ノボルくんの精神科ノート

@mutuiw02

第1話

 ワシは犬。


 そして仕事に行くところ。


 仕方なしに詳しく言ってやると、妙に陽気で目の焦点の合っていない高校生のノボルくんと、ノボルのパパさんのトモダチで、視線だけで人を殺せそうな社長のキヨミさん(推定年齢35。実際の年齢を聞いた人はたぶん墓場にいると思う)の合わせて三人で、依頼主の家に向かう車の中。

 キヨミさんの運転する真っ赤なアストン・マーチンは、風の強い海沿いの国道を弾丸みたいにすっ飛んで行く。テレビで、警察に追われた犯人の車が、アメリカのフリーウェイを逃走する時でも、もう少し配慮のある運転だったような気がする。こんな時、犬ができることと言えば、危険をものともせず顔を窓から出して、視界から飛去っていく風景を見て「ワシって速い?」的な優越感に浸ることくらいだった。

 まあ、しかし、夏の海岸を走るドライブはそれなりに心地よく、わしも潮の匂いのする風に吹かれて結構ご機嫌じゃった。こう言う時は侵略犬種のレトリバーの奴(まじめな話で一時はあいつらに日本が占領されるんじゃないかと真剣にブルッとった)みたいに長髪だったら、風になびいてサマになるだろうと思って、モロに日本犬な自分の容姿を悔いることもある。

 海がキラキラしてたり、遠くに船が走ってるのを眺めなていると、わしとノボルとパパさんとの爽やかとは言い難い日常も、なんとなくうやむやになるというか、積極的な忘却の彼方になるというか、できればこのまま弾道ミサイルにでも括り付けてどこかのマゾヒスティックなヤツにプレゼントしてやりたくなる。

 


 有限会社「ペットセメタリー」

 それがワシらの会社の名前だ。

 仕事の内容は素直に言うなら、頭がオカシくなったペットの修理屋。もうちょっと穏やかに表現するなら動物の「心のお医者さん」ということになる。

 こんな商売が成り立つのも、ニンゲンのみなさんが自分の生活状況も省みず、他の種属を慰み物にするための出費を惜しまないおかげで、大変ありがたいことと言えた。

 キヨミさんが社長で、ワシらとパパさんが実質上の従業員。その他にも名前だけの人が何人かと、受付嬢兼事務員のシンシアがいる。

 シンシアはアメリカのテキサス州出身。受付だけど、日本語はカトコトのみで、どこで覚えたのか口調はほとんどヤクザだった。コイツのせいで、仕事の半分は逃していると思う。わしには「キメラ・ザ・フンボルト・ぼさお」というちゃんとした名前があるのに、「ぼっちゃーん」とか、どこの大事にされてる子どもやねん!って呼び方しやがって、馴れ馴れしい。不味くて脂っこいドッグフードをたくさんくれる。慢性的に空腹のワシは仕方なく、屈服して食べてしまう。ワシは屈辱感でいっぱいになる。

 

 今回の相談者はめんどくさそうなオバサンらしい。

 クライアント本人は、わしら犬族には遠く及ばんが、ペットとしてはメジャーな“ネコ”という劣等種族だった。資料に血統書のコピーなんか付けなくても良いのに、わざわざチャンピオンがどうのこうのとか紙切れを送ってくるとあたりが、すでにイヤーな感じだった。ネコ(劣等種族)にも生意気に種類があり、、こんどのやつは亜米利加短毛種というらしい。あいつらが亜米利加短毛種(アメリカンショートヘア?)だったら、柴犬(雑種)のワシはジャパニーズショートヘア・エクストリームとかそういうのだと思う。ワシみたいに謙虚な動物は、舶来で調子こいてる種族に我慢がならん。間違っても劣等感を刺激されてるわけではない。


 オバサンとネコ。


 ワシの辞書にはこの二つの単語が隣同士で載っている。そして行間には小さく「要注意」と書いてある。

 せっかく脳内サマーイリュージョンに浸とったワシは、忘れたフリをしていた今日の仕事に関する嫌な予感を蘇らせて、気持ちがドンヨリとなった。

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