第119話 一足早い祝杯
――
「アリーシャさんステーキおかわりお願いします。酒も追加で」
「はいよ」
丸テーブルに次々と空の皿を積み上げて行く俺を見て、厨房に居たアリーシャさんは手を動かしながら苦笑する。同じく、テーブルを囲んでいたリーリエ達も笑みを零した。
「相変わらず凄い食べっぷりですね」
「ったりめぇよ。ここ最近バタバタしてたし、折角こうやって≪
「ムサシはん、食べながら喋るのは行儀悪いどす」
「アッハイ」
コトハに窘められて、俺は慌てて口に入っていた物を全て飲み込んだ。
本来であれば俺達スレイヤーは他の避難民の護衛をしつつ一番最後に仮設町を離れる筈だったのだが、ガレオ曰く……。
『“英雄”達に最後の後始末までさせられるか、とっとと帰れ』
との事だ。まぁ俺達がやった事が前例の無い偉業だってのは重々自覚してるが、流石に英雄と呼ばれるのは不相応だと思う。てか、あんま仰々しい肩書が増えると面倒な事が増える気がしてならない。
そんな若干の懸念を抱いていたのだが、悪い事にそれが的中してしまった。
「≪ミーティン≫への全避難民の帰還が完了するのは、大体十日後……
「うっ……」
ジョッキに手を掛けて手元のファイルに目を落とすアリアの口から漏れた“祝勝祭”と言う単語に、俺は思わず唸った。
遥か古の時代より、人類の絶対的脅威であった
祭りをやる事自体は、まぁいい。無くなると思っていた自分達の街が無傷で残り、お伽噺のドラゴンが人間の手で討伐されたと言う事で、住人達も大喜びだ。その興奮と歓喜を祭りと言う形で皆と分かち合うと言うのは、とても良い事だとは思う。
そして、その盛大な祭りの主役は……俺達である。当然と言えば当然だが、これが実に厄介だった。
「ムサシさん、ちゃんと開会の挨拶の内容は考えてますか?」
「ぐっ!?」
リーリエの問いに、俺は益々言葉に詰まってしまった。
そう、恐ろしい事に俺はこのクソデカい祭りの冒頭で挨拶……てか演説? をする羽目になってしまったのだ。
……率直に言おう。貧乏くじってレヴェルじゃねーんだよなぁ!!
「な、なぁリーリエさんや……やっぱ変わってくんね? お前の方が口も頭も回るし、皆の前に出た時も見栄えが良いと思うんすよ」
「駄目に決まってるでしょう! ギルドマスターであるガレオさん直々のご指名なんですよ?」
「なら尚更変えてもダイジョブじゃない?」
「ム サ シ さ ん」
「スイヤセン!」
ギロリと睨まれ、俺はがっくりと肩を落とす。そんな様子を見て、リーリエは一つ溜息を吐いてから口を開いた。
「慣れない事だと言うのは分かっています。ムサシさんが余りそう言う場が得意じゃなさそうっていうのも何となく分かります。でも、これは私達の義務なんです」
真面目なトーンで話すリーリエに、厨房の奥から追加の料理と酒を持って来たアリーシャさんが付け加えた。
「そうだよ。今のアンタ等は間違い無くこの≪ミーティン≫を守った英雄なんだ、その英雄達を纏めてるトップの口から演説って形で住人達に事態の完全な終息を宣言するってのは、凄く大事な事なんだよ」
「いやまぁ、頭では分かってるんすけどね……」
ガチャンと音を立てて置かれた料理を前にして、俺は乾いた笑みを浮かべるしかなかった。
「壇上には私達も上がるんです。一人じゃないんですから、そこまで気負わないで下さい。演説の内容も一緒に考えましょう」
「気負うなって、軽く言ってくれるなぁ……つーかお前さん方は緊張しとらんの? 同じパーティーの面子って事で一言二言話すんだろ?」
「
ふんすと胸を張ったリーリエに、アリアもコトハもうんうんと頷いて同調する。何てこった、この女性方俺なんかよりずっと肝が据わっていらっしゃるよ!
「……よし!」
「分かった、もう泣き言は言わねぇ! うじうじすんのは俺らしくないしな!」
高らかに宣言して、俺は勢い良く飯をかっ食らう。兎にも角にも今は飯食って力付けて、来るべき時に備える。それしかない、それしか出来ない、その位しか思いつかない! 演説の内容は十割リーリエ達に考えて貰おう!!
「その意気です、ムサシさん……ところで」
うんうんと頷いたリーリエの視線が俺から外れる。向かった先は、ちょこんと椅子に座って大人しくしているラトリアだ。
いつもなら、俺に負けず劣らずの勢いで飯を食うラトリアだが、どう言う訳か食が進んでいない。目の前に置いてある料理はすっかり冷めてしまっており、俺は一度手を休めて声を掛けた。
「どうしたラトリア、腹の調子でも悪いか?」
「あ……ううん、違う」
俺の声でハッと我に返ったラトリアが、慌てて首を振った。その表情はどことなくボーっとしている様だが、少し間を置いてからぽつりと呟いた。
「……全部、終わったんだなって。
その言葉に、俺達は顔を見合わせる。どうやら≪月の兎亭≫に戻って着て落ち着けた事で、今までの出来事が一気に実感となって押し寄せて来たらしい。
「ああ、そうだな。もうお前がビクビクしなきゃいけない事なんざ、何も無ぇ」
「ん……ね、ねぇ」
「うん?」
ラトリアは暫く逡巡した後、恐る恐ると言った様子で俺達の顔をぐるりと見回した。
「ラトリアは……ここに居ても、いいんだよね?」
それを聞いた時、俺達は揃いも揃ってポカンと口を開けた。いやそりゃそうだろ、何で今更そんな事でビビるんだ。
「……うおりゃっ!」
「ふみゅっ!?」
ズッと椅子を動かしてから、俺は両手で勢い良くラトリアの両頬を挟んでぐしぐしと揉みまくった。餅みたいで柔らけぇなオイ!
「にゃ、にゃにお……」
「あのなぁラトリア、どぉしてそんな事聞くんだ、居て良いに決まってるだろぉ?」
散々揉み尽くしてから、俺はパッと手を離した。そして、ずいと顔を寄せる。
「お前はもう、自由だ。何処にだって行けるし、どんな事だって出来る。そんなお前がここに居たいって言うなら、仲間である俺達が拒むわけねぇだろ? ……別ん所のパーティー行きたいって言ったら、正直土下座してでも引き留めるぞ俺は」
「ど、土下座……?」
「その位、ラトリアの事が大切だって事だよ! ここに居る全員そう思ってる!」
そう言って、俺はリーリエ達をくいくいと親指で指さす。ラトリアの視線が向けられれば、リーリエ達は揃って大きく頷いた。
「ほら見ろ、何も心配する事なんか無い。だから、そんなおっかなびっくり聞くなよ。不安に駆られる必要なんか何処にも無ぇんだから」
「……う、ん。ありが、とう」
震える声で絞り出したラトリアは、ぐしっと目元を拭う。そして今までの辛気臭い雰囲気を醸し出していた自分を誤魔化す様に、猛然と料理に食らいつき始めた。
「おうおう、ようけ食いおるわ。
「ちょっとムサシさん、その例えはデリカシーに欠けますよ」
「サーセン」
呆れ顔になるリーリエにへこへこと頭を下げてから、改めて俺は自分の分の料理にラトリアに負けじと食らいついた。
漸く安寧を得たラトリアと、それを迎え入れた俺達。これから先苦難もあるだろうが、今の俺達なら全部乗り越えられる――そんな確信を、俺は抱いていた。
(……さて。大体お開きになったら、
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