第106話 降りかかる最後の試練(ムサシ以外)

 ◇◆


 古のお伽噺の存在。かつて誰も止める事が出来なかった天災とも呼べるドラゴンは、たった一発の魔法で潰えた。

 人類史に残る偉業だが、その魔法の使い手が俺よりもずっと背の小さな女の子だってのが中々どうして凄い。

 いや、その役割を担わせたのは俺等なんだけどね? 実際それを目の前にすると、やっぱ驚くんですよ。


「……とりま、これで終わりだな」


 激動が収まり、穏やかな風が頬を撫でるのを感じながら俺はふぅと息を吐いた。三人を抱え込んでいた腕を解き、ゴキゴキと首を回す。


「皆、無事か?」


 俺が確認すると、左側に居たコトハが右手を上げてパタパタと振る。どうやら、大丈夫なようだ。


「リーリエは……ちょっと、キツそうだな」


 ガクリと膝を付き、荒い呼吸と共にふらふらしているリーリエを見て、俺はううむと唸る。どうやら、さっきの大魔法の反動を受け止めた事で全身がむち打ち状態らしい。

 身体強化を施していた訳でもなかったので、仕方のない事だ。後は……。


「ラトリア、大丈夫か?」


 俺はそう言って、マジカルロッドを構えたまま制止していたラトリアの前へと回った。余りにも目まぐるしかった状況から脱した所で、改めてラトリアの状態を確認する。

 両脚はしっかりと大地を踏み締め、体を支えている。マジカルロッドの形状は今まで見た事の無い物だが、以前の様に変形機構が働いたのだろう。

 古代遺物アーティファクトとしての機能が発動したのは、間違いなくラトリアが用いた新魔法・・・に適応したからだ。

 幾ら俺でも、あれが【六華六葬六獄カタストロフィー】とは別物だってのは分かる。魔法の規模は小さくなっていた様に感じたが、あの地岳巨竜アドヴェルーサ竜の吐息ドラゴンブレスを問答無用で貫いた辺り、内包された破壊力の貫徹力は【六華六葬六獄カタストロフィー】を凌駕する代物だな。

 完全初見の魔法だったから、あれはラトリアが土壇場で作り上げた新魔法なのだろう。リーリエが何かラトリアの魔力に異変が生じていたのに気付いた様だったが、それについて聞くのは全部後回しだ。

 兎にも角にも、今は全員引き連れて仮設町までとっとと帰らなければ。アリアが待ってるし、シンゲンさんへの報告もある。ああなって・・・・・は、解体して素材の持ち帰りどころじゃないしな。

 これからの事を考えつつ、俺はラトリアの前で片膝を付く。しかし、そこである異常に気付いた……ラトリアの顔色が、悪い。


「おい、ラトリア。どっかやられ――」


 俺が声を掛けながら手を伸ばした時、ガシャンとラトリアの手からマジカルロッドが落ちる。そのまま、ラトリアの体はぐらりと後ろへと傾いた。


「っ、ラトリア!!」


 反射的にラトリアの腕を掴んでそのまま体をスライドさせ、慌てて抱き止める。


「……は、ぁ」


 ぐったりとなりながら浅く呼吸を繰り返すラトリアを見て、俺は空いている方の手で頭を掻きむしった。

 “死ぬつもりは無い”と覚悟を見せ、実際に命を落とさずにやり遂げて見せたラトリアだが、それでも相当危ない橋を渡ったのは明白だった。


「二人とも疲れてる所悪いが直ぐに帰るぞ、ラトリアがやべぇ!」


 俺が叫ぶと、リーリエとコトハが弾かれた様に顔を上げる。

 くっちゃべっている暇は無い。今のラトリアにはその場凌ぎの応急処置ではなく、治療施設でのがっつりとした休息が必要だ。


「ム、サシ……」

「んぉ!?」


 ぐんとラトリアを抱え上げた時、か細い声が俺の耳に届く。


「ラトリア……ちゃん、と……出来た、よ」


 途切れ途切れながらもラトリアはそう言って、小さく口角を上げる。それを見て、俺はふっと笑った。


「ああそうだな……有難う。後で死ぬほど褒めてやるから、今は眠っとけ」

「ん……そう、する」


 そう言い残すと、ラトリアの体から力が抜けた。どうやら、完全に意識が落ちたらしい。


「ムサシさん、ラトリアちゃんは!?」


 ホッと一息ついた所で、ガッと外から腕を掴まれた。


「眠った。今ん所大丈夫っぽいけど、さっさと治療院に連れてった方が良い……体、平気か?」

「平気で、す!!」


 絶対嘘だ……ぜぇぜぇと息を吐きながら答えるリーリエに、俺は心の中で突っ込みを入れる。

 脚が震えている辺り、100パー虚勢だ。だが、そんな自分の体を奮い立たせてラトリアを気遣うあたりが、リーリエらしい。


「はいはい、それ以上無理したらあかんよ」

「わぁっ!?」


 俺の腕を掴みながら震えていたリーリエをひょいと持ち上げたのはコトハだった。凄腕の前衛職として鍛えているだけあって、もう人間一人抱え上げられるほどには回復したらしい。


「悪いなコトハ、そのままリーリエをストラトス号まで連れてってくれ」

「りょーかい。マジカルロッドも、うちが持ってくね」

「あうぅ……」


 俵担ぎにされたリーリエの口から力無く言葉が漏れるが、仕方が無い。この中で繋ぎの治療が出来るのはリーリエだけだから、下手に動いて更に体を痛められでもしたら洒落になら……。


「……ゑ?」


 小走りでストラトス号が置いてあった所まで近づいた時、俺はピタリと足を止めた。

 きちんと停車させてあったストラトス号が、完全に横倒しになっている。車体からは、カラカラと空転する車輪の音が虚しく響いていた。


「ああ、うん。そりゃあんだけバカスカやりゃこうなるよな……」

「ど、どうするん?」


 ぎこちなく聞いてくるコトハに、俺は肩を落としながら首を振って車体へと近づいた。

 注意深く各部を見ると、意外と損傷が少ない事に気付いた。元々オール鉄製だったのが功を奏した様で、横転して外装が傷だらけになっていたものの、車体のフレームは歪んでいない。

 だが、足回りはそういかなかったらしい……右側の大きく折れ曲がったサスペンションを見て、俺は深く息を吐いた。


(さて、どうするか。これじゃまともに牽引するのは不可能……無理矢理走らせた日にゃ、空中分解不可避だ)


 ぐぐぐっと頭を捻り、俺は思考を奔らせる。十秒ほど考えた所で、ピコーンと天啓が舞い降りた。


「……よし!」


 プランを纏めた俺は、片腕で車体を起こした。ズシン重い音を立てて土煙を巻き上げたストラトス号は、完全に右側へと傾いている。

 だが、関係無い。今からやる事に、車輪は使わないからだ。


「よし、みんな乗り込めぃ!」

「え、ええの? 凄い傾いてるけど……」

「大丈夫だってヘーキヘーキ、俺に任せろ」

「……っ!?」


 にやりと笑った俺の声を聴いて、ぐったりしていたリーリエが担がれたままがばりと顔を上げる。しかし直ぐに何か・・を察した様な表情になり、がくりと下を向いた。


「ほい、ラトリアの事宜しく。出来るだけ揺らさない様にするけど、しっかり支えといて」

「うん、任せといて」

「よし。リーリエ、程々に回復したらラトリアの治癒を頼む」

「はい……分かりました。コトハさん、申し訳ないんですけど私のポーチから酔い止め・・・・を取って下さい……」


 リーリエの頼みを聞き、幌の中に入ってからコトハは俺から引き取ったラトリアを椅子の上に寝かせ、ごそごそとポーチを漁る。

 その間に、俺は車体の前まで回ってぐりぐりと体の関節を回した。所謂準備運動と言うやつだな。

 十分体を解した所で、ぐいと梶棒を潜る。そのまま車体の直ぐ傍でしゃがんだ所で、俺はフレームを両手でガッシリと掴んだ。そして――。


「よい、しょっ!!」


 掛け声と同時に、腰と脚に力を入れて俺はストラトス号を持ち上げた・・・・・。車内から悲鳴が聞こえたが、構わずそのまま背中にしっかりと担ぐ。

 こう言う事をやるのは凄ぇ久し振りな気がするな……どれ、気合い入れて事故らない様にしよう。


「――ぃよぉし、出発・・するからしっかり捕まってろよォ!!」


 大声で車内の三人に声を掛け、ぐぐぐっと体をしならせる。そうして溜め込んだ力を、俺はスタートダッシュと共に解放し……全速力で、仮設町がある方角へと駆け出した。

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