第118話 打たれた終止符

11/26日の更新はお休みです。


 ◆◇◆◇


「貴方方が十年以上に渡って行っていた研究は≪四族共栄法しぞくきょうえいほう≫で保護されている個人の人権を大きく侵害している。この件、ギルドとしては到底見過ごす事は出来ないのでね。学院の協力を経て、魔法科学研究部にメスを入れさせて頂いた」

「なん、だって?」


 ガレオの口から淡々と告げられる言葉に、カシマは表情を凍り付かせた。どうやら、こうなる事はカシマにとって計算外だったらしい。


「学院に残っていた研究に携わっていた者達は拘束済み、外部に出ている者達もじきに全員押さえる……貴女も含めてね」


 そう言って、ガレオが視線を鋭くして一歩前に出る。体からは容赦無くプレッシャーが放たれており、並の人間であれば縮み上がる事間違い無しだ。


 カシマは、俯いた。だが、それは自身の破滅を悟ったからでは無い。


「何故だ、何処から漏れた。研究の事を知っていたのはメンバーと極一部の関係者のみ。考えられるのは、魔法科学研究部に外部から入って来た人間が……外部・・?」


 ぶつぶつと呟いていたカシマが、ひゅっと息を飲む。そして、ゆらりと顔を上げた。


「……君か、フィーラ。君が、漏らしたのか」


 ずるりと言葉を吐き出したカシマは、幽鬼の様な顔つきだった。瞳に宿った真っ黒な憎悪が向けられたのは、ラトリアをしっかりと抱き締めているフィーラ先生だった。


「それは違う、フィーラ殿は」



「――何て事を、してくれたんだッッ!!!!」



 間違いを正そうとしたガレオの言葉は、カシマの怒号によって遮られる。死に体の人間から放たれたとは思えない、凄まじい声量だった。


「十二年、十二年だぞッ!? 学院の老いぼれ共を説き伏せて計画を立ち上げ、非検体を見つけるのに三年掛かった!! そこからトライ&エラーを繰り返して、漸く形にするのにどれだけボクが苦心したと思っている!!?」


 ガリガリと頭を掻きむしりながら絶え間なく呪詛を紡ぐカシマを見て、俺はその姿に修羅の影を見た。


(この女、もう人じゃねぇな・・・・・・


 我欲の為にここまで身を堕とすなど、まともな人間に出来る所業では無い。こう言う連中は、最早化け物と呼ぶのが妥当だ。

 これ以上の対話は不可能。俺もガレオもそう考えた時、ずいと後ろから人影が前に出た。ラトリアである。


「それは、違う。あなた達がやっていた事を全部話したのは……ラトリア。先生を恨むのは、お門違い」


 毅然とした態度で言い放つラトリアを見て、カシマの矛先が変わる。そこで更にもう一人、フィーラ先生が前に出た。


「仮にラトリアが外に出られなかったとしても。その時は、魔法科学研究部を追い出されたわたしが告発していました。物的証拠が無くても、学院の上層部が取り合わなくても……必ず、法の裁きが下るまでわたしは諦めなかったでしょう」

「黙れ、黙れっ!! そんな簡単な可能性にボクが気付いていなかった訳ないだろうが、だから態々手間を掛けてキミを始末・・するつもりだったのにッッ!!」


 ――は? ちょっと待て、こいつ今“始末”って言ったのか? 用が済んだら、自分達の保身の為にフィーラ先生を殺そうとしたと?


「……薄々感じてはいたけれど、やっぱりわたしを解任した後は殺して口封じをするつもりだったんですね。でも残念、貴女達の計画はわたしとラトリアが出会って信頼関係を築いた時点で、こうなる定めだったんですよ」


 思いがけずカシマから告げられた暗殺計画を聞いても、フィーラ先生は毛ほども揺るがなかった。

 意志の強さと覚悟が、カシマから齎されそうになった恐怖を完全に跳ね除けている。俺よりもずっと小さなフィーラ先生だが、今はその姿がとてつもなく大きく見えた。


「殺人予備罪も追加、か。もういい、後の事はギルドの留置所で聞く」


 うんざりだと言わんばかりに眉間に皺を寄せて首を横に振ったガレオ。だが、拘束に入るよりも早くカシマの周囲を魔力の風が吹き荒れた。


「嫌いだ、嫌いだ! ボクの邪魔をする奴等なんて――全員死んでしまえばいいッッ!!」


 焦点の合わない目でそう叫んだカシマに、最早理知的な面など欠片も無い。そこに居たのは、自分の思い通りにならず癇癪を起こした狂人こどもだった。


「うぁっ!」

「きゃあっ!?」

「ぐっ!」


 完全に不意を突かれた形となり、ガレオの反応が一瞬遅れた。その隙にカシマは魔力を操り、遠くに転がっていた古代遺物アーティファクトを手元に手繰り寄せようとした・・



「――往生際が悪ぃぞ」



 宙を走る古代遺物アーティファクト。しかしそれがカシマの手に届く事は無かった。カシマが何かしようとした時点で身構えていた俺が即座に動き、空中でキャッチしたからだ。

 手の中に納まった古代遺物アーティファクトは、バスケットボール程の大きさ。カシマの魔力を受けて激しく暴れまわるそれを……俺は、無造作に握り潰した。


 ――バリン――


 ガラス細工が、床に落ちる様に。不可思議な拘束魔法を繰り出していた古代遺物アーティファクトは、呆気無く砕け散って床にばら撒かれた。


「あ、え?」


 目の前で自分の切り札が無くなった光景を目の当たりにしたカシマが、呆けた声を上げる。俺は古代遺物アーティファクトの残骸を握り締めたまま、カシマの真正面に立ち腕を振り上げた。


「受け取れ、馬鹿女」


 低く告げて、俺はガチガチに固めた拳をその頭に振り下ろす。“ゴッ!”と言う鈍い音が響くと同時にカシマは真下に急降下し、床へと突っ込んだ。


「ぎゃ」


 床とキスをした瞬間に聞こえた、短い悲鳴。床板を頭で突き破ったカシマは少し痙攣した後、やがて動かなくなった。


「あっ、馬鹿お前! まさか――」

「殺してねぇよ、心配すんな」


 信じられるか、と言わんばかりにガレオは直ぐにカシマの脈を取る。そして辛うじて生きている事が分かると、盛大に溜息を吐いた。


「勘弁してくれ……重要参考人だぞ……」

「うるせ、これでも我慢したほうじゃい」


 ケッと吐き捨てて、俺は拳を解く。すると廊下の向こうから一本の太い鎖が飛来し、倒れていたカシマの体をあっという間に縛り上げて宙へと引き上げた。


「すみません、来るのが遅れました!」


 そう言って駆け寄って来たのは、リーリエ達だった。微かに震えているのを見るに、どうやらまだ痺れか何かが残っている様だ。


「良い、気にすんな。悪いな、勝手に飛び出しちまって」

「いえ、それは良いんですけど……そちらの方が、フィーラ先生ですか?」


 魔導杖ワンドを構えたままのリーリエの視線を受けて、フィーラ先生は改めて俺達の姿をまじまじと見た。そして、ふっと頬を緩めてぺこりと頭を下げる。


「初めまして、フィーラと言います。貴方達がラトリアと一緒にパーティーを組んで下さっているスレイヤーの方々ですね?」

「あ、知ってはるんですか」

「はい、ガレオさんから聞き及んでいますよ」


 そう言ったフィーラさんは、表情を引き締め直してから深く頭を下げた。


「ラトリアの事、本当にありがとう御座います。貴方達が居なければ、きっとラトリアは外の世界で孤独に苛まれていた筈です。本当に、本当に……」

「ちょちょちょ、そんな頭下げんで下さいよ!」

「そ、そうですよ!」


 床に突っ込むんじゃないかと思う位に頭を下げ続けるフィーラ先生を見て、俺達は慌てて止めさせる。一連の流れを見ていたガレオが、やれやれといった風に首を振った。


「……積もる話もあるだろうし、ここはオレに任せて酒場にでも行け。そもそもここは病院なんだから、これ以上騒がしくするな」


 しっしとガレオが手を振るのと同時に、入口の方から複数のギルド職員が入って来る。縛り上げたままだったカシマを引き渡した所で俺達はガレオの厚意に甘える事にした。


「……終わったんだ、ね」

「あぁ。お疲れ様」


 ぽつりと漏らしたラトリアの頭を、俺は遠慮無しにガシガシと撫でる。こうして、長きに渡るラトリアとカシマの因縁に終止符が打たれたのだった。

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