第16話


 その日の夜、ノボルくんはパパさんのお世話も終わり、テーブルの前に座ってビールを飲んでいた。

 ガツンッ、ガツンッて、およそノックとは思えないドアへの攻撃音がした。キヨミさんがハイヒールを壁にブチ当てるみたいに脱いで入ってくる。新聞社とかを襲撃するときでも、もうちょっと穏便に事を運ぶんじゃないでしょうか?

「追加料金はエリさんの小遣いからくれるって、やっぱりお金持ちのお客さんって良いもんね! しかも、基本料金にオプションまで付けて!」

 

 ノボルくんは少しお酒が回っていつもよりは饒舌になっていた。

「そのオプションの分はぼくの治療代にくれない? ただでさえ肝臓悪くて血小板が少なくなってるのに、血が止まんなくなっちゃうよ」

「何だ、まだ根に持ってんの? 心のせまいヤツねえ。大丈夫だって、まだ酒が旨いのは健康な証拠!」

 キヨミさんはテーブルの上のビール缶を指で弾きながら言った。


 奥の部屋からパパさんが擦るようなスリッパの音をさせて出てきた。パパさんはいつでも家の経済状態を憂えている。出てきたのはきっと景気のいい話が聞こえたからに違いない。パパさんはゆっくりテーブルに近づくと、震える手でその上にあったビニール袋からおつまみを摘んで頬張った。

「だから、摂食障害には手を出すなって言ったじゃないか……ゴフッ、ゲホッ」

 パパさんはいきなりピーナッツを喉に詰まらせて、苦しみ出した。ノボルくんが背中をさすったり、叩いてる間に、キヨミさんが水を入れてくれた。

「ほんとだぞ、中でも拒食症は大変なんだから、軽い気持ちで引き受けたら、ゲホッ、大変な目に、グフッ」

「分かったよ、パパ。気をつけるよ。だから、これ飲んで」

 パパさんが、ノボルくんから手渡された水に口をつける。

「そう簡単に助けたりできっこ、グヘッ、ないんだから、今日はパパがおまえに仕事とは何かを教えて、グヘッ」

「そうだね。パパ。良く分かったよ」

「この手紙を見ろ。昔の後輩からこうやってパパを頼って、仕事の依頼を、飼ってるカメレオンの調子が悪いってな、言ってきてるんだ。ウグッ、パパだけに、パパッっと解決……」

 パパさん、面白いです! 誰も聞いてなくても、最高です!

「それから、おまえに万一のことがあったら、グホッ、パパは一体どうやって生きていったらいいんだ?」

 パパさんは涙目になりながら尋ねた。

「……ほんとだね、パパ」

 ノボルくんは少しだけ微笑んでそう応える。

 その後、パパさんはだんだん呼吸がオカシクなって、救急車を呼ぶことになった。

「パパを、見ろ。ノボル……仕事っていうのは」

 救急隊員が来る直前まで、譫言うわごとのようにそんなことをうめいたりしていた。

 結局、パパさんに来たカメレオンの仕事は、入院したパパさんに代わり、ワシたちがすることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ノボルくんの精神科ノート @mutuiw02

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ