3 動物霊 [※見え方には個人差があります。]

   けーす2【ケース2】


「大体、狐の窓、関係ないじゃないですか」

 僕が文句をいうと、先輩は険しい顔になって遠くを見つめた。


「ほな、あのおっちゃん、見てみ」

「おっちゃんって、今度はヅラでした、なんてオチじゃないですよね」

 先輩のいった方に目を向け、僕は息を飲んだ。


 ホームの一番端に立つ男。

 サラリーマンなのか、よれたスーツを着た彼は、ひどい猫背のせいもあり一目でくたれた印象だが、僕が気になったのは、そういうことじゃない。

 彼を取り巻く空気は、明らかに異様だ。


「先輩、あれ、ヤバいんじゃ」

「窓から見てみ」

「いや、そんなことしなくても、明らかに――」

「いいから」

「いやいや、どう見てもヤバいからっ」



   ちっとももえない【ちっとも萌えない】


 先輩がしつこく勧めるので、渋々狐の窓越しに覗いてみる。


「うわっ。何あれっ」

 僕は驚いた。

「ケモミミですよ。尻尾まで付いてますよ」

 窓の向こうの男には、三角の耳と太い尻尾が付いている。

 色は黒っぽくモヤモヤしているが、どう見てもケモミミ+尻尾だ。


「動物霊に憑かれとんな」

 先輩がボソッと呟く。

 動物霊というのは、単なる動物の霊ではない。

 もちろん、恨みを持って死んだ動物もそういうモノになりうるだろうが、大抵は堕落したしん使たちで、時には、無念の死を遂げた人間の魂や、強い恨みの思念などが凝り固まって、一つの動物霊となることもある。

 彼らはてしてたちが悪く、取り憑いた者に、様々な悪影響をもたらすとされるが――。


「なんでケモミミ+尻尾?」

「お前の趣味で、そう見えるんやろ。ま、趣味嗜好は個人の自由やから、なんもいわんけど」

「ありませんから。そんな趣味ありませんからっ」



   きしねんりょ【希死念慮】


「あれ、どうします?」

 あの人は依頼者ではなく、偶々見かけた赤の他人だ。

 冷たいようだが、助ける側にも多少のリスクはあるわけだし、ここは慎重にならないと。

「どうせ自業自得や。あんなん、ほっと――」

 先輩がいいかけたとき、電車の接近を告げるアナウンスが流れた。


 男がふらふらと、白線の方へ歩き出す。

「あかん、飛び込む気ぃや」

 ああいう下級な霊は、魂が重過ぎて天へ昇れないため、人に憑依し、一緒に天へ連れていって貰おうとかするらしいが、あれもそういうことだろうか。


「急がないと、電車来ちゃいますよ。サラスさんは?」

 にわかに走り出した先輩を追いかけながら、いつの間にか消えた女神さまのことを尋ねると、早口で答えが返る。

「さっき呼んだんで、今日のは仕舞いや」


 詳しくは知らないが、彼女の召喚には、なにやら制約があるらしい。

 だが、これだけは、はっきりしている。

「先輩のアホーっ!」

 僕は思い切り叫んだ。

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