第95話 VS. 地岳巨竜アドヴェルーサ 13th.Stage
ムサシが切り開いた道を、コトハは全力で疾駆する。持ち前のしなやかな筋肉から生み出される脚力と【
「ふーっ……」
ぐにぐにとした切削部に足を取られないようにしながら、コトハはゆっくりと息を整えた。
細めた視線の先。そこには、乳白色の筋組織が聳え立っている。それを断ち斬る事が、コトハの成すべき大仕事だ。
(斬るのは問題あらへんけど……厄介なのはあの太さやね)
思考を巡らすコトハの視界に映る巨大な腱部は、とてもではないが一太刀で斬り伏せるのは不可能である。
ならばどうするか。選択肢は、限られていた。
(大きく一撃じゃなく、小さく三撃やねッ!)
決断を下したコトハも足元に目を焼く程に強い輝きと、力強く迸る雷を宿す金色の魔法陣が出現した。
「――【
コトハが吼えると同時に、
剥き出しの腱を射程に捉え、コトハは爪先から腕の先端までかけての筋肉を躍動させながら
「ハァッッ!!」
稲妻を迸らせた
如何に
「――……!!」
真っ白な腱に一筋の赤いラインが引かれると同時、コトハの頭上からくぐもった雄叫びが聞こえた。
それを耳に収めながら、コトハは止まる事無く反対側へと駆ける。両脚を軋ませながら左側面部へと回り込んだコトハは、二撃目を叩き込んだ。
「シッッ!!」
これもまた、ぬるりと
(もう一撃!)
絶え間なく流れ続ける川の様に、コトハは動きを止めずに再び移動した。
左右両方を斬った事により、腱全体に満遍なく伝わっていた支える力に乱れが生じる。それこそが、コトハの狙い。
【
故に、段階を三つに分けたのだ。ムサシの攻撃で露出したのは、腱全体の後ろ半分だ。手始めにその左右を斬り裂き、力のかかる方向を一ヶ所に傾けた所で、残った一ヶ所であるセンター部分を断つ。
急激に負荷が掛かった部分を一息で斬ってしまえば、後は
巨竜と人間。比べるのもおこがましい程の体格差を覆すには、相手の特性その物を利用する必要がある。
コトハの判断は正解だった……だったのだ、が。
「うぐっ!?」
脚部の切断面を疾駆したコトハの体に、突如として鈍痛が走った。
攻撃を受けた、訳ではない。それは、極限状態で最上級の魔法を行使し続けていた代償だった。
(くっ、やっぱりキツイなぁ!)
悲鳴を上げる己の体を叱咤しながら、コトハは気合で前へと進む。
【
それを、コトハは三撃分振るおうとしているのだ。当然、体に掛かる負荷は大きくなる。
【
しかし、コトハは止まらない。否、止まれない。ここで決めなければ、背負った物を全て落としてしまう事になるから。
(リーリエはんの強化が無かったら、危なかったなぁ)
一瞬だけ、コトハの口元に薄く笑みが浮かんだ。
体は痛い。だが、リーリエの施した魔法のお陰で
それにコトハの確固たる強い意志が加われば、無理を押し通す力が湧く。膝を付く気など、毛頭無い。
「……ふっ!」
ミシミシと全身から伝わる悲鳴を押し殺しながら、コトハは腱の真正面に立つ。金色の刃は未だ健在、この瞬間こそが勝負どころだ。
「――
残りの力を全て吐き出しながら、コトハは
「うっ!」
断ち斬る、と思われた斬撃が鈍ったのを、コトハは感じ取った。
我武者羅の一撃は、限界を超えた体と思考の酷使の所為で、本来の精細さを欠いてしまっていたのだ。
コトハの眼前にある腱は、バランスが崩れたが故に斬ろうとしている部分の密度が爆発的に上がっている。
このままでは斬れないかもしれない――そんな不安が脳裏によぎった瞬間、コトハはカッと目を見開いて……咆哮を、上げた。
「がぁぁアアアアアアアアッッ!!!!」
髪を振り乱し、犬歯を剥き出しにしたコトハの姿は、獣人の“獣”としての部分を曝け出した狼であった。
膂力を余す所無く開放したコトハは、最早激痛と呼べる痛みに全身を襲われる。が、
今必要なのは、鈍った精度を補えるだけの純粋なパワー。例え体が砕けそうになっても、全てを出し切る必要があった。
必ずやり遂げる――轟雷の如き想いが乗った会心の一撃は、操者たるコトハに応えた。
――ザンッ!――
極大の雷刃が、触れた個所の腱を斬り裂く。抵抗はあったが、それらは全てコトハの膂力が捻じ伏せた。
徹底して繊細な一撃を加えたムサシと対を成すような攻撃。普段のコトハからは考えられない荒業であったが、見事な結果を齎した。
ぷしゅっ。
呆けた様な音を立て、最後まで繋がっていた部分に赤い線が入る。それが左右の切り口と繋がったのを見て、コトハはふっと息を吐いた。
(何とか、なったかなぁ)
ごぼごぼと重苦しい音が響き始める中で、コトハは急いで後退しようとした、が。
「あっ!?」
ガクンと、限界を迎えた両脚が落ちる。バランスを崩したコトハの瞳に映ったのは、鉄砲水の様に腱から噴出した大量の血液だった。
「しまっ!?」
反射的に身構えたコトハだったが、その身が血の濁流に飲み込まれるよりも速く、背後から伸びた力強い腕がコトハをひょいと抱え上げた。
次に瞬間、コトハは大砲に撃ち出された様にその場から離脱する。みるみるうちに遠ざかる夥しい量の血液を呆然と見詰めていると、頭上から聞き慣れた低い声が届いた。
「――よくやった、コトハ!」
視線を上げれば、そこにはニッと笑みを浮かべるムサシの顔があった。
脚部の切断面に居たムサシは、集中力を切らした頭を振ってから即座にコトハの後を追い掛けていたのだ。
ムサシは、コトハが仕損じるとは微塵にも思っていなかった。だから、こうなる事も予想出来たのだ。
「しっかり掴まれよっ!」
「っ!」
ムサシの言葉に、コトハは痺れる右手を
ぬかるむ足場を物ともせず、ムサシは疾駆する。一気に
「はぁーっ、間一髪だったな」
十分に距離を取った所で、ムサシは足を止めて後ろを振り向く。そこには、閉じた切断面から血を垂れ流して、大きくバランスを崩した
「ゴアオオオオオオオオオオッッ!!?」
辺り一帯を貫く絶叫。びりびりと肌を叩かれながらも、ムサシとコトハは自分達がきっちりとやるべき事をやり遂げたのだと実感した。
「おうおう、デカく口開けよるわ」
今が好機。そう悟ったムサシは、間髪入れずに念話を飛ばそうとした。
瞬間――二人は、周囲の生物全てを圧殺しかねないレベルの殺気と背筋が凍るような悪寒を感じ取った。
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