第14話
オバサンがミシェルに駆け寄り、息をしてないのが分かると、首がガクガク揺れるのも構わず調子に乗ってるバーテンダーのように揺すり始めた。
「ミシェル! どうしちゃったの! ミシェル! ミシェル!」
その後も「ミシェル、…シェル、ミシェル、…シェル、…シェル」と嗚咽しながらしばらく繰り返していた。
「あなた! どうして…死んでるじゃない!」
ノボルくんをみる目には悲しみより、怒りの色が強く浮かんでいる。
「死んでしまったじゃないの! どういうことなの!」
余りに激しい憤怒のためか、目の端に新たな生命が誕生したようにピクピクしている。
「ゴメン、ちょっと手違いっていうか」
ノボルくんは少しだけすまなそうな顔をしている。。
「まあ、死んでしまったもんは仕方ないし……」
オバサンは死闘の末釣り上げられたブラックバスみたいに口をパクパクするだけで、声が出ないようだった。
キヨミさんがぺこりとお辞儀しながら、「すみません、良く叱っておきますから」と言い、ノボルくんを向き直らせると「ダメじゃないか、こらあ」と間延びした口調で言い終わらないうちに、ノボルくんの顔の真ん中にダイレクトでストレートな拳骨を見舞った。ノボルくんは吹っ飛び、壁に頭を打ちつける音がゴィンとして、そのままズルズルと崩れ落ちた。キヨミさんは早足で近づくと頭を小さなボールのように鷲掴みして持ち上げた。鼻からは真っ赤な鼻血がビュルビュルと流れている。ノボルくんの顔を少し下から確かめるように見た後、ボーリングの球を投げるみたいに後ろに引いて頭を何度も壁にぶち当て始めた。その度に腹の底に響く重低音がする。そして、ついにはごみでも扱うようにノボルくんの頭を床の上に放り捨てた。
「もう夜も遅いですし、どうやら本人も眠ってしまったようです。もう少し後からまた良く叱っておきますから、今日のところはご容赦ください。……長い看病でさぞお疲れでしょう。ミシェルちゃんのご遺体も含めてすべてこちらで部屋のクリーニング等の後始末をさせて頂きますが、いかがでしょう?」
ノボルくんの良く「眠る」までを見ていたオバサンはすぐには口が利けなかった。
「奥様! いかがしましょうか!」キヨミさんが声を張る。
「…………そう? それじゃ、そうして頂戴。費用はそちらでしてくださるんでしょ?」
「おかあ、さん。それじゃ、ミシェルが」“おまじない”の後、しばらく茫然としていたエリさんがびっくりした顔でオバサンを見る。
「エリちゃん、死んだらご遺体とか何とか言ったって、ただの物なのよ。そもそもこの人たちのせいなんだから、遠慮なくやってもらったらいいの! こういうのもちゃんとしてもらったらタダじゃないのよ? この人たちに処理してもらいます!」
キヨミさんが両脇に手を入れて、ヒモなしのマリオネットになったノボルくんを立たせた。
「ほら、
ノボルくんを引きずりながら帰ろうとするワシらに、奥さんが心配そうに尋ねる。
「ミシェルの病気は治らなかったんだから、私の寿命が減ったってことはないわよね?」
キヨミさんが耳を、ノボルくんのちゃんと話せずフゴフゴ言っている口に寄せた。
「……それはまったく心配ないそうです。奥様」
その瞬間、オバサンの顔がパッと明るくなった。
「まあ、できるだけのことをしたんだから、ミシェルも恨んではいないでしょ? 私たちは前向きにやっていかないとね!」
「そうですね。奥様が前向きになられることをミシェルちゃんも望んでいますよ。……たぶん」
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