4 神の名前 [日本語なら、きゅうてんおうげんらいせいふかてんそん。]

   らいてい【雷帝】


「ほな、お前がなんとかせいっ」

 先輩にいわれ、僕は懸命に考える。

 速攻、霊を祓う呪法。

 いや、とりあえず、男の動きか電車を止めれば……。


 そうこうするうちに、オレンジとウグイス色のラインの車体が姿を現す。

 男は白線スレスレに絶賛待機中だ。


 ああ、どうしよう。

 そのときふと、頭にある呪文が浮かんだ。

 以前、先輩から聞いた、道教の神の名前。

 最高位の雷神であり雷帝とも呼ばれるかの神は、人間の生死吉凶禍福を司り、その名を唱えるだけで、あらゆるわざわいを祓うのだとか。

「そうだ、あれなら」


「せや。緊急停止ボタン」

 先輩が何か呟く横で、僕は思い切り叫んだ。

ヂォウティェン イン ユァン レェィ シァン プゥー フゥアティェンヅゥン


 呪文の余韻が消えた次の瞬間、バリバリと空を割るような音がしたかと思うと、ドーンっと世界の根幹を揺るがすような、すさまじい衝撃が辺りに走った。

 と同時に閃光がほとばしり、すべてが白く染め上げられる。

 光のほんりゅうに飲まれ、何もかもが消え失せていく。

 一瞬、甲高い悲鳴のようなモノが聞こえたが、それもすぐに掻き消された。


「おいっ、大丈夫か?」

 先輩の声がして、僕は我に返った。

 ボケた視界がクリアになり、喧騒けんそうが戻ってくる。

「先輩? さっきの人は?」


「無事や。お前の喚んだ雷が、霊を滅したからな。ショックでぶっ倒れとるが、命に別状はないやろ」

「よかったぁ」

「せやなぁ。雷のせいで、信号トラブルとか起きて、電車止まってもうたけど、命はお金で買えへんから」

「えっ?」


 確かに、あと少しでホームというトコで電車は止まっちゃってるし、ホームの端には人だかりが出来ている。

「先輩、どうしましょう」

「知らんふりしとけ。大丈夫。証拠はあれへんし、呪殺は不能犯やから無罪や」

「誰も殺してませんからっ」



   せんせい【先生】


「ホント、動物霊ヤツらは厄介よねぇ」

 カップを手にそうおっしゃったのは、高名な霊能者で、この事務所の所長でもある、二十歳はたちくらいのキレイな女性ヒトだ。

 いや、そう見えて実際は、その倍以上生きているとかいないとか。


「例えば狐は、神の居ないやしろへ住み着き、神のしてだますから、気を付けないと」

 応接セットでお茶しながら、お話をうかがってると、隣に座る先輩が脇を小突いてきた。


 何事かとにらみ付けると、口に手を当て小声でいう。

「センセのこと、狐の窓で見てみ。正体がわかるかもしれへんで」


 先生の正体。

 僕はつばを飲み、そのお姿を拝見した。

 本当に噂通りのお年なら、異常過ぎる若さだけれど……。

「なぁに? どうかした?」

 凝視し過ぎたか、にっこりと微笑みかけられる。

 だが、その目はまったく笑っていない。


「いえ、別に」

 慌てて誤魔化しながら、心の中で先輩に答える。

 ――無理です、怖くて確かめられません。

 世の中にはきっと、知らない方がいいこともあるのだ。

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