第103話 VS. 地岳巨竜アドヴェルーサ 21st.Stage

「ぐっ……!」


 背骨を通して全身に伝わった衝撃に、ラトリアは顔を顰める。しかし、最初に無理矢理接続が行われた時の様な痛みは左程感じなかった。

 ドクンと、心臓が大きく脈打つ。ケーブルを通して魔力が流れ始める中、ラトリアは静かに精神を統一させていった。


(ふーっ……大丈夫。最後の扉・・・・は、ちゃんと開いた)


 息を落ち着かせながら、じっくりとラトリアは自分の内側・・・・・へと目を遣る。

 ラトリアの両親が別れ際に贈ったひかりは、ラトリアの中にある能力ちからの本質へと続く道を余す事無く照らし出した。

 それによって、ラトリアは今まで自分が特に意識をせず発動させていた起動魔法トリガーの中に、三つの制限・・・・・を解除する為の術式が組み込まれていた事に気付く。

 一つ目は、基本的な性能スペックを発揮する為に必要な分以上の魔力の流出を抑える“第三拘束式サードリミット”。

 二つ目は、肉体的リスクが伴う魔力の直接抽出・・・・を制限する“第二拘束式セカンドリミット”。こちらは、ラトリアの強烈な思いによって“暴走”という形で解除されてしまった。

 そして、三つ目――“第一拘束式ファーストリミット”。これは、本来ならば“絶対に解いてはならない鎖”である。


 しかし、ラトリアはその鎖にかかる錠前を……自らの意思で外した。


(……っ。これは、確かに危ない・・・・・・


 待機状態であるにも拘らずジワジワと己の体から魔力が流れ出ていく感覚に、ラトリアはたらりと冷や汗を流す。

 第一拘束式ファーストリミットを解除した事で得られる力。それは“体内魔力の瞬間的全開放”である。

 この状態の【六華六葬六獄カタストロフィー】による瞬間火力は、他の二つの制限を解除した時とは比べ物にならない。それこそ、地岳巨竜アドヴェルーサが展開する魔力障壁ですら刹那の瞬きの間に突破せしめる可能性を秘めた一撃となるだろう。


 だが、その代償は大きい。何故なら、この制御術式を解いた先に待ち受けるのは……ほぼ確実な死・・・・・・だからである。


 博士が組み上げた大魔法【六華六葬六獄カタストロフィー】は、人体改造を施されたラトリアの専用魔法であり、同じく専用の武器として用意された全天適応型魔導投射砲マルチアダプトカノンも合わせて、全てが密接にリンクしている。

 つまり、要たるラトリアの制限段階によって魔法と武器の形態も強制的・・・に変わるのだ。

 現に第二拘束式セカンドリミットが外れた際は、全天適応型魔導投射砲マルチアダプトカノンが自動で魔力を直接抽出する為の機能を解放し、【六華六葬六獄カタストロフィー】はその威力を格段に上げて見せた。

 そうなると、今は魔法と武器は第一拘束式ファーストリミットを解除した状態の最適解へと変化している事になる。


 繰り出されるのは、全魔力を一気に消費して放たれる【六華六葬六獄カタストロフィー】である……そう、一気に・・・だ。


 魔力枯渇や魔力消失は、自力若しくは外的な力で回避する事が出来る。だが、今のラトリアにその猶予・・は無い。

 “一度に全魔力を時間差タイムラグ無しで消費して魔法を放つ”――その際にラトリアの体と精神にかかる負荷の大きさは、第三第二の拘束を解いた状態で魔法を行使した時を遥かに上回る・・・・・・

六華六葬六獄カタストロフィー】を撃つ事自体が、ラトリアの命を奪うのに十分な致命傷となるのだ。例え体に埋め込まれた機械によって肉体が強化されていても、その許容量キャパシティを軽く超えるダメージが発生する。

 ラトリアは、向こう側・・・・から戻る際にそれ等を全て理解した。同時に、自身の体に手を加えた狂人・・が何を考えていたかも理解する。


(ああ、そっか……いずれは、ラトリアを壊すつもり・・・・・だったんだ)


 まるで他人事の様に、ラトリアはぽつりと心の中で呟いた。

 ラトリアは、試作機プロトタイプであり実験機テストモデル。ありとあらゆる研究の果てに待ち受けるのは、命を対価に行う耐久実験・・・・

 膨大な量の六属性結合魔力を一息で全消費し魔法を行使すれば、操者はどうなるのか。魔法はどの程度の破壊力を得るのか。

 その結果のデータさえ取れれば、研究者である博士達の目的は達成されるだろう。そこでラトリアが潰えても、今までのデータと合わせた研究結果を元に、次の段階に向けた新しい道具・・・・・を作れる。

 第二、第三の自分が現れる可能性が頭をよぎった瞬間、ラトリアの心に嵐が巻き起こりかけた。


(っ、だめ。それを考えるのは、後……)


 ぴしゃりと自分に言い聞かせて、ラトリアは再度集中した。

 今成さなければならないのは、地岳巨竜アドヴェルーサの討伐。その為に、ラトリアは危険を承知の上で第一拘束式ファーストリミットを解除したのだ。

 だが、ラトリアに死ぬ気は毛頭なかった。というより、もしそんな心構えであったなら、ムサシに即看破され後方へ退げられていた筈である。

 そうならなかったのは、ラトリアが“生きて帰る”という強い意志を見せたからだ。そこに嘘偽りは無いとムサシは判断し、リーリエとコトハもラトリアを信じて全てを託したのだ。


(それに、応える為には……まず、この子達・・・・を手懐けなきゃ)


 ラトリアが言う“この子達”とは、体内に宿る六属性結合魔力を構成する炎・水・雷・風・氷・土属性の事だ。

 この六つは、ラトリアの体に組み込まれている機械の力を借りて一つに纏まっている。だが、それは裏を返せば機械による制御が利かなくなればたちまち暴走を始める危うさを持っていると言う事。

 それでは、駄目なのだ。これからラトリアがやろうとしている事に、魔力の完全な制御は絶対条件。少しの魔力操作のミスが、命取りになる。

 だから、ラトリアは“自分以外の世界が速度を落とす程に”極限まで意識を集中させて、体内の属性を制御しようとする……が。


(ぐっ……こ、の)


 必死なラトリアの意に反して、属性達は一向に落ち着かなかった。

 元々、本来一つに成り得ない物達が無理矢理一つにさせられていたのだ。ただでさえ窮屈で息苦しかった所に、更なる手が入ろうとすればじゃじゃ馬の様に抵抗するのは、至極当然と言える。後付けの魔力という事も、大いに関わっているかもしれない。


(……なん、で)


 思い通りにならない現実を前に、ラトリアの脳内にはある感情・・・・が芽生えつつあった。

 その感情はむくむくとあっという間に膨れ上がり、遂に――ラトリアの中で、爆発した。



(――いい加減にしてっ!!)



 声には出ていない。しかし属性達が動き回る己の内側に響いたのは、確かにラトリアの怒号・・であった。


(あなたたちは、ラトリアの魔力! ラトリアが操る、力だ!!)


 初めて……本当に、生まれて初めて心の底からラトリアはブチ切れて・・・・・いた。ある種、理不尽と言っていい怒り方であるが、そんな事を気にする余裕などラトリアには無い。気にするつもりも無かった。


(だったら、ちゃんとラトリアの言う事を――聞けッッ・・・・!!!!)


 普段のラトリアには似つかわしくない、強い口調。ぜぇぜぇと己の魂が荒く息を吐く音を聞いた時、はたとラトリアは我に返った。

 しまった、つい集中を乱れさせてしまった――慌てて再度意識を研ぎ澄まそうとした時、ラトリアは異変に気付く。

 あれ程暴れ散らしていた魔力達が、すっかり大人しくなっている。それどころか、今は手足の様にラトリアの意思に沿って動く様にまでなっていた。


 ――ヒント・・・は、第二拘束式セカンドリミットが意図せず解除された際に既に出ていた。あの時は、ラトリアが抱いた“ここで終わりたくない”という強い意思に呼応して、リミッターが勝手に外れてしまった。つまり、ラトリアが発した強烈な感情がトリガーとなったのだ。

 ラトリアは元々感情をあまり表に出さないタイプである。魔法科学研究部に居た頃は、尚の事心が死んでおり、息を吹き返すのは先生フィーラの前だけだった。

 だから、博士達はラトリアが“感情で魔力を振り回すタイプ”だと気付かなかった。本人ですら気付いていなかった訳だが……その隠れていた事実こそが、博士達が望む最高の形・・・・へと繋がる道であったというのは、現時点では誰も知らない。


 兎にも角にも、今まで抱いた事の無い“鮮”と“烈”が散りばめられたラトリアの十五年分の感情の大爆発が、この状況をあっさりと・・・・・打破してみせたのは間違いない。

 一先ず、ラトリアは安堵した。だが、自身の魔力に触れた瞬間に感じたある違和感に、思わず目を見張る。


(え……う、そ)


 不気味なほどに澄み切った、淀みの無い純粋な魔力。そこに、無理やり繋ぎ合わされた様な歪さは見受けられない。


 そう、それはまるで――六つの属性が、一つに混ざり合った・・・・・・・・・かの様な美しさを持った魔力だった。


(こんな、事って……)


 自身が宿す魔力の脅威的な変化に、思わずラトリアは呆ける。が、その意識は表層から漂って来た膨大な魔力によって一瞬で覚醒した。パチンと頭を切り替え、ラトリアは一目散に浮上する。


 その心に、最早迷いは無い。あるのはただ一つ――自分達の未来を切り拓く、勝利への絶対的な確信のみだ。

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