第7話 お迎えが来ましたよ

 朝を過ぎれば、街中は一気に活気づく。数多の人々が行きかうメインストリートを、俺達は小走りで移動していた。目指すは街の南門だ。


「なぁ、こんな急ぐ必要ある?」

「ありますよ! 中央からの迎えはとっくの昔に着いてる頃なんですから!」


 全員分の荷物を抱えて歩く俺のぼやきを突っぱねて先頭を歩くのはリーリエだ。その後ろに欠伸を噛み締めながらコトハが追従し、ラトリアは俺の背中で熟睡中ぐーすかぴーである。


「もう、あれ程明日は早いからお酒はやめておきましょうって言ったのに……」

「いやー、景気付けって大事じゃん?」

「あ"ぁ"ん"?」

「スイヤセン」


 ギロリと後ろを振り返ったリーリエの顔を見て、すぐさま俺は謝ると共に視線を逸らした。しっかり者故に、こういう時怒ると怖い。


「全く、目を覚ましたら私以外誰も起きてないんですもん。しかも皆準備をしてなくて手伝いをしてたら、朝御飯食べそびれましたし」

「まぁまぁ、リーリエはん。あんまりムサシはんの事責めんといてやって?」

「コトハさん、何他人事みたいな顔してるんです? ばかすかジョッキを空にしていくムサシさんに乗っかって飲みまくった挙句アリアさんとラトリアちゃんにお酒を勧めまくってたの、私覚えてますからね?」


 じとっとした視線をリーリエに向けられ、コトハはバツが悪そうにそっぽを向いた。

 ちなみに、叙勲式にアリアは出席しない。呼ばれているのはあくまで現役のスレイヤーとして活動している俺達四人だけだったからだ。


『皆さん、お気を付けて……うぷっ』


 顔を青くしてふらふらとした足取りで見送りに出て来たアリアは、ハメを外した影響で明らかに二日酔いになっていた。

 悪い事をしてしまったと思い、いつだか飲ませた大草原の牡蠣プレーリーオイスターをアリーシャさんに頼んで作ってもらうかと聞いた所、全力で拒否された。何故だ!


「……飲むなとは言いませんから、次からはもう少し抑えて下さい。次の日が休日ならいいと思いますけど、今日みたいに全員で動く用事がある時は特に」

「「はい……」」

「よろしい。朝食に関してはアリーシャさんが作ってくれたお弁当があるので、それで済ませましょう」

「……お弁当!」


 弁当の単語を聞いた瞬間、さっきまで背中で寝息を立てていたラトリアががばっと頭を起こした。酒の影響であんだけ深く眠ってたのに、食い物が絡んだ途端覚醒するのは流石といった所か。


「おはよう、ラトリア。弁当は馬車に乗ってからな」

「……そう。じゃ、寝る」

「あっ、オイ!?」


 今すぐに腹が膨れる訳では無いと分かった途端、ラトリアは再び寝入ってしまった。それを見て俺達は思わず苦笑してしまう。


「こんな時でも、ラトリアはんはラトリアはんどすなぁ」

「ああ、ある意味安心出来るわ」

「ですね……あっ、あれです!」


 リーリエの声で、俺達は走るスピードを緩める。視界に現れたのは、随分と立派な造りをしたした一台の馬車……違う、馬車じゃないな。牽いてるのが馬じゃない。


「……リーリエ。あれが迎えか?」

「はい、間違いないと思います。人員輸送専用の"竜牽車りゅうけんしゃ"を扱える組織は限られてますし、何より車体にギルドの紋章が入っていますから」

「そうか……初めて乗るなぁ」


 車輪が六つ付いた大きな車体と牽引部で静かに目を瞑っている二頭のドラゴンをしげしげと眺める。

 後で知ったが、このドラゴンは"ランドラプトル"という二足歩行型の草食種のドラゴンだという。膂力は貨物運搬に使われるアケロスに劣るがその分脚力スピードとスタミナに優れ、躾ければ馬よりも使い勝手のいい輓獣ばんじゅうならぬ輓竜ばんりゅうになるのだとか。

 と言っても、気難しい性格と馬などに比べると食費がかさむ事等があり、一般ではまだまだ普及していないらしいが。


「――お待ちしておりました」


 ピンッと張った声が掛けられ、俺達は揃ってその声の方を向く。そこにはギルドの制服に旅装束を身に纏った人物が二人と、後ろに完全武装したスレイヤーが二人立っていた。


「ムサシ様にリーリエ様、コトハ様にラトリア様ですね?」

「あ、はい。そうっすけど……えっと、≪グランアルシュ≫の?」

「はい。お迎えに上がりました」


 綺麗な所作で一礼され、俺達も頭を下げる。そのまま迎えの人達によって≪グランアルシュ≫に着くまでの流れが説明され、話が終わると早々に竜牽車りゅうけんしゃに乗せられた。


(何か細かい話で眠くなりかけたけど、リーリエ達がちゃんと聞いてくれてたから問題ないだろ……しっかし、まさか護衛までつくとはな)


 広い車内で荷物を下ろした俺は、見るからに質感の良い長椅子に腰を下ろして後方を見やる。車外の後部には、油断なく周囲に視線を奔らせる二人のスレイヤーの姿があった。


「ぶっちゃけ、俺等に護衛っていらなくないか?」

「そう言わないで下さいよ、規則らしいんですから……それより」


 ひそひそと声を潜める俺に苦笑しながら、リーリエは一冊の冊子を手渡してきた。


「≪グランアルシュ≫について書かれている案内書パンフレットです。それを読んで、今の内に少しでも≪グランアルシュ≫についての知識を頭に入れておいて下さい」


 成程、それは必要な事だ。向こうに着いてから右往左往してたんじゃ格好がつかないからな。

 そんな訳で、俺は渡されたパンフレットに目を通し始める。着くまでに最低でも四日はかかるらしいから、じっくりと読み込んでおこう。

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