第3話

 

 実際、相談してくるのは、他に方法が全く見つからない、普通に考えればアテにできないものでもアテにしちゃうような、袋小路に激突寸前の切羽詰まったニンゲンたちだった。

 もう、普通の状態じゃないワケだな。要するに。

 経済上の危機的立場を考えると選り好みなんかできる立場ではないのだけれど、仕事を引き受ける時に、クライアントが普通のことをやり尽くしているかどうかが最低限の基準となってくる。いや、マジメな話で、知ってる中では一番マトモなほ乳類であるワシの意見からしても、そこを通り過ぎてないならまずは一度お帰り頂いて、じっくり“正しいことが正しい”世界の中で試行錯誤してもらったほうが良いような気がする。無理にアクロバティックな方法につきあってもらう必要なんて全くない。

 普通のやり方で惨敗してきたのを何とかしようとするわけだから、必然的に、普通のやり方をしない。というか、できない。

 だいたい、方法って言っても毎回バラバラだし、勝率(治癒率って言うの?)だって何これ? の世界だし、これで一応金儲けとしてなりたってるのが不思議なくらいの状況で、ある意味交渉役をやってるキヨミさんの手腕には感動する。

 

 一向にアルコールを控えようとしないノボルくんに、ワシは仕事のパートナーというより一匹の成犬として義憤を感じ、断固とした制裁の決意を胸に、ガツンと言ってやることにした。 

“あの、ノボルくん?…キヨミさんも仕事に差しつかえると言っておられるわけだし、もうビールはひかえたほうが…”

「ん? 何? ぼさお、おまえも欲しいのか? そうか、そうなら早く言えようぉ!」

 缶ビールの口をワシの口に押しつけようとする。

 犬の口と缶の飲み口の相性が構造上無理な上に、望まない人に無理にお酒を勧めてはいけませんという、お酒の席のマナーを完全に無視した暴挙。

 一応、いつものように完璧な復讐を誓っておいた。


 目の前にでっかくて、白くて、モダンな建物が見えてきた。ワシなんかが、“モダン”とか言葉を使うと嫌みなヤツ(完全に脳味噌がポストモダンなヤツ)が「へええ、じゃじゃモダンって何よ?」なんて聞くのだよ。でも、こういうのをそう言うんでしょ? 違うの? その“モダン?”な建物は、壁が白いのと手前の電柱に掲示されている看板で「病院」であるということが辛うじて分かった。壁のあらぬ方向に張り付いている横文字の“ゴニョゴニョHospital”とかいうのは、かっこよすぎてほとんど判別不能。案内の用をなしていない。

“もっとみんなの気持ち考えろよ!”と帰りの学級会で糾弾したくなるレベル。奥様同士の井戸端会議でも、“もうちょっと周りと歩調を合わせません?”と進言したくなる存在感。こうして周囲の必要以上に古いが真っ当な庶民的家屋と一緒にみると、なおさらその違和感に過剰なユーモアを感じる。実際、この手のユーモアは人を不安にさせ、時にいらだたせる。


 その、建物として診断を受けた方が良さそうな病院の裏口でキヨミさんが呼び鈴を押す。ガズッ、ガズッとまるで恨みのある相手の眼球を抉り出すような勢いで押釦おしぼたんに攻撃を加えているキヨミさんのマッチョなかっこ良さに、男としての嫉妬を感じながらも、この物理的に想定外な圧迫を受けている機械の耐久性と、この凶悪な所作が電気的な信号音を介して相手に与える悪印象を心配しつつ見守っていた。

 すぐにインターフォン越しにおののいたような若い女の声が聞こえ、ワシが気持ちの中で勝手にスミマセンスミマセンと軽く1000回ほど謝っている間に、ウィーンという電子音とともに鍵が開いた。

 ワシとノボルくんは扉から入ってすぐのところで待つようにキヨミさんから言われて、球場に置き去りにされた長嶋一茂のように呆然と立ち尽くしたまま、エレベータに吸い込まれていくキヨミさんを見送った。入り口の上に4の数字が妖しく光って止まる。ワシが一応飼い主としての立場を尊重するつもりで“どうしましょうか?”的にノボルくんの方を見ると、ヤツはワシの目を見てニヤッと笑った。

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