第104話 VS. 地岳巨竜アドヴェルーサ 22nd.Stage

 ざぶんと深層から戻ると同時に、ラトリアはカッと目を見開く。

 彼方に見える地岳巨竜アドヴェルーサから吹き寄せる高濃度の魔力。口の中に抱えられた太陽は、再装填からの溜めチャージを終え、臨界一歩手前だった。


「……負けない」


 対するラトリアは平静を保ちつつ、素早く魔力操作を行う。

 真なる六属性の融合を成し遂げ、己の体に組み込まれた仕組みを解き明かしたラトリアは、最早起動魔法トリガー無しでも自在に魔力の操作と術式の構築を行えるようになっていた。

 望まない形で与えられた超常の力。長い時を経て、遂にそれら全てが博士達の意図を離れラトリアの物となったのだった。


「これ、は」


 そんなラトリアの変容に、皆も驚いた。特にリーリエは、魔力の形自体が変わった事まで鮮明に肌で感じる。

 しかし、その詳細を知るのは後回しだ。全てのカードが揃った今やらねばならないのは、地岳巨竜アドヴェルーサと決着をつける事、ただ一つである。


(撃ち方は、変わらない……六属性結合魔力を、この“六属性融合魔力”に置き換えるだけ)


六華六葬六獄カタストロフィー】の術式を組み上げながら、ラトリアは丁寧に魔力を流し込んでいく。

 マジカルロッドと体は接続状態をキープしているので、操作を誤ればあっという間に過剰な流出が起きる。それだけは、絶対に避けなければならなかった。


 しかし……あと一歩で構築が終わると言う所で、ラトリアはピタリと全操作を中止した。


(――っ! だめ、この魔法じゃ……合わない・・・・!)


 土壇場で判明した事実に、しまったとラトリアは歯噛みする。

 事は、ラトリアの予想よりも遥かに複雑だったのだ。当初、ラトリアはより安定した自身の魔力であれば、爆発的な瞬間火力を持たせた【六華六葬六獄カタストロフィー】も十二分に扱えると考えていた。

 だが、実際に魔力を少し流し込んだ段階でそれが誤りであったと気付く。ラトリアの誤算は、“統合された魔力の出力を甘く見積もっていた事”だった。


「これじゃ、壊れる……」


 ラトリアの口から漏れた言葉に、一同は冷や汗と共に息を呑んだ。

六華六葬六獄カタストロフィー】は、博士達が心血を注いでラトリアの体へ組み込んだ六属性結合魔力を使用する事を前提に組まれた魔法である。

 膨大な六属性の魔力を受け止め破壊力へと転じさせる都合上、術式・魔法陣共に通常の魔法とは桁違いの許容量キャパを持たせていた。

 しかし、今ラトリアが宿している六属性融合魔力はその上限をもってしても受け止めきれない程に高密度かつ大容量な……化物魔力・・・・と化していたのだ。

 そうなると、これまでと同じく【六華六葬六獄カタストロフィー】を使用するのは不可能である。無理に発動させれば、第三拘束式サードリミット解除時の時よりも質が落ちた出来損ないの魔法になるのは避けられない。

 否、それだけで済めばまだいい。最大の問題点はガタガタの【六華六葬六獄カタストロフィー】を使用する事により、ほぼ確実にラトリアの魔力が崩壊した魔法に引っ張られ、一気に過剰流出を起こすという点だ。

 ラトリアが我武者羅に魔力の制御を行ったのは、偏に第一拘束式ファーストリミット解除状態で魔法を行使しても死なない様に・・・・・・する為である。

 起動魔法トリガーと機械によるその時の解放段階に合わせた自動的な魔力操作に任せるのではなく、しっかりと自分の意思で魔力の調整を行う。

 そうすれば、魔法の威力を確保しつつ魔力の瞬間全開放を行ってもギリギリ死なないラインで踏み止まれるとラトリアは考えており、事実それは正しかった。

 地岳巨竜アドヴェルーサに致命の一撃を与える可能性を残しつつ、自分も生き残る。考えうる限りこの場で最高の道筋であったのだが……。


(どうする、どうする……?)


 考えろ、とラトリアは自分自身に檄を飛ばす。

 残された少ない時間の中で必死で頭を回した結果、ラトリアの脳内に閃きが走る。だが、それは余りにも困難かつ危険リスキーな選択肢だ。


 その選択肢とは……即ち、六属性融合魔力に適応した新たな魔法・・・・・を作り上げる事である。


 無理だ――ラトリアの頭は、そう断じた。

 言ってしまえば、それはこの場で固有魔法オリジナルを生み出すという事。自分を理解したとはいえ、まだまだ経験が浅いラトリアが、である。

 荒唐無稽かつ愚かな試みと言う他無い。急いで他の方法を探すが、浮かんだどれもこれもがイマイチだった。


「――ラトリア」


 ラトリアが考えあぐねていた時に、その頭上に振って来た声。紛れもなく、ムサシの物だった。


「お前が何を悩んでんのか、何を迷ってんのかは……すまねぇが分からん。分からんが!」


 ぐっと全員を抱え込んでいる腕に力を入れたムサシは、地岳巨竜アドヴェルーサを見据えたままニッと笑った。


それしか無ぇ・・・・・・ってんなら、やってみろ。大丈夫だ、お前は一人じゃない!!」


 力強いムサシの言葉で、ラトリアの頭に掛かっていた靄は一瞬で吹き飛んだ。

 何の論理的根拠も無いムサシの発破だが、それはどんな言葉よりもラトリアに一歩を踏み出す勇気を与え、決断を下させた。


「リーリエ、ラトリアに……」

「【感覚強化センスフォース】・【加算アディション】」


 ラトリアが最期まで言う前に、光魔法が発動した。魔導士ウィザードでありラトリアの一番の師でもあるリーリエには、ラトリアが何をやろうとしているのかが大体分かっていたのだ。

 分かっているからこそ、ラトリアがやろうとしている事がどれ程困難な事かも熟知している。だから、一つだけアドバイスをした。


「ラトリアちゃん、から始める必要は無いからね」


 端的に伝えられた一言から、ラトリアはリーリエが何を言いたいかを即座に察する。こくりと頷き、【感覚強化センスフォース】によって強化された思考をフル回転させた。


(リーリエの、言う通りだ……何も、全部一から作る必要なんて、ない)


 驚異的な集中と思考加速によって動きが緩慢になった世界で、ラトリアは【六華六葬六獄カタストロフィー】を一気に解体・・していく。

 ラトリアが思い出していたのは、リーリエが用いている改良魔法・・・・だ。あれは既存の魔法をより効率的に運用出来る様に、元々あった魔法を一度分解してリーリエが手を加えた魔法だ。

 一から作り出した訳でもは無いにも拘らず、その効果は改良前より飛躍的にアップしている。今からやるのは、それの応用だ。

六華六葬六獄カタストロフィー】は、確かに現状では不適格だ。しかし、端から端全てが駄目と言う訳では無い。

 だったら、一度全てを解体バラして駄目な部分を排除・組み換えてから術式全体を再構築する。無の状態から新しい術式を組み上げる事に比べれば、遥かに難易度は下がるだろう。

 だが、依然として問題はある。言うのは簡単だが、それをやるのは今まで魔法の解体などやった事が無いラトリアなのだ。当然、セオリーも何も知らない。

 頼れるのは、自分の内側を見通した際に手に入れた知識と、半ば本能とも言える“魔的な物”に対する感覚フィーリングのみだ。

 普通に考えれば、成功する可能性は限りなくゼロ%に近い……が。


(だいじょうぶ……コンマ一%の“勝ち”を、掴めばいい。ただそれだけ・・・・・・の、話)


 ぷしっと目の端から生温い物が流れる感触。加速器に放り込まれたままの脳が灼ける様に痛む中、ふっとラトリアは笑った。

 切迫した状況下で、不意に自分が如何にムサシ達に感化されているかが分かったのだ。それに気付いたのがこの場面と言うのが、ラトリアには可笑しく感じられた。

 キチキチと組み上がっていく術式。しかし、最後の歯車が上手く噛み合わない……ならば、こうだ。


(気合いと……根性!!!!)


 脳の痛みなど振り払い、まるでムサシの様にギギギっとごり押しを畳みかける。

 深く考えれば、繊細な操作が必要な場面では絶対にやってはいけない事だ。だが、力の籠った感情に後押しされた魔力が、完成間近の術式へと流れ込み――“バチン”と、ピースを押し込んだ。



「――――出来た」



 独白と同時に、ラトリアの意識が現実へと帰還した。そのまま流れる様にマジカルロッドの先端を地岳巨竜アドヴェルーサへと向け直す。


 砲身に極彩色の魔法陣・・・・・・・が多重展開されるのと、地岳巨竜アドヴェルーサの口がカッと煌めいたのは、ほぼ同時だった。

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