1-6 『勇者と呼ばれて』


 それから桜子達は、セシアとダンバンに連れられ、王宮へと向かった。


 その道中も桜子達にとっては驚きの連続だった。

 空中に浮かぶ巨岩であったり、見たこともない姿をした生き物だったり、空を行き交う大小様々の飛空艇であったり――。


 自分達の世界では決して目にすることはないであろう数々の摩訶不思議を前に、ここが異世界なのだということを否が応にも実感させられた。


 セシア達が案内する王宮は、そんな空中に浮かぶ巨岩の頂上にあった。


 幾つもの細い塔を並べ、それを通路で繋いで造ったような不思議な景観。遠目で見た時に、桜子が一番最初に連想したのは花道で使う剣山だった。


 王宮に到着し、近くで見上げて分かったが、「城」と呼ぶにしてはいささか近未来的過ぎる建築物だ。

 壁面は白く柔軟性に富んだ不思議な金属で覆われ、その繋ぎ目からは機械的な機構が覗いている。それら城壁を彩るように至る所でランプが明滅していた。

 そんなレトロフューチャーな建造物の一番奥にセシア達が案内する場所はあった。


「着きました。こちらが謁見の間で御座います」


 セシアが立ち止まり、目の前の巨大な扉を指し示した。


 その扉は全体に豪華な装飾が施されており、他の場所の無機質な扉とは一線を画す造りになっている。セシアが扉横のコンソールパネルを操作し、顔を近づけた。


「セシアで御座います。勇者様御一行をお連れ致しました」


 セシアがパネルに向けてそう告げると、扉のロックが解ける音がカチリと響いた。扉の取っ手を回し、ゆっくりと押し開いていく。


 部屋の中は想像していたより簡素だった。

 中央に大きな楕円形のテーブルとそれを囲むように椅子が並べて置かれており、一見して謁見の間というよりは大きな会議室というような印象を受ける。

 窓枠は城の中庭に向けて大きく切り取られており、そこから見える眺望も中々のものだ。謁見の間と聞いて、物語に出てくるような玉座を想像していた桜子は、印象の違いに少し戸惑いを覚えた。


 部屋を見回すと上座とも言える位置に一人の男が座っていた。

 そして、その横には執事の様に立ち控える男がもう一人・・・。

 執事風の男が桜子達の方へと顔を向ける。その視線が桜子達の向けた視線と絡み合ったその瞬間、桜子達の瞳が驚愕に見開かれた。


「ああ! アンタ!!」


 亜希が声を荒げ、わなわなと男を指さす。


「これは皆さん、お待ちしておりました」


 執事風の男―――名は確かラクセルといったはずだ。


 その男が芝居がかった仕草で恭しく頭を下げる。その顔には事務所で見た時と同じ飄々とした笑顔が浮かんでいた。


「てめえ、あの時はよくも!」


「・・・リベンジ、チャンス?」


 臨戦態勢を取る智花とシャドーボクシングの真似を始めたメイを、美羽が自分の身体を使って押し留める。状況を鑑みて、感情よりも場を弁えることを優先させたのだろう。智花達が暴言を吐かないよう牽制しながら真っ先に口を開く。


「・・・何故、貴方がここにいるのかしら?」


「おやおや・・・皆様は私の魔技が作り出したワームホールを通って魔法陣から出現したのですよ? 私がここに居ても何もおかしくは無いと思いますが――」


 その不遜な言い回しに智花と亜季とメイが更にヒートアップする。5人の反応に驚いた様子のセシアは動揺を顔に表しながらも、上座へ座る男へ深く頭を垂れた。


「王様、只今戻りました。お言いつけ通り勇者様御一行をこちらへお連れ致しました」


 その報告に満足そうに頷き、王と呼ばれた男が立ち上がる。


 その男は予想外に若かった。外見だけで判断するならばまだ青年というべき年齢に見える。高く通った鼻筋と細く品のある形の眉が絶妙なバランスを作り出し、切れ長の双眸が放つ鋭い光が野生の獣のような印象を感じさせる。そこに青年特有のあどけなさを微かに残しており、それは桜子達が思わず見とれそうになってしまうほどの美貌だった。

 ラクセルへの怒りを一時的にとはいえ忘れさせてしまうほどに。


「勇者殿、ようこそおいでくださいました」


 ハスキーだが不思議とよく通る声で王が歓迎の意を示した。そのまま桜子達の元へ歩み寄ると、優雅に視線だけで会釈をする。


「私はこの国の王を務めている、ハイドと申します」


 その仕草の自然さに圧倒されながら、桜子達もなんとか自分達の名前を述べ、頭を下げた。それぞれの自己紹介が終わると、ハイドは5人に席へ座るよう促し、全員が座り終わるのを待ってからゆっくりと口を開いた。


「まずは勇者殿への無礼の数々、詫びさせていただきたい」


 そう言って深々と頭を下げる。その光景を見たセシアが驚いたように口元を押さえる。セシアのその仕草から、王が頭を下げるという行為がこの世界でどれ程の意味を持つのか、桜子達にもなんとなく分かった気がした。


「この者は我が国の最高顧問を務めるラクセル。なにぶん融通が利かないゆえ、大変失礼な真似をした」


 横で同じように頭を下げるラクセルを横目で睨む。

 そのラクセルの顔からも飄々とした調子は消え失せ、固く結ばれた口元からは精一杯の陳謝をしている様子が伺えた。


「だが、このラクセルも、勇者殿を早急にお連れしろ、という私の命を優先させた故の行動なのだ。どうかご容赦いただきたい」


 王の言葉を引き継ぐ形でラクセルが口を開く。


「本当に皆様には失礼な真似を致しました。深くお詫び致します」


 ラクセルが発した意外なほど素直な謝罪の言葉に、桜子達は困惑した様子だった。


 そんな中、美羽が桜子達を代表するように口を開いた。


「いくら王の命とはいえ、いきなりあんな暴挙に出るのではなく、少しであれ何かしら説明をするべきだったのではないですか? あれではただの誘拐です!」


「仰る通りです・・・。ですが――」


 ラクセルが下げていた頭を持ち上げた。細められたふたつの瞳が美羽の顔を正面に捉える。


「――あの場でいくら説明をしたところで、実際にこの世界をご覧にならない限り、私の話を信じては頂けなかったでしょう」


「それは・・・そうかもしれないけれど・・・」


「同様にもし、私がこの世界のことを隠して上手く説明したとしても、皆様は来てくれたでしょうか? 皆様には何やら大切な御用事があったご様子・・・」


「――スタフェスのことね」 


「私にはあの場で何も出来ずに帰るという選択肢はありませんでした・・・。私には――いえ、この国には、もう時間が無いのです!」


 ラクセルの声に混じる悲痛な叫びに桜子達は口を閉ざしてしまう。美羽も何か事情があることを察したのか「もう、本当に融通が利かないのねえ」と嘆息するだけだ。


 そんな中、沈黙に耐えかねたように智花が口を開いた。


「だから、その時間が無いってのは何なんだ・・・ですか?」


 つい、いつもの口調で話しそうになって、さすがにまずいと思ったのか、智花がぎこちない言葉使いで問いかける。


「それは――」


「――待て、それは私から話そう」


 答えようとしたラクセルをハイドが遮る。


「しかし、まずはお前の行為に対する謝罪を受け入れてもらわねばならん。それが礼節というものだ」


「そ、それはもういいです。そちらにも事情があったんでしょうし――」


 先程のラクセルの言葉と姿を見て、桜子にはもう怒る気持ちが無くなっていた。


「皆も良いよね?」


 笑顔で問いかける桜子の言葉に4人が頷く(智花、メイ、亜希の3人はしぶしぶと言う感じだったが)。その様子を見ていたラクセルが再び深々と頭を下げた。


「ありがとうございます・・・いやあ! 皆さん、可愛いだけじゃなくお優しいのですねえ」


 台詞の後半から突如として飄々とした口調に戻り、そのあまりの変わり様に桜子の笑顔がピシッという音を立てて凍りついた。思わず「おいおい」とツッコミを入れたくなる。横を見ると、智花と亜希の二人は眉間の皺をより深く険しいものにし、体をプルプルと震わせていた。


 ハイドがラクセルの豹変ぶりをやれやれといった様子で眺めているところを見ると、いつもこんな調子なのだろう。ハイドは桜子達へ短く礼を述べた。


「お心遣い、感謝致します」


 そのまま、席には着かずに部屋の中を窓際まで移動すると、桜子達の方へ向き直る。


「では・・・先程時間が無いと言った件についてお話しましょう」


 先程までの和やか表情とは打って変わり、その滑らかな眉間には深い谷が刻まれ、瞳には悲壮な光が漂った。


「短刀直入に言いますと・・・この国は滅亡の危機に瀕しているのです」


「滅亡の危機?」


「そうです。このままでは・・・この国は1か月後には滅びてしまうのです」



 国が滅びる――。



 ハイドの告げた一言は桜子達に衝撃を与えた。


 桜子は遺跡を出てからここに来るまでの道中を思い返した。

 王宮が聳える空飛ぶ巨岩、その下には城下街が広がっていた。綺麗な街並みだった。街中を行き交う人々は皆笑顔で幸福そうだった―――素敵な国だと思った。


 それがあと一カ月で・・・滅びるという。


 あまりにも現実的では無いその言葉に、自分の耳がおかしくなったのではと疑いたくなる。だがハイドの見せる悲痛な表情が、それが事実であると告げていた。


「・・・それを防ぐために私達は呼ばれたのですか?」


 重い沈黙を破るように美羽が質問を投げる。その言葉には、そんな大事に私達が何の力になれるのか? というニュアンスが多分に含まれていた。


「その通りです」


 だが、ハイドは力強く頷いた。


「――この国には古くから伝わる予言があるのです」


「予言?」


「はい。その予言によれば、国の危機に5人の勇者が現れ、滅亡の危機から救う、とされています」


「・・・ひょっとして・・・それが私達だと言うのですか?」


「はい。我々はそうだと考えております」


 頷くハイドを見て、桜子達は再び言葉を失った。


 自分たちが予言に記された勇者――という突拍子も無い話もそうだが、そもそも『予言』という響きが持つ胡散臭さに怒りさえ覚えそうになる。「そんなことを理由に自分たちは呼ばれたのか」と。現に亜希は眦を吊り上げ、今にも怒鳴り出しそうな勢いだ。そこまでではないとしても、他のメンバーも似たり寄ったりな反応だった。


 だが、唯一桜子だけは違っていた。


 ハイドが国の滅亡を宣言してから「何か自分に出来ることはないか」そのことだけを強く考えていた。


 桜子は嫌だった。この国で過ごした時間はまだ僅かだ。だが、国が滅びれば街中で見てきた人達や、人懐っこい笑顔を浮かべていたセシアがとても悲しむということくらいは容易に想像が出来る。・・・それは、見たくない。


 気がつくと桜子は口を開いていた。


「――私達は何をすれば良いんですか?」


 その発言に慌てたのは他の4人だった。


「桜子ちゃん!?」


「ちょっと! 何言いだすのよ、アンタ!」


「桜子、分かってるのか? 『予言』だぞ? それに私達にはやることがあるだろ?」


 智花が、彼女にしては珍しく静かな口調で語りかけてくる。


「うん。分かってるよ」


 桜子は答えた。


「――でも、さっき見た人達は皆幸せそうだったよ。見ず知らずの私達に笑顔で声をかけてくれる人もいた。あの笑顔が無くなっちゃうのは嫌だなって。それにセシアちゃんだって困ってるんだもん。助けてあげたいよ――」


「勇者様・・・」


 セシアが感動したように瞳を潤ませ、桜子を見つめる。


「私も予言なんて信じてないけど。もし自分に少しでも出来ることがあるならば協力したいかなって――あ、もちろんスタフェスの出場に影響が出ない範囲でね」


 桜子が浮かべる笑顔を見て、智花と美羽が大きくため息を吐いた


「はあああ・・・。うちのリーダーはいっつも優柔不断なくせに、なんでこういった時だけ大胆になるんだか・・・」


「まあ、話を聞くぐらいなら・・・損にはならないものね」


 やれやれといった様子の二人の言葉に桜子が微笑む。


「ありがとう。みんな」


 そんな桜子達の姿を見て、ハイドの目が嬉しげに細められる。だが、その中に不穏な影がよぎったことに桜子達は誰一人として気がつかなかった。


「じゃあ、詳しい話を聞かせて頂けるかしら?」


 美羽がハイドに向けて問いかける。ハイドは鷹揚に頷くと窓枠についたボタンを押した。すると窓枠が壁面と一緒に横にスライドしていき、バルコニーへの出口となる。


「その前に皆さんにお見せしたいものがあります。こちらへどうぞ」


 首を傾げながらも桜子達はハイドの言葉に従って外へ出た。中庭へと続くバルコニーへ足を踏み入れ、手すりからその下を見降ろす――。

 桜子達の瞳が驚きに見開かれた。


「な、な、何これええええええ!?」


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