第105話 VS. 地岳巨竜アドヴェルーサ Final.Stage

 強烈な死の気配が真正面から叩き付けられる。しかし、前に立つラトリアもそれを支えるムサシ達も、全く怯まなかった。


 ――ガシャン――


 構えられたマジカルロッドが、ラトリアの新たな魔法に合わせてその形を最適最良な物へと変形させていく。

 開いていた砲身を構成する三本のレールが機械的な音を立てて上下に割れると、割れた上面側がぐんと前方へと大きくスライドした。

 それによって、マジカルロッドの全長は元の二倍ほどになる。変化はそれに留まらず、ラトリアの手元付近に位置するマジカルロッドの“核”と呼べる部分が展開・・した。

 開け放たれた装甲の裏から現れたのは、二重三重に重ねられた剥き出しの放熱板。奥には、ラトリアの魔力を受け煌々と唸る、動力源が見えた。

 以前の変形とは、全く別の形へと姿を変えたマジカルロッド。自分の新たな可能性を切り拓いたラトリアに相棒・・が応えて見せた、瞬間だった。


「グルアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 地岳巨竜アドヴェルーサは、自身に飛来した刺す様な悪寒を敏感に感じ取った。咄嗟に取った行動は、撃ち出した竜の吐息ドラゴンブレスの強化だった。

 咆哮と共に魔力の追加ブーストがかかった竜の吐息ドラゴンブレスは、密度と出力を倍に引き上げてラトリア達へと向かう。

 形振り構わない、全力であった。地岳巨竜アドヴェルーサが無意識に抱いた恐怖が、自身が見下していた人間相手にそうさせたのだ。


 万物を破壊せんと言わんばかりの暴力的な光。それが届くよりも先に、展開されたラトリアの極彩色の魔法陣が動く。

 マジカルロッドに重なって沿う形で展開されていた複数の魔法陣が、口を開けた砲身の内側に収まる程度の大きさまで収束した。

 同時に、砲身の先から吐き出されたのは六つの新たな魔法陣だ。多層構造を形作ったそれぞれの魔法陣は、砲身側の物が一番大きく、そこから先へ行くほど段階的に小さくなっている。


 ひゅっと、息を吸う音が聞こえた。視界を埋め尽くす破滅の光を前に、ラトリアは口を開いた。




「――――【六華彩舞天炮アルテクスフィー】」




 轟音が周囲を覆いつくす中で、確かに紡がれた詠唱。ムサシ達全員の耳に届いたそれは、迫り来る絶望を打ち払う福音である。

 強烈な光が、マジカルロッドの核から放たれる。次の瞬間、砲身から吐き出された極彩色の魔力の奔流が、ラトリア達を竜の吐息ドラゴンブレスから遮った。

 魔力は、一番手前側にあった魔法陣を通るとその面積を一回り小さくした。残りの魔法陣も通過すれば、同じ様に面積が小さく、全体が細くなっていく。

 決して、出力が下がっている訳では無い。全ては比類なき大容量大質量を誇る地岳巨竜アドヴェルーサ竜の吐息ドラゴンブレスを切り裂けるだけの、超々高密度・・・・・を作り出す為のプロセスだ。

 ラトリアが【六華六葬六獄カタストロフィー】の既存術式を解体して新たに組み直した【六華彩舞天炮アルテクスフィー】は、第一拘束式ファーストリミット解除状態での瞬間的全開放によって放出された六属性融合魔力を、極限まで収束させて一気に放つという至極単純な魔法だった。


 しかし……単純故に、強力。こと一点突破・・・・という点においては、現存する如何なる魔法でも辿り着けない極地へと到達していた。


「ぐおっ!?」


 支えの要を担っていたムサシに、ドンッと衝撃がかかる。超人と呼べる屈強さを誇るムサシが思わず呻き声を上げてしまう程の強烈さで、前に居たリーリエとコトハは「かはっ!?」と乾いた声を上げてしまった。

 だが、ラトリアの体に触れた手は離さない。全身の骨を軋ませ肺を圧縮される痛みを感じながらも、ラトリアを支えるという執念の下、決して膝はつかなかった。

 そんなムサシ達の踏ん張りのお陰で、マジカルロッドは一切ぶれなかった。寸分の狂いなく撃ち出された【六華彩舞天炮アルテクスフィー】は、一瞬の閃光と共に竜の吐息ドラゴンブレスへと吸い込まれていく。


六華彩舞天炮アルテクスフィー】が、目と鼻の先まで迫った薄緑の光に触れた瞬間。地形も何もかもを消し飛ばす筈だった・・・・地岳巨竜アドヴェルーサ竜の吐息ドラゴンブレスが――弾けた・・・


 長大な軌跡を描いていた竜の吐息ドラゴンブレスが、ラトリアの弾丸・・によって放射状に斬り裂かれていく。それはもう、今までの絶望と死の気配は何だったのかと思う程、呆気なくだ。

 ラトリアが初めから照準を付けていた通り、弾丸は一直線に地岳巨竜アドヴェルーサの口へと飛び込む。圧倒的強者であった巨竜が自身に何が起きたのかを認識るよりも前に、“パリン”という何かが割れる様な音が、ムサシの耳だけに届いた。



 詠唱から決着・・まで、全ては瞬きの間の出来事である。あまりに濃密なこの一瞬によって……全ては、決した。



「……どう、なったの?」


 突如として訪れた静寂に、リーリエが息も絶え絶えになりながら言葉を吐く。それに答えたのは、全員をがっしりと抱き止めたまま視線を地岳巨竜アドヴェルーサに向けていたムサシだった。


「終わったよ。非の打ち所なく、ラトリアの……俺達の勝ちだ」


 くくっとムサシが笑うと同時、ごぼんという鈍い音が地を這って響く。

 それは、地岳巨竜アドヴェルーサの“命が流れ出す音”だった。大口を開けたままの地岳巨竜アドヴェルーサの瞳に光は既に無く、巨躯はぴくりとも動いていない。

六華彩舞天炮アルテクスフィー】は、確かに地岳巨竜アドヴェルーサの竜核へと届いた。ガラス細工を砕いた様な音は、その竜核を砕いた音。

 砕かれた竜核が眠るのは身体の中心部。そこから首の中を通して……大量の血液が、濁流となって開け放たれたままの口から噴き出した。

 記録されている限り史上最大の体躯を有する地岳巨竜アドヴェルーサから吐き出された血液は、文字通り“血の海”を作り出さんばかりの量であった。


「うわっ、あれこっちまで来るか!?」


 目まぐるしく移り変わる現実に、ムサシは慌てて思考を立て直してリーリエ達三人を抱えて飛び退こうとする。

 だが、次に起こったのはこの場に居る誰も予想しえなかった事だった。


 ――キィイイイイイイイイン――


 やたら甲高い音が突然響いたかと思うと、流れ出ていた血が末端まで含めてぴたりと止まる・・・・・・・

 一体何がと考えるよりも先。潰えた筈の地岳巨竜アドヴェルーサから眩い光が溢れ、その光がムサシ達を含めた周囲一帯を覆いつくした。


「うぉ眩しっ!」


 余りの光量に、全員が顔を背ける。光の向こう側で、地面が大きく動く音が聞こえた。

 暫くして、光が徐々に収まっていく。漸くまともに目を開ける状態になった所で、全員顔を上げた。

 そして目に飛び込んできた光景。今まで散々非現実的な光景を見て来たムサシ達であったが、ここに来ての過去最大級に不可解で予想外の光景に、全員あんぐりと口を開ける羽目になった。


「なんじゃ、ありゃ」

「何ですか、あれ」

「なんや、あれ」

「…………」


 語彙力が消失していると言われても、致し方ない。その位、目の前に広がっていた光景は衝撃的な物だったからだ。


 地岳巨竜アドヴェルーサは、もの言わぬ亡骸となった。その亡骸があった場所に――これまで見た事が無いとんでもない大きさの巨樹が、悠然と聳え立っていたのだ。


 あの巨樹に比べれば、白亜はくあ樹海じゅかいに生えていた木々など爪楊枝・・・同然である。さながら、世界樹といった様相だ。

 青々と葉が茂った先の天辺は、遥か上空の雲を突き抜けている。根元からの高さは、下手をするとこの地方で最大を誇る≪オーラクルム山≫の標高を超えるかもしれない。

 大地に広がっていた鮮烈な赤も、無くなっている。代わりに、血が流れた場所には色とりどりの様々な植物が、地面をぴっちりと覆い隠す様に生い茂っていた。


「はは……もう、意味分かんねぇ」


 生命の息吹を取り戻した大地と、常識外れの巨樹。全ての中心は打ち斃された地岳巨竜アドヴェルーサであるのは間違いない。


 理外の巨竜は、最期まで理外。人間の物差しでは到底測れないその強烈な存在が残した残滓は、ムサシ達の記憶に深く刻まれたのだった。

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