第2話

「わし、何かイヤ。今度の仕事」

「何回や? って何が?」

 このノボルくんというワシの飼い主は、動物とお話ができる。っていう子供ダマシの設定までは良いんだが、聞き違えの多いのがいけない。ほとんど、耳のおぼつかないジイさんと話してるみたいで、はなはだ要領を得ない。

 おまけに高校生の分際でいつでも酒をかっくらってばかりいる、いわゆるアル中さんだ。話が通じ難いのが、異種動物とのコミュニケーション障害に由来するのか、こやつの素敵にイカれたアルコール漬けの脳みそのためなのか、わけが分からない。


「また、ぼさおがブツブツ言ってる」

「いいんじゃないの? ブツブツ言ってるのが分かったほうが。このコが何言ってんのか分かんなくなったら、商売にならないわけだし」

 いや、君ら、もともとワシのいうこと、ほとんど分かってないよ。ノボルくんのおっしゃってることなんかほとんど当てずっぽうの世界だし。

 彼とのコミュニケーションの断絶はワシの存在意義を危うくするので、あんまり意味不明なこと口走られると本気でドキドキする。

 それにキヨミさん、アナタは大人なんだからもう少し17歳の少年に適切なアドバイスとかないのかね。どんな守銭奴でも、もうちょっと血潮ちしおの通ったコメントするよ。

 いや、隣で高校生がビールをグビグビやってんのを放置してる時点でアウトやな。ほんと、君ら色んな意味で、種族を超えたレベルでアウトよ。

「ほら、ぼさお、しかめっ面してないで一緒に飲もうよ!」

 いかん、一番飼い主にしてはいけないタイプの人間や、こういうやつがいるから真面目に生きてるペットがバカをみるんじゃ。近寄るなっちゅうの! 完全にワシをなめとる。狼を先祖にもつ誇り高い種族のワシをなめきっとる。


 しかし、コイツにしか話が通じないというのも本当の話だ。ワシみたいな誠実系まっしぐらの飼い犬が真っ当な手当てあても出さんノボルくんという無法な飼い主のもとでバーンアウトしつつある理由はそのへんにある。そうでも無かったら、こんなブラック企業とっくに辞めて、今頃ハローワークの窓口のオバハンに悪態でもついとるね。


「そろそろビールやめときなさい。ただでさえ、いっつも酒臭いってクレーム来てんだから。そういう文句受けるのって、全部アタシなの。アンタたち、子どもと犬だから」

「キヨミさん、何だかそういうこと言うと、普通の人っぽいねえ」

 完全に脳みそ緩んどる。

 もはや“ぼくはこの人たちといるとダメになってしまいます”とか窓際の机で、向こう側の世界に手紙を書きたくなるレベルだ。


「キヨミさんの報告書読んだ。相変わらず内容も文字も細かすぎて、読んでたら生きるのが少しつらくなったよ。とりあえず、あの『耳なし芳一』のお経みたいな、目の痛くなるフォントどうにかならないの?」

「どうにも、ならないわねえ。アタシのワープロじゃ、アレがデフォルトだし、ワザワザ設定イジんのも、面倒くさいしね。慣れりゃ、美しく見えるわよ。アンタの人生がつらいのは、アタシのせいじゃないんじゃない?」

 ノボルの不平もいつもの通りだし、キヨミさんの甘えを許さないお答えもだいたい似たりよったりだ。ニンゲンってやつは、予定調和の会話をこなさないと話もできない、面倒くさくて、つらい生き物らしい。

 

 キヨミさんの顔半分は隠しているサングラスの表面で、太陽が鈍い光を放っている。


「それより、流行ってるのかしらねえ、今回みたいなの。動物って、ゴハン食べなきゃ死んじゃうって分かってるはずなのに、どうして、食べなくなっちゃうの? そこらへんがアタシには理解不能だわ」

「メシが不味いんじゃない? まあ、メシが不味くなる理由なんか生きてりゃ山ほどあるだろうし」

「ヘエ、“動物心理カウンセラー”っていうイカサマな肩書きも板についてきたじゃないの。ただ、“生きてりゃ”とか何とかっていう人生の感想みたいのは、あんまり会話の中に出るようになったら要注意ね。それこそ、メシが不味くなるから」

 

 ワシにはこの人たちに相談してくるヒトたちの気が知れんよ。

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