第11話
ワシは、自信を持って毅然とした態度で話しかけた。
「ボ、ボク、ボサオって言います。自己紹介はしましったっけ? まあ、飼い主が勝手につけた名前ですけどね。…や、やっぱり名前なんてどうでも良いですよね。ハハッ…今日はこの前に引き続き、突然、知らない人間たちがやって来て、おまけに犬まで…きっと驚かれてるんじゃないですか?…いや、返事をされたくないなら結構です。その気持ちは痛いほど分かります。誰だってこんな無粋な連中が自分の縄張りに入ってきて、ゴソゴソやり始めたら警戒しますよ、ね?…でもね、悪気はないんですよ。それにボクは所かまわずオシッコをかけまくるみたいなマナーの悪いことはしません。さっきちょっと足を上げたのはフェイントっていうか、ミスっていうか、…すみません、もう二度としません。…ほら、本能のいたずらってあるじゃないですか。今さら自分のテリトリーを拡げようなんて野望は持ってないですから…」
自分でもなにを話してるのか分からなくなってきた。きっと、宇宙からやってきた知的生命体が、ワシを遠隔操作して失敗させようとしているに違いない。やばい。あんまり役に立たないと、ごはんを抜かれてしまう。これ以上ダイエットさせられたら、ナイスバディを通り過ぎてカレン・カーペンターみたいになってしまう。
夕方にノボルくんの家を出発してからミシェルの家に着いたのは夜中近くだった。、
ミシェルは意識障害が出現している。ワシも何とかしたいのはやまやまだったけど、今日は話すこともままならない。半分眠ったようなミシェルを相手に、延々とさっきみたいな独り言をいってたら、本当にヤバい犬みたいじゃないか。道行く親子の子どもが指さしたら「しっ、見たらいけません!」ってなるべく低刺激にそっとしておこうってなるか、保健所に通報されちゃうだろ? ノボル先生、こういうときはお願いします! ミシェルをのぞき込んだノボルくん曰く、「もう、死んでる…………冗談だよ」キヨミさんがノボルくんの首根っこをつかんで、部屋から連れ出す。帰ってきたときのノボルくんの腫れ上がったほっぺたからは綿密なミーティングのあとが伺えた。
仕方ないなあっていう感じで、ノボルくんはミシェルの口元に寄り、ほんの少し息を吹き込む。ミシェルの目が見開かれ、一瞬電流が走るような緊張が背骨から足や尻尾へと抜ける。ミシェルは目を開けて、こちらを見た。今日初めて視線があった。ワシは目が覚めたミシェル姐さんとちょっと話をする。ゴニョゴニョゴニョゴニョ……。ミシェルとの会話が可能だったのは数分で、また、微睡みの世界へと戻ってしまった。ノボルくんは考えている。レモン色の眼球を震わせて。ワシがミシェルから受け取った記号の意味をなぞっている。
「あの、治してもらえるんでしょ? 元に戻してもらえるんでしょ? ミシェルちゃんは名の知れたキャット・クラブの由緒正しい血統の子なのよ。変な病気になんてなるわけないの。ね、元のような良い子にしてちょうだい!」 オバサンが吠える。ワシは胃が痛くなった。元に戻してって……、吸引力が変わらない三年保証の掃除機じゃないんだから。元通りにならなきゃ新品と交換しますってわけにもいかんすよ、奥さん。
その時、タイミング良くか、悪くか分かんないけど、誰かが玄関から帰ってきた。オバサンはハッとなって、そっちにすっ飛んでいった。すぐに「ほら、アナタからもちゃんと言ってくダサいよ!」とか言われながら、ドナドナの子牛みたいにおじさんが引っ張られてやってきた。ノボルくんを見て、あーっという顔になった。……白い恋人の片割れだった。なんて楽しい偶然。いや、この人の病院だから、あそこでああいうことしてたのも必然か。
「この人たちったら、出張料とか言ってお金ばっかりしっかりとるくせにぜんっぜんお仕事してくださらないのよ。アナタからもどうにか言ってやってくださいな!」オバサンがお仕置きよっ!と言わんばかりに、がなり立てている横で、おじさんの目はドーバー海峡を横断しそうな勢いで泳いでいる。
ノボルくんが追い打ちをかけるように大声で言った。「職場恋愛ってさあ……」「この方たちにお任せしなさい!」「だって、あなた!」「すべて、この人たちの言うとおりにしなさい!」おじさんは一応持ってて長い間しまってた威厳を青汁みたいに絞り出して、オバサンを
ノボル先生、社会では人脈が大切だと思い知りました。
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