第94話 VS. 地岳巨竜アドヴェルーサ 12th.Stage

 二人の距離は近い。ムサシは一度念話を切り、大きく息を吸い込んだ。


「コトハ、まずはあのコケやら岩まみれの表面を削るぞッ!」


 カッと口を開いてムサシが叫ぶや否や、コトハから三色の稲妻が迸った。


「【参式さんしき雷装武御雷らいそうたけみかづち】――ッ!」


 強烈な振動と共に波打つ不安定な足場を物ともせず、コトハは蒼い雷によるラインを描いて猛然と斬りかかる。

 紫電によって強化された筋力に、雷桜らいおうからギラリと伸びる黄雷おうらいの刃。そこに己の揺るぎなき戦闘術を合わせたコトハの一閃は、寸分の狂いなく地岳巨竜アドヴェルーサの左前脚、その足首に貼り付く巨大な外殻の隙間を斬り裂いた。


「チッ!」


 が、剣先が通り抜けた後を見てコトハは舌打ちをした。

 コトハの繰り出した一撃は、通常のドラゴンを相手にするならばまず間違いなく重大なダメージを与える強撃である。

 しかし、こと地岳巨竜アドヴェルーサが相手の場合そう簡単にはいかない。岩殻竜ヴラフォスの岩石の如き強度を有する外殻を鮮やかにカットするコトハの斬撃であるが、結果としては表面に積もったゴミを斬り払うに留まった。


「コトハッッ!!」

「っ!」


 ぴりぴりと湧き上がる微かな苛立ちが、ムサシの一喝により吹き飛ばされた。コトハは弾かれる様にしてバックステップを行う。

 そして入れ替わる様にして、ムサシが前に出た。隆起した地面を一息で駆け上がり、視界にコトハが作り出した糸口・・を捉える。

 ぴっちりと隙間なく敷き詰められていた土砂や岩の間に出来た、一筋の切り口。それを射程に収めたムサシは、ピタリと息を止めた。

 ひゅっと空気が吸い込まれて停止する音。金重かねしげを握る両腕、それに連なる全ての筋肉に、満遍なく濃密な力が溜め込まれた、瞬間。


「だっっっっしゃあッッ!!!!」


 並行に構えられた二対の金重かねしげが、唸りを上げて横薙ぎに振り払われた。

 超人ムサシによる一撃は、コトハが斬り込んだ場所へ正確に吸い込まれていく。人理を外れた膂力が、暴風となって脚部へと襲い掛かった。

 轟音と共に、地岳巨竜アドヴェルーサの足首が爆ぜる・・・。厚く積み重なっていた有象無象が、一瞬にして消し飛んだのだ。

 しかし、その一撃を以てしても地岳巨竜アドヴェルーサへの直接的ダメージはゼロ・・である。纏わりついた土砂ですら、強固な鎧と化していたのだ。

 だが、少なくともその鎧は砕け散った。そしてそれこそが、ムサシが思い描く結果へ続く第一段階ファーストフェイズ


(見えた!)


 爛々と輝くムサシの両目は、飛び込んで来た光景を鮮明に脳裏へと焼き付ける。

 表面にあった障害が取り除かれた事により、奥にあった地岳巨竜アドヴェルーサの皮膚が露出したのだ。それは、濃緑の外殻とはまるで違う重苦しい鉛色をしていた。

 折り曲げられた足首を覆う体表は、幾重にも皺が重なっている。その皺ですら、一つ一つの厚さが白亜はくあ樹海じゅかいに生えている巨木の幅を超えていた。

 そして、狙うべきはその反対側。即ち、皺一つ無くピンと張られた皮膚の内側にあると推測出来る器官――だ。


「コトハッ、準備・・宜しく!!」

「――!」


 たった一言でムサシの要求を理解したコトハは、即座に【参式さんしき雷装武御雷らいそうたけみかづち】をして魔力を練り始めた。


(さぁ……正念場だぞ、俺)


 急速に加速する思考の中、ムサシは目を閉じて自身の奥底へと潜航ダイブした。

 最初の壁は排除した。次に取り除くべきは、第二の壁である皮膚と内部に満ちる邪魔な筋肉組織。

 迅速かつ繊細に、時間をかけず最短で道を切り開く。それを成すには、今までの力押しでは余りに粗雑で、

 故に、ムサシは壁を超える。揺るぎなき決意と覚悟を胸に、ムサシは腹を括ってカッと目を見開いた。


(研ぎ澄ませ、眼を。掴め、道筋を。描け、剣閃が導くその先を!)


 キリキリと弓の弦の様に限界まで引き絞られたムサシの視線が、地岳巨竜アドヴェルーサにしていった。

 膨大な量の筋組織を、これまで意識した事の無い領域で解き解していく。無数に編み込まれた肉の奥へ奥へと踏み込んでいく内……遂に、ムサシは見つけた。


「――そこ・・か」


 両目を限界まで見開いたままのムサシの口から、自然と言葉が漏れた。

 複雑に絡み合う筋肉の向こう側にそびえる、。骨と骨を繋ぎ、互いを動かすのに重要な役割を果たす結合組織。

 同時に、そこへと続くがムサシの前に現れる。それを確認したムサシは、緩慢に動く世界の中で金重かねしげを静かに大剣形態へと移行させた。

 暴力的な力を宿していた肉体から、の体勢に入る。液体を通り越し、気体のレベルまで五体から力を抜き切ったムサシは、完全なる最速の構え・・・・・となった。


(全身が温かい……あぁ、そうか。リーリエのお陰か)


 ふわりと全身を包む白い光と心地よい感触を肌で感じながら、ムサシは小さく笑う。そして……動いた。



「――――ふっ」



 それは、いつものムサシからは考えられない、余りにも小さな覇気だった。

 腰溜めから放たれた斬撃は、無音。しかし、そこに乗った速度と圧縮された力は、これまでムサシが振るって来たどんな斬撃をも凌ぐ、極大の代物だ。

 それを操る精度もまた、ずば抜けている。今のムサシであれば、超重量の金重かねしげで床に置かれた卵の殻を割る事も可能だろう。


 そうして己を極限まで研ぎ澄まし、新たな境地を切り開いたムサシを……天は、祝福した。



 ――カッ――



 流麗な軌道を描いた金重かねしげによる一閃が奏でたのは、軽やかな音色だった。

 

 だが、音に反してその斬撃による威力はである。


 何故なら、途方もない太さと強靭な筋肉に守られていた左足首が、縦十メートル以上に渡ってくの字・・・を描いて削ぎ落とされたのだから。


「グッ、ガアアアアアアアアアアアアアアアア!!?!?」


 突如として四肢の一部を襲った激痛に、地岳巨竜アドヴェルーサは大きく吼えた。

 だが、驚いたのは地岳巨竜アドヴェルーサだけではない。これをやってのけたムサシ本人もまた、口をポカンと開けていた。


技術ワザって、馬鹿に出来ねぇな……つっても、今日もう一回やれって言われても無理だけど)


 予想以上の結果を叩き出した代償に、集中力がぷっつりと切れたムサシは乾いた笑みを浮かべた。

 そんなムサシを、バチリと雷を迸らせながら影が追い越していく。言わずもがな、コトハだ。

 第一、第二の障壁は突破した。しかし、最大の標的たる滑らかな白色に覆われた腱はだったのである。

 げに恐ろしきは、地岳巨竜アドヴェルーサの常軌を逸した防御力だ。初の試みだったとはいえ、これまでの全力を踏み越えたムサシの一撃に、薄皮一枚の所で耐えて見せたのだから。

 しかし、構わない。何故なら、今のムサシは魔の山で暮らしていた時の様に一人で戦っているのではなく、互いを尊重し心から信頼し合える仲間と共に戦っているのだ。


「決めて来い、コトハ」


 事前の打ち合わせ通りのを行う為に、地岳巨竜アドヴェルーサの脚部に斬り開かれた切断面を猛然と疾駆していくコトハの後ろ姿に、ムサシはぐっとサムズアップを送った。

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