第9話
あちゃー、コリャ低気圧が来るぞ。日本地図の前で立ってるスカートの短いお姉ちゃんたちより、ワシの本能的天気予報の方が、当たるよ。そりゃ向こうの方が男性の本能には訴えてるかもしれないけど、それは全然意味が違うし。ほら、ノボルくん! あの雲、見て! ……あーハイハイ、またワン公がなんか言ってるよという感じの無視ですか、いいでしょ、それも飼い主の特権ですから。まあ、ワシの貴重なアドバイスを無下にした罪でずぶぬれになるがいいですよ。
まだ太陽も十分昇っていないのに、ノボルくんはふらふらしながら学校に行ってしまった。
ノボルくんは学校は休まない。遅刻もしない。いつも、まだ誰もいない時刻に行って、机に伏せているらしい。そんなことするなら、遅刻しない程度にぎりぎりに行ったらいいのに。
「そんなことしたら、目立っちゃうだろう?」って言うけど、イヤ、十分目立ってますよ、アナタ。みんな言わないだけで。
ノボルくんの髪はくせ毛で長いから、伏せていたら渦巻きが机の上に乗ってるように見えるよ? 黒い
どうしてノボルくんがあんなにお酒を飲むのかワシには分からない。お酒をたくさん飲んだり、たばこを吸うことを“ゆっくりとした自殺”に例えるレトリック中毒でもある
ワシがノボルくんにさすがにいかんと思ってお酒を飲むのを注意したとき、なんかふざけて「こんなの水だよ、水!」とか言いながら飲んでたけど、お酒がないとしょうがなくなった人はみんなきまりきったことを言うらしい。すごく大変なことを大変じゃないように言ったり、大変じゃないことをすごく大変なように言ったりするらしい。だから、誰もお酒飲みを信じなくなっちゃうんだね。でもワシはノボルくんのことを死ぬまでアホみたいに信じてみたい気がするよ。たぶん、気の迷いだとは思うけど。
やっぱり午前中から雨になって、夏も終わったのに雷が鳴り始めた。鳴り始める前から、背中の毛がピリピリしていたので分かってはいたけど、やってきたのはとても大きな電気を抱えた雲の固まりだった。まるで、巨大な電池が空にやってきたようでワシは緊張した。一度どさりと腰を下ろすとワシがいくら吠えたところで雲はなかなか向こうに行ってはくれなかった。
キヨミさんから電話がかかってきたのは、一番大きなやつがピカッと光ってゴロゴロっと落ちたときだった。留守番電話のキヨミさんの声はいつも通りの落ち着いた低い声で、同じ町内に住んでいるのに雷なんか関係ないみたいだ。「この間のミシェルの件で至急に“何とかして”欲しいそうよ。今晩行くことになったから。また、連絡する」
ノボルくんは携帯電話を持っていない。だから、キヨミさんは急ぐ話でも直接訪ねてくるか、こうやって留守番電話に入れておくしかない。ワシはなんだかイヤな感じがした。
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