第3話 学園の雰囲気と十二組

 教壇の前に立って室内を見渡せば、おおよそ二十名くらいの視線が俺に集まる。ざっと見返すようにしてやれば、巨人族オーガが二人、狼族ウルフが三人いた。こっちにも他種族はそれなりにいるらしい。

 さてと、口を開こうと思ったら、頭の上から子猫が教卓に飛び降りて毛づくろいを始めた。

「……お前は何をしている?」

 何が? みたいな顔で見上げられたので、無視した。

「こいつはこっちに来る時に拾ったヤツだ、気にしないでくれ。留学生は俺だけ。玖珠くす――いや、純一郎・クスだ。術式は使えないらしいが、よろしく頼む。カザマからだ」

「はい、じゃあクスくんは後ろの空いてる席の、左側にどうぞ」

「わかった」

 右側の空いている席は霧子きりこか……。

 一歩、足を進めれば猫が俺の肩へ。そのまま席に座れば、膝の上で丸くなった。

 そのまま始まった最初の授業は、いわゆるホームルームであり、ほぼ自由時間になる。俺への配慮だとすれば、素直に受け入れておくべきか。

「よう、二つ質問があるんだけど、いいか?」

「んー?」

 前の席にいる男が、真っ先に声をかけてきた。こういう場合、最初に踏み込む人間がありがたい――のではなく、警戒すべきだ。まあ新天地だからな、最低限そのくらいは。

「あ、俺は総司そうじ・レッドハートな。総司でいい。お前も純一郎でいいよな?」

「おう」

 そこそこ躰も鍛えてるみたいだが、標準レベルだな。人間族……だが、ずいぶんと警戒レベルが高いな。

 高いというのは、程度ではなく、警戒していることを見せていない技量の高さだ。

「まず一つ目、いや本当に何なのその猫」

「だから拾ったんだって……群れからはぐれて一人だったから、ソウコまで一緒に行くかって誘ったんだよ」

「あー、外でか。んでこんなに堂堂どうどうとしてんのかこいつ……飼うのか?」

「保護はする。そっから先はこいつの選択だ」

「――へえ」

「当然だろ」

「まあな。けど随分と懐いてる」

「懐く? 本当にお前の目にそう映ってるか?」

 問えば、総司は小さく肩を竦めた。

「お前、霧子さんより怖いよ」

「そりゃ人が違えば変わるだろ……あと、霧子と知り合いなのは隠してねえよ」

 そんなふうに探りを入れなくてもな。

「はは、悪い。霧子さんが幼馴染に純一郎みたいなのがいるって話を聞いてたんだ。隠し事が多すぎる武術家だって」

「その表現はどうかと思うが、まあ、武術家だってところは間違いじゃない」

「腕が立つのか?」

「お前ほどじゃないさ」

「謙遜だな」

「未知のものへの評価は自然と高くなるだろ?」

「俺への評価はどうかと思うけど、まあ、確かに自然だな」

「俺の台詞をなぞるなよ……だいたい、俺は霧子と違って腹の探り合いは苦手なんだ」

「その割に、ちゃんとしてると思うぜ?」

「そりゃどうも。ちなみに、俺は腕試しみたいな感覚でこっち来てるから、実際に魔術の勉強をしたいってわけじゃない」

「知識がないとまずいぜ?」

「それは〝現実〟への理解とどう違う?」

「……」

 だってそうだろう? 魔術ってやつが、現実に具現可能なものならば、それが扱えない俺がやることは、現実の理解そのものだ。

「あんたは、相当強そうだ」

「あえての言葉選びか? 腕が立つって言われれば否定もしないけどな。足が速いヤツに、必ずしも足の速さで挑まなくてもいいだろ。強さなんか比較するものじゃないし――まあ、否定するわけじゃないが、学園の〝制度〟だって、効率を求めた結果でしかない」

「はは……ようこそ、十二組へ」

 へえ……?

「俺らが去年一年で築いた共通認識がそれだ。術式が使えないやつらや、使うことにそもそも条件がつく俺らが、どうやって連中を上回るか? ――その結果を見せる機会はまだ、ないけどな」

「よく知らないが、相手は選べよ」

「まだ絶賛勉強中だから」

「ふうん」

「……私は困ってるんですけどねえ」

「りりさん、そこは応援する立場だろ。担任なんだから」

「どう考えても面倒な規模になりますから……なんとかしますけど、私にだって限界はあります」

「そうは言うけど、間違いなく俺らより純一郎がトラブル起こす方が早くね?」

「だれかれ構わず喧嘩を売るほど若くはねえよ……」

「同い年だけどな」

「総司、そもそも俺の相手ができる馬鹿が、そこらにいると思うか?」

「いて欲しいんだろ」

「まあなあ……そのために来たんだから。いや勘違いすんなよ、べつにあっちじゃ敵なしだったってわけでもない」

「お前にとって術式が初見みたいなもんなのと同様に、俺らにとってもお前みたいなのは初見なんだからな?」

「なんだ、霧子はもうトラブルを起こしたんじゃないのか?」

「いやあの人のは〝外交〟だから」

「何が起きたのか説明する気は?」

「都市運営の議会に父親のいる学生がいてな?」

「あーもういいわかった」

「わかるのかよ……」

「権力を盾にして振る舞うやつらってのは、同じ学生として見ると厄介……というか、嫌な野郎かもしれないけど、俯瞰するとこれ以上なく扱いやすい〝魚〟なんだよ。そこらは霧子と同じ見解のはずだ」

「そこらへん、どうなんだ? 俺に言わせれば、もう関わりを持たないってスタンスだったんだけど」

「盾を壊せば、今までそれを使ってたぶんの代償を支払うことになる。放っておいても自滅だが、政治的には使った方が面白いだろうさ。何しろその盾の〝所持者〟が本人じゃない。留学生って立場を考えれば外交問題に発展しやすい。ネズの常套手段だよ――ただし、貸し借りは作らず、ただ潰して次は気をつけろって感じなんだけどな」

「へ? ことの顛末までは聞いてねえけど、そうなのか? りりさん聞いてる?」

「結果だけは、ちょっと耳に入れましたが」

「ちょっと視点を変えよう。議会に席を持っているヤツがいて、息子が問題を起こした。この状況で、外部に介入された場合、まず考えるのは?」

「んー、起きた問題に対する解決方法か?」

「それが、相手の〝要求〟になる。考えてもみろ、そんなに特別な事態じゃないだろ? ガキ同士がじゃれ合った、それを外交問題に〝した〟のは、霧子の側だ。相手がそこまで突っ込んでくるなら、理由が必要になる」

「その理由が、何かしらの要求だって?」

「自然じゃないか? 弱みを握るのだって似たようなものじゃないか。だが、あいつらが厄介なところは、そもそも、要求がないことだ。いやあるにはあるんだが、そういうクソッタレを破滅させることが目的とでも言えばいいのか……」

「……ああ、うん、確かに結果として、破滅してたわ。ソウコを出てったし、無一文で」

「権力を持って好き勝手やるクソッタレが嫌いなんだよ。しかも警告になる――まあ、悪く言えば見せしめだな。ネズ側としては、ちゃんとやれって言いたいんだろうけど」

「なるほどなあ。……っていうか詳しいな純一郎」

「霧子とは幼馴染だし、長い休みにはよく顔を合わせてたからな」

「もしかして、手合わせしたんか?」

「そいつは霧子に聞けよ、そのうち戻るんだろ」

 実際、まともにやり合ってはいないからな……。

「物騒な話ですねえ」

「そうならないよう祈っててくれ」

 俺だって面倒はご免だ。


 昼まで、久しぶりに授業を受けた。

 一年の出席日数が十七日という俺の高等部一学年の生活においても、椅子に座って授業を受けた覚えはほとんどない。というのも、カザマの教育を既に学習していたし、表向きは調査隊の実働として、俺は仕事を持っていた。

 警備隊がエリア内の安全を確保するのならば、調査隊とは交通経路の安全を確保する仕事となる。

 エリアの外に出れば、まずは廃墟が広がっており、そこから先は平地だ。草原と言ってもいいが――草木はほとんど生えていない、白と黒の大地。もちろん場所によっては山もあるし、森林もあるが、それらは〝密集〟している。

 人は、エリア間での移動を基本とし、ほとんどの人間が白と黒の大地しか知らない。狭い――そう感じる者は、更に〝外側〟に出られる一部の者だけだ。

 未踏破エリア。

 行って帰れる者はいないとされるほど、情報の少ない場所が、存在している。けれど、そこに立ち入る〝方法〟すら、ない。あくまでも一般的には。

 だから俺たちは、そんなエリアの中で過ごしている。カザマ、ネズ、ソウコ、ほかにもエリアがあると信じるのは自由だ、だが確認はできていない。それで不満もない。

 魔物はどうせ、エリア内部に入ることはない。人の生活において、衣食住が保証されたのならばあとは、それなりの目的さえあれば、命をかけて未踏破エリアに挑む理由など、発生しないのだ。

 ――というのが、俺の見解であって、まあ現状の話からはやや逸れてしまったか。

「んで」

 両手を頭の後ろに回して歩きながら、問いかけを一つ。

「なんで総司が案内役なんだ?」

「俺が椅子に座って真面目に授業受けるように見えるか?」

「今、そう見えないことがわかった。文句はねえよ、仕事さえしてくれれば」

「これでも、ソウコエリアに関してはそれなりの知識がある。とりあえず不動産屋だ。飯も外でいいだろ」

「あ、ちょい待ってくれ」

 身長差は頭一つ、肩よりもやや長い黒髪のおかっぱ頭。ネズエリアの指定制服を着た女性の後ろ姿を確認できた。

 霧子の部下、風深ふうか・ミリクネは普段から、頭の上に存在する二つの耳を隠している。それが魔術の一端であることを認識しながらも、まあ俺には見えるのでどうでもいいのだが。

「風深!」

 あっ、こいつ耳だけ反応して無視しやがって……!

「動くぞ猫」

 頭上の相手に一声かける配慮、振り向いた総司の肩に軽く手を置くだけの挨拶。一歩、前に出した右足が力を失ったように沈む、膝が曲がって腰が落ち、上半身がバランスを失うよう前へと倒れようとする〝力〟だけで、八メートルの距離を追加の一歩で済む。

「こら風深」

「んにゃっ!?」

 頭の上にある耳の付け根をぐりぐりと両手で揉んでやれば、悲鳴を上げるように飛び上がって振り向いた。

「なにすんの!」

「風深、久しぶり」

「…………」

 うっわ、すげー睨まれてる!

「ええと、……ごめん?」

「なんで謝るの」

「いや怒ってるだろお前」

「何に怒ってるかわからないのに謝るの」

 まずい、これはまずい展開だ。予想外もいいところだしどうしようもう。

「風深ー」

「あとで」

 駄目だこれ、たぶん俺が悪いけど。

「わかった、わかった。こいつ頼む、これから住居探しだ。連絡先は?」

「……変えてない」

「わかった、あとで」

 頭の上の猫を、風深の頭に置いてから背中を向けた。

「もういいのかよ」

「にやにや笑ってんじゃねえよ総司。つーか心当たりがなさすぎてよくわかんねえ」

「面白そうだ、話せよ。相談に乗るぜ?」

「楽しむなよ、困ってんだから」

「ミリクネさんはネズだろ?」

「まあな。だから……一年ぶりくらいか」

「――おい、おい純一郎」

「なんだよ」

 どうしてお前まで、俺を睨むんだ?」

「どう考えてもそれだろ!」

「それ?」

「その間に連絡したか?」

「業務報告みたいなのが一度くらい……」

「だからそれだよ! 一年も放置されりゃ怒るだろ! しかもそれに無自覚ときた!」

「あーそれかあ」

 なるほどな、つまり放置したから拗ねたのか。そりゃ俺が悪い。

「うん俺が悪……待てよ、じゃあどうしよう、なあ総司どうすりゃ機嫌直る?」

「知らねえよ!」

 いや相談に乗れよ、前言撤回が早すぎるだろお前。いやマジで困るんだって、なかなか機嫌直らないんだからあいつ。

「じゃあ参考までに、総司ならどうする?」

「俺、拗ねさせたことねえから。毎日顔を合わせるし、お互い上手くやって…………ん、まあ、やってる」

「何故そこで言いよどむ……?」

「いやこの前、俺の人生に関わる重要な部分で嘘吐いてたのが発覚したから、一夜ほど〝教育〟してやったんだよ」

「それで許したお前が優しいってか?」

「あーでも途中から気絶と覚醒を繰り返してたから」

「……風深の入れ知恵な?」

「その通り」

 教育なんて言葉は良いが〝拷問〟の常套手段――。

 必要なのは、繰り返すこと。良いと悪い、希望と絶望、そして何よりも抗えないのが。


 快楽と苦痛。


 常套手段であり、そこが基本だ。

 そして拷問とは――霧子の部隊において、たった三名の部隊の中で、風深が専門とし、得意とするものである。

 さぞ、自分の女相手になら遠慮もいらなかっただろう。どんな恨みがあったのかは知らないが。

 外に出て、そのままのペースで歩きながらも、昼時ということもあって人がそれなりに多いことを確認する。

「飯は後でもいいぜ総司、混んでるだろ」

「オーケイ、そうしよう。まあなんだ……相談には乗るけど、とりあえず部屋決めな」

「おう」

 寮は学生専門で、こっちは留学生だから外だ。その方が都合が良い。

 ――ただ。

 俺としては少し、面倒でもあるが、その考察もまた、後にしておこう。



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