第6話 俺の仕事、俺の日常、俺の戦闘
二十時を回った頃、開け放たれていたエリアの出入り口が音を立てて閉まって行くのを、俺たちは遠目で見ていた。
俺がいて、
「何でこうなってんのよ……」
不満そうに睨む霧子は、まあ女としては綺麗な部類なんだろう。これが怖い女なのは、よく知っている。なにせ幼馴染だ。
「だから、俺の仕事の見学だって言ったろ? 相変わらずうるせえ女」
「言わせてるのはあんたでしょうが!」
「……俺、霧子さんってもっと冷静な人かと思ってた」
「いつもはそう」
「やっぱり? ってことは、純一郎が特別扱い?」
「あのね? 常識が通じない化け物みたいなクソ野郎を相手に、冷静も何もないでしょ?」
「俺を睨むなよ……」
「いいから説明なさい」
ああ、やっぱ俺に向くんだな。
「徒歩でこっち向かってたんだけど、
「……放置してたのね?」
「こっちにも都合があるからな――総司、術式は使えるのか?」
「だいぶ薄くはなってるよ。それに俺、こっちじゃ魔力ナシだから。一応、ソウコエリアと重複してる未踏破エリアに入れば、制限なしで使えるよ。昔みたいにね」
契約して魔力ってやつを、誰かに渡していなかった頃か。未踏破エリアに入れば、その制限が消える――と。
ま、何かしらの事情があるんだろう。俺と同じように。
「総司、今日は霧の予報出てたか?」
「んや」
「霧子――お前の目では、どう見える? 振り向けよ、あっちだぜソウコエリアは」
「――」
まず、総司が息を飲んだ。風深を見れば、首を傾げてる。
「え、なにあれ」
「マジかよ……なんで、霧に包まれてんだ? 外壁は見える、くらいだけど」
五百メートルくらいしか、まだ離れていないんだがな。
「俺には日中でも、ああ見えてる。風深は?」
「馬車だったし、見えなかった。でも、霧は見えてたし……混ざってはないよね?」
「ああ、まだそこまでは至っていない」
「純一郎ちょっと、どういうこと」
「どうもこうもない。そもそも、未踏破エリアと〝重なって〟いるのは、ソウコエリアだけだと思ってたか?」
五十年前に起きた技術革新において、世界は一変したと言われている。
機械技術の発達によって、生活レベルが向上し、そして、世界は今のようになった。人が住むエリアと、未踏破エリアに区分されたのだ。
しかし――それは大局を見た場合で、暮らしている人たちは、ただ、技術革新が起きたことにしか目が行かないし、そうでなくてはならなかった。
疑問を抱く少数もまた、未踏破エリアを調査できない以上、あとは想像力との勝負になる。
行き来ができて、生き残れる俺みたいな僅かな人間は――その仕組みに、口を噤む。だって、話したって良いことがない。
じゃあどうして俺が話したのかと問われれば、まあ、知ったところで、どうにもならないからだし、選択とは、俺がすべきものではなく、現実を見た個人が決めるものだから。
「霧子」
「え、あ、なに?」
「お前、どうせ調べたんだろ。未踏破エリアは〝世界〟において、どんくらいだ?」
「あくまでも、想定に過ぎないけれど、おおよそ八割から九割」
「そう、俺らが過ごしてるエリアってのは、かなり小さい。広げる理由も今のところないからな。けど、技術革新以前は、そうでもなかった――違うか?」
「そういう情報もあったわ」
「その理由を、教えてやるよ」
――そして、俺は。
右足を軽く上げて、落とした。
青色の紋様が、周囲に広がって消えれば――また同時に、世界から色が抜け落ちた。
白と黒の世界。この周辺は元より更地で、雑草が生える程度だったため、あまり姿を変えてはいない。
「ここが、この近辺の重複している未踏破エリアだ。白黒ってことは中立、つまり管理者がいない。ソウコエリアのあたりは山になってるが――総司、お前は知ってるな?」
「ああ、それは知ってる……霧子さんと
「――どこにでもある!?」
「そう言ってるだろ、霧子。わかっていると思うが、もうここは未踏破エリアだから、あっち側の人が気付くことはない。そして、わかるだろう?」
つまり。
「この境界線がなくなった時、人はその場所で住めなくなる」
「……そう、そうね。風深はじゃあ、そういうことなの」
「うん、だからだと思う。なんとなく、混ざってるって感じてたし」
「――どういうことだ? それ、話せること?」
「俺も、風深はほとんど記憶がない頃だけど、ノザメエリアにいたんだよ。そして、あそこはもう、未踏破エリアと一般エリアが混ざってた。魔物の発生の仕方が既に突発的で、こっちから足を踏み入れて迷うどころか、一瞬にして状況が変化することもある」
「マジかよ……そうなると、つまり、こう言うんだな? ――そうやって、世界は未踏破エリアになって、魔物の住処へと変わっていった……と」
「仮説だけどな――おっと、そろそろだ。お前らは動くなくてもいい。やりたいなら好きにしろ、ただ死ぬな」
大地を踏みしめる〝音色〟が耳に届く。
「未踏破エリアにおいて、ある種の魔物を認識するには、きっかけが必要だ。相手の領地を荒らすことで、敵意を向ける魔物だけじゃない――そいつらは明確な目的を持って、人間を殺す。だから音、それから輪郭、つまり視界に収める。一度発見しちまえば、あとは問題ねえ」
二歩目、その足音で存在は確定できる。俺にとっては慣れたものだ。
「さて、刀を持ってろ風深」
「いいの?」
「お守りだよ。〝リウラクタ〟――護ってやってくれ」
鈴を鳴らしたような反応が、その刀の合図。ある刀工が自分の魂さえ込めて創り上げた刀だが、昔ほどの意志はないと聞いている。何故ならば、魂もまた、経年劣化するものだから。
それでも俺には過ぎたくらいの得物だ。
一歩、俺が前に出れば五十メートル先に、そいつはいた。
俺の三倍はあるだろう巨大な体躯、男性型。服はないが局部は隠すくらいの知能はあって――そして、頭が存在しなかった。
「チッ、誰かの〝使い〟かよ、面倒くせえ」
まだ続きがあるなら、俺の対応も変わってくるぞ、クソッタレめ。
「純一郎! 手伝いはいるか!?」
「あー、防衛専門で。仮に相手をするなら、派手なことはやめとけ。戦闘終了後で六割は残す計算でな?」
「は? いやんなこと――」
できねえよな。俺はやるけど。
三十メートル。
「ま、どうせ初見じゃ対応が難しい。呑気に観戦してろ」
「オーケイ、わかった。防御系術式をいくつか展開しとく」
二十メートル。
「本当に大丈夫なんでしょうね?」
「頭なしだから、そう被害は出ないだろうよ」
十五メートル、それを見て俺は先に仕掛けた。
二歩で間合いを詰めればわかる、俺の頭がせいぜい太ももの付け根、横幅はその時点で既に俺よりある。
しかも、頭なしのくせに、俺の踏み込みに〝合わせて〟きやがった。
左足で位置調整、加速を停止させながらも力を移動させるため右足の踏み込み、俺は左腕を真上に向けて、振り下ろされる拳に対した。
「――っ」
紋様が一つ浮かぶのは、連中の言うところの〝魔力〟が通っている証拠。こいつらを相手にする際には、必須とされる技能である。
――さすがに、しんどいな。
衝撃用法、基本四種と呼ばれるものの一つである〝
相手の力が強すぎて相殺まで行かず、右足が地面に沈み、更に衝撃は肩から空まで抜けてしまった。
〝何者〟がこいつを俺に仕向けたのか考えるのは、後回しだ。
沈んだ躰を跳ね上げるよう、左足を振り上げながら横回転、膝を曲げてカギのよう、野郎の太い足を〝棒〟に見立てて回転し、ふくらはぎに回転の勢いを合わせて拳を叩き込んだ。
かーらーの!
拳を支点にして絡めた足を解放して踵を胸部へ。
大きな紋様が一つ浮かんだのを見ても、この程度で倒せる相手じゃないことは理解している俺は、振動を利用してこいつの中にある〝核〟を探ろうとしたのだが――しかし。
確認するより前に、巨体が消えた。
頭なしだが〝知能〟は高い、なんて矛盾を飲み込み、
それが力ならば、どうやったって利用できる。加速を力に、力を加速に――俺にとってそれこそが、初歩だ。
「――あ、きた」
風深の声が耳に届くが、俺はそのまま連中を飛び越えた。
その背後、既に腕を振り上げた状態の相手の横腹に、まず右足の踵を当て、ほぼ〝同時〟に躰を回転させて左足で蹴る。
一瞬の停止の後、吹き飛ばされて転んだのを見て、俺はそこで追撃をいったんやめて、着地した。
どうやら、相手は――こいつを送り込んできたヤツは、それほど〝本気〟じゃあないらしい。
じゃ、あちらさんが本気になる前に片づけますか。
立ち上がろうとする巨体に向かって走れば、やはり姿が消えた。だが構わない、二度三度と左右に揺れるようなステップから、右、右、右と移動した俺は踏み込み、大地の震動に構わず指を揃えた手を、目の前に思い切り突いた。
「ふう……」
一息、ゆっくりと歩いて六十メートル先にいる彼らと合流だ。
可能性はいくつかあるが……。
「お待たせ、お疲れさん。んー……総司、ちょっとこれ、分析とか解析? してみるか?」
「おう、なんだそれ」
手にしていた折れた木を渡す。
「――頭のない、人型の木?」
「一般的な
「ん、これ重い」
「ありがとな風深。悪いけど、もうしばらくこのままだ。もうちょい様子を見る。二匹目がいないとも限らないからな。まず霧子、質問」
「あんた無手でもやるじゃないの……」
「まずそこかよ」
「いやだって、あいつと戦闘訓練してたの一回見てたけど、必ず得物使ってたじゃない」
「訓練だからな」
つっても、最初の一撃は牽制にしたって、木ノ行のあれはは小太刀の技だし、土ノ行のやつ棍で、最後の火ノ行は槍だ。それらを無手でやっただけ――だが、それは黙っておこう。
まあとにかく技の種類は多い。勘違いしないで欲しいのだが、小太刀の技だけで
「まず、中立地帯なの、ここは」
「そう、支配者がいない区域。あー……まず、仕組みの説明するけど総司、いいか?」
「聞いてる、構わないよ」
「スライドパズル。俺らはそう揶揄しながら言う」
「あの一個空きができてるパズル。カシャカシャやるやつ。音が好き」
「今度プレゼントするよ風深。ここやソウコエリア、ネズ、カザマなんかはその中で、動かないピースだ。……ま、ソウコの〝支配者〟は、どうやら総司が知ってそうだけどな?」
「ん、まあ……ね。霧子さんは一度逢ってる」
「ふうん。で、パズルって言ったように、未踏破エリアは一定の場所に存在しない。いつも行くつもりで足を踏み入れても、その場所は違うのがほとんどだ。これは、人間のエリアの傍をどのエリアの支配者も狙っているからと、そう捉えてもらって構わない。連中は陣取り合戦みたいなことをしてるからな」
「――陣取り合戦?」
「そう、連中はお互いにやり合ってる」
今は、人間ではなく、連中が覇権を争っている最中だ。
「こっちの業界じゃ連中のことを魔物とは呼ばない。――妖魔と呼んでる」
「……あえて、スルーしてたけど、あんた一人じゃないのね?」
「平均して三人のパーティがほとんどだけど、未踏破エリアに足を踏み込んでる連中は同じことをしてるよ。まあ〝調査〟だけどな――簡単に言うと、妖魔の覇権争いに噛んでる」
「マジかよ……心当たりがあるし」
「妖魔には、俺らが認定した三種類がいる。赤は人に敵意を持って攻撃的、緑が人間寄り、そして青は、そのどちらでもない。ただ緑の妖魔は〝遊び〟で人間にちょっかいをかける。青は無関心ってところだ」
「それらが領域ごとに存在するのね……」
「純一郎は? なんで?」
「俺は修行中だし、ちょっとした縁が合って、生活になっちまってるんだよ……。それは後で。総司、解析は?」
「終わったよ。中身はそれほど難しくはない。設計図と
「糸は俺が壊した時点で消えたよ。で、壊さないといくらダメージを与えても壊れない。そうか、やっぱり魔術的に解明できるものか……それもあって、俺はソウコエリアに来たんだけどな」
「けど、だったら〝思考〟をする頭部がねえのは、なんでだ? 作れなかったのか?」
「いや、たぶん緑の妖魔だろう。頭を作るほど本気じゃないってこと。よくある手だ、カタヒトの位置を見つけて壊せば問題ない。妖魔が作った魔物って感じだな。一匹だけだし、本当に遊びだったんだろう」
――あるいは。
群れから〝はぐれた〟のかもしれないが、さすがにこっちからその群れを特定するのは困難だ。
「ああなんか疲れてきた……」
「何もしてないだろ霧子は」
「あのね、高速馬車で上下左右にがたがた揺れながらGに耐えて来たばかりなのよ?」
「そりゃお前の勝手だ」
「こいつほんっっとうに可愛くない! 風深ちょっと!」
「……隊長、それ我儘」
「わかってるわよ!」
「じゃ、今日の最後にもう一つだけ。移動に付随するものって、なんだ?」
「労力と時間よ」
「実時間と体感時間の差。――これが、未踏破エリアから脱出できない大きな要因になってんだよ。スライドしたぶんだけ時間が経過してるのに、中にいるとその実感がない。……言っとくけど風深、これ、言い訳だからな?」
「うん気にしない」
いや、そこはこう、事情を
女に言い訳は通じない。
じゃあどう釈明するのか教えてくれ。頼むから。
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