いいんだな?」

 誰も、何も言わなかったのを見て、一息。

「こちら側の仕事は、基本的に〝調査〟だ。何故、そうなっているのか。どうなっているのか、そうやって世界のことを調べてる。それは、オワリの四人が口を噤んだことだからこそ、黙ることを決めた事象だからこそ、知っておかなくてはならないと、そういう理由が近い。もっとも大半は、ただ、彼らに認められたいって想いを抱いてるんだろうけどな」

「だから、詳しく知ってるのか。エリアごとに支配者がいたり、青、緑、赤の分類も」

「分類そのものは、人間側の尺度だけどな。そっちの話は、今は置いておこう。でだ、そいつのように、妖魔ってのは大半が人型で、赤の支配者であっても、言葉が通じる。だからまず、対話が基本となるわけだ。で、話が通じる妖魔が少ないのなんのってな……だからこそ、戦闘を前提にする」

「じゃ、こいつは稀なんだな?」

「お前の契約形態は稀だなあ……」

「そ、そ、そうとも。妾の? その、我儘だからのう?」

「……はあ」

 俺はため息を一つ落として、左目を瞑った。ポケットに入れておいた大きめのハンカチで、頭を縛るようにして左目を更に覆う。

「これでちょっとは落ち着くだろ」

「う、うむ」

「説明を続けるぞ。いいか、妖魔には言葉が通じる。その中でも、理由が何であれ、人に力を貸す妖魔がいて――そいつを、天魔てんまと呼ぶ。結論から言えば、俺にもそれがいる」

「あー……なんとなく事情は察したけど、そんなに怯えるものか?」

「怯えてはおらんぞ!?」

「無視していいぞ純一郎」

「半泣きだしな。霧子と風深のためにも言うと、妖魔ってのはそもそも、力関係が覆ることは、ほとんどない。成長は人間の特権だ――人間を触れ合うそいつみたいなヤツしか、成長はできない。で、俺の天魔はそれなりに強くてな……」

「純一郎はいつも、戦闘で力を借りてるのかしら?」

「――まさか、冗談じゃない。強い力には代償がつきものだし、手を借りなくたって俺は俺の呪力を持ってるし、術も扱える」

「それも後で詳しくな」

「だろうよ。で――実際には、俺がもうチィマさんたちに拾われた頃には、契約済みで一緒にいた。けどガキだ、何がどう転ぶかもわからん。そのため、監視されてたってことな」

「どういう契約なの」

「一般的には、まず妖魔を屈服させなくちゃいけない。実力を見せ、相手を凌駕するか、相手に認められることが第一だ。それによって、力を借りることができる。相手によって差異はあるが、基本的にはそうだ――が、俺はそうじゃない。そして、総司の契約もまあ、ちょっと違うな」

「そうだな。俺は力を借りるんじゃなく、むしろ俺の魔力を食われてる。使い魔に似た形式だ」

「で、俺は一度も、こいつを屈服させたことなんか、ない。むしろ俺の体術は、こいつに教わってる。つまり本当の師匠は、こいつ。当面の目標はだから、コイツ――〝隻眼せきがん〟に勝って、認められることだ」

「――、名を明かしてもいいのか?」

「影響はないよ。つーか風深はもう影響を受けてるし、霧子なんか配慮するだけ無駄だ」

「なによそれ」

「よし風深、言ってやれ」

「…………何から言おう」

「う、ぐ、……」

「かつて、百の眼を持つ妖魔がいた。隻眼はその内の一つだ」

 言えば、すぐに総司は目を細めて腕を組み、視線を斜め上へ向けた。こいつも察しが良いタイプだ。

「名は力となる。知っているだけで、対象を固定する。曖昧さを明確なものにするわけだ。さて、百の眼を持つ妖魔の一眼いちがんでありながらも、片方がないからこその隻眼とは、これ如何に?」

「……そう言われると、確かにおかしいわね。一つ目なのに、二つあることを前提とした隻眼なんて」

「といっても、人型になれば両目揃ってるけどな、そういう見た目の話じゃない。また、百の眼の二つが存在を創ったわけでもなし――」

「契約を前提とした存在か?」

「どういうことよ総司」

「わかりやすく、人型と規定しよう。隻眼という状況はつまり、片目を失った状態にある。名とは制約だ、存在自体がそうでなくてはならない。けど、こいつ……萌香もかの怯えようからして、それが〝欠損〟ではないと考えた。この時点で考察すべきは、両目が揃った状態でありながらも、隻眼であると定義される状況そのものだ」

「合ってる、続けろよ」

「目の魔術品ってのは、それなりに数がある。厳密に言えばそれは魔術武装でもあるんだけどな……いくつかある可能性と現実を照らし合わせ、そして契約には対価がつきものだと考えれば、高い可能性を引き当てる。つまり――〝交換〟だよ。純一郎、お前はその隻眼さんと、本来持っていた自分の左目を交換したんだな?」

「対価じゃない、こいつは契約書みたいなもんだ。実際には俺自身が依り代だよ」

形代かたしろの場合もあるのか?」

「あるある。自分の得物だったり、それこそ大事にしてるアクセサリだったり。そっちの方が安全だし、安定する。存在を喰われることもない。だからまあ、今の俺は半分くらいが、妖魔と同じ――と言うと、語弊もあるが、似たようなもんだ」

「だからこそ、その魔力か?」

「欲したわけではなく、結果的にって意味なら、そうだ。こっちは呪力と呼んでるが、おそらく同一のものだろう。ただ見てわかるような対価を貰ってるわけじゃないさ」

「なるほどな。だったらそれは、さっき言ってた〝術〟とやらに関係する話か?」

「まあ、多少な。特に高位の術式を使う場合において、俺だけじゃ無理があるものに限り、力を借りるって感じになってる。一度やったこともあるが……霧子は覚えてるか? 俺がネズに行く前くらいに、死にそうになってただろ、二ヶ月くらい」

「――ああ、あったわね。死にそうというか、どうにかぎりぎり呼吸ができてるってレベルの負傷だったけど。当時はかなり面食らったというか……」

「あれが、そういう術を使った結果だ」

「人間は器が妾たちより小さいからのう。そこに力を注げば器が持つまいて」

「漠然とそう思ってはいたけれど、実際にもそうなのね。けれど、親和性みたいなものはあるの?」

 風深がじっと、黙ったまま耳を傾けているのが、少し気がかりだ。こういう時の風深は、思考に没頭している証左でもあり――理解よりも、たぶん、疑問を抱いている。

 それが、悪い方に転ばなければ良いのだが……。

「魔物と妖魔の違いってやつだな。そこのガキも、魔物も、同じように現実へと具現しているが、その大きな違いはなんだ総司」

「魔術師として言えば、それは魔力量の差だな。簡単に言えば存在感――は? いや、へ? 嘘だろ、マジかよ純一郎」

「一人で納得しないで」

「いや……なあ?」

「いいから説明しろよ総司、それからだ」

 そろそろ俺、面倒になってきた。向いてないんだよな、そういうの。

「創造系の術式ってのがある。たとえばこんなふうに、ナイフくらいなら術式で創れるわけだ。で、こいつは魔術として、魔力と回路、構成の先に具現と、手順を踏んでるわけだが、物体であると同時に、こりゃ魔力で作ってあると言っても間違いにはならない――俺が気付いたのは、だから、このナイフが〝魔物〟じゃないかってことだ」

「……え、なんでそうなるのよ」

「萌香がそうだから。こいつこう見えて、表に出てきてるのが〝一部〟だから」

「ああ、そういえばあっち側で対面した時、呼吸も難しいほどの威圧感があったのは、そういう……」

「あれでもちゃんと抑えておったぞ」

「はいはい、ありがとう。――え? そんなこの子が怯える相手って……」

「話が反れてるか、これ」

「いや、だいたい筋通りだ。んでな総司、俺たちの扱う〝術〟ってのは、それぞれやり方は違えど、基本的にはその〝一部〟しか出てきていないものを〝全部〟として捉えるための、術だ。魔物ならそれでいい――が、妖魔相手に、どれほど躰にダメージを与えても、それは一部でしかない。だとして?」

「裏に蓄えた魔力……いや、魔力という存在そのものへ、力を通す術、か。……ん、可能不可能は度外視して、存在――うわマジかよ、驚き二度目だよおい純一郎、だから契約なのか?」

「ああ」

「説明して。私が馬鹿みたいだから。これでもちゃんと考えて会話に追いつこうとしてるのに」

「霧子さんは〝現実〟の相手ばっかだろうしなあ。けど、そうだな……霧子さん、レベルが違う相手と手合わせしたことは?」

「あるわよ、もちろん。言いたくはないけど、純一郎もそうよ……領分が違うというか」

「そう、領分が違う。領域が違う。そういう相手に一番効果的なのは、――同じ領域で戦うことだ」

「……だからこそ契約を?」

「ああいや」

 こっちに視線がきたので、苦笑してお茶を一口。

「その方が効果的なのは、確かだけど、本質は違うよ。でも領域を同じくするのは当たりだ。打撃に呪力を乗せるのもその一環だけど、もっと効果的な方法もあるし、逆に、相手の妖魔をこっちの領域に引きずり下ろす人だっている。いずれにせよ、同じ盤面に乗らないと、どうしたって〝効果的〟にはならないからな」

「気になるな。今度、その術を見せてくれ。ちょっと研究したい」

「似たようなものかもしれないぞ?」

「その時は幅が広がるからオーケイだ」

「まあ俺はいいんだけど……さて、あとはそうだな」

「現実として、今の未踏破エリアは、どうなってるの?」

「んー……そっちの、ちっこいのは?」

「い、いや、わたしは知らん。この場を任されておるだけぞ」

「昔からそう言ってたな」

「総司、お前が気付いて問うべきだ。――誰に任されてるんだってな」

 無言の空気が落ちたが、すぐに。

「といっても、返答はこうだ。〝答えられない〟――だろ」

「うむ」

「簡単に妖魔の勢力図を俯瞰すると、大きく四つにわけられる。こいつは、赤、青、緑の分類とは違うものだ。といっても三大勢力が争ってて、残り一つは無所属な。俺らの通称だと、夜の王、猫、白蛇だ」

「よくわからないわね。それ、どういう争いをしているの?」

「実際に御大と顔を合わせ――いや、まあ、知らないって前提だから一応、そういうことになってるし、知ってるヤツはいないんだけどな? さっき言った、力を借りた時の相手が猫だったとか、そういうこともあるんだが、まあここだけの話で――ともかく、情報だけで御大は知らない。だから目的も確かなことは言えないが」

 けどなあ、なんというか。

「目的は、一つ。連中はただ、楽しく争ってる。祭りと同じだ、スケールがでかいけどな」

「……は? そんだけか?」

「そうだよ、それだけ。世界って盤面の上で、ルールに基づいて、殴り合いの喧嘩をしながら笑い合ってるだけ。陣取り合戦みたいな、ゲーム感覚もあるから。そしてたぶん、こう思ってる」

 たぶんそれは、間違いじゃない。

 妖魔は人との契約を結ぶ。少なくとも、そういう事例がある以上、何かしらの理由があるはずで――そして、遊びならば。

 派手に、盛り上がった方が、よくて。


「――早く〝人間〟も参加しろ」


 そうやって、彼らは今を楽しみながら、俺らを待っている。

「だからこそ、こうやって人が住むエリアがまだ確保されてるし、中立地帯もあるわけだ。それと――ん? 悪い、緊急」

「なに?」

「――なんでも」

 ないと、立ち上がった俺が呪術を稼働した瞬間、隣にいた風深が袖を引くようにしたのを、俺は感じて。

 まったくと、内心で苦笑した。



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