第92話 VS. 地岳巨竜アドヴェルーサ 10th.Stage

 ◇◆◇◆


 朝焼けに照らし出された大地が、ゆっくりと目を覚ましていく。肌で感じる熱量が一定のラインを超えた事により、ムサシの脳は完全に覚醒した。


「……朝か」


 一つ欠伸をしてから立ち上がろうとした時に、腕の中に自分以外の重さを感じ、ムサシはピタリと体の動きを止めた。


「ああ、そうか。ラトリアも一緒に寝てたんだっけな」


 小さく、規則正しい寝息を立てているラトリアの頭を、ムサシは優しく撫でた。一瞬だけ僅かに体を動かしたラトリアだったが、直ぐに大人しくなって眠りの渦へと戻る。


「一応、外なんだけどなぁ……肝が据わってるというか何と言うか。ま、いいけど」


 ラトリアの穏やかな寝顔を見ながら小さく苦笑し、ムサシは顔を上げる。

 朝靄の向こうには、薄っすらと巨大な黒い影が見えた。半円状のその中には、未だ沈黙を保つ地岳巨竜アドヴェルーサが眠っている。


「流石に、一晩じゃ回復しないか?」


 視線を細めながら自問自答するムサシだが、頭の中では既に今日どう動くかの予定が組み上がり始めていた。

 兎にも角にも、戦闘を再開するとすればあの状態が解けてからだ。自動修復機能付きの殻の内側にいる状態では、有効なダメージを与えられるとは考え辛い。

 ラトリアの【六華六葬六獄カタストロフィー】を上から叩き込むという手もあるが、撃てたとしても日に二、三発しか発動させる事が出来ない切り札たる魔法を、無暗に乱発させるのは得策ではない。

 やるとすれば、ムサシとリーリエとコトハでどうにか地岳巨竜アドヴェルーサに魔法障壁を扱わせない様にしながら、ここぞと言う場面でラトリアに【六華六葬六獄カタストロフィー】を使って貰うのがベストである。


「何にしても、先ずはアイツが起きてくれん事には――」


 右腕を頭を掻く為に伸ばしたその時、ムサシは口の動きを止めた。

 ムサシの五感は、並みの人間はおろか紫等級などの達人すらも遥かに凌ぐ鋭さを持っている。世界最高峰の、レーダーの塊だと言ってもいい。

 そのムサシの体が、地面を通じて遠くから伝わって来たピリピリと言う極小の振動を感じ取る。同時に、脳裏に突然警報・・が鳴り響いた。


「おい、まさか」


 反射的に視力を研ぎ澄ましたムサシは、ぼんやりと見える巨影を見据える。

 白色のベールの裏側。そこにある沈黙を保っていた筈の地岳巨竜アドヴェルーサを守る土山の表面から……パラパラと、砂利が転げ落ち始めていた。

 この時点で、ムサシは即座に決断を下す。肺一杯に空気を吸い込み……起床の号砲を放った。


「――総員起こォォォォしッ!!」


 泥酔している人間であろうと飛び起きる目覚めの一発が辺り一帯に響き渡ると、疎らに生えていた木々にとまっていた鳥達が、一斉に空へと羽ばたいて行った。


 ◇◆


 バタバタと全員が飛び起き慌ただしく準備を終える頃には、最早極小の振動とは呼べなくなっていた。


「じゅっ、準備出来ましたぁ!」


 ギシギシとストラトス号を揺らして、フル装備となったリーリエが降りて来た。後に続き、コトハも白い髪をなびかせてムサシの下へと駆け寄る。


「ラトリアはんはまだ着替えとる。でも、直ぐに来るよ」

「おけ」


 コトハの報告に答えながらも、ムサシは地岳巨竜アドヴェルーサから目を離さない。

 地岳巨竜アドヴェルーサを覆っていた土山は、まるで時を巻き戻すかのように地面へと次々に吸い込まれていっている。

 役目を終えた盾の裏側から、悠久の時を生きて来た巨竜が雄叫びと共に姿を現した。


「――グゴォォォオオオオッッ!!!!」


 重厚な動作で持ち上げられた口の奥から、大気を震わせる咆哮が轟く。空にかかっていた雲は、衝撃波によって根こそぎ引き剥がされた。


「相変わらずうっせえなオイ!」


 空気を伝わって来た振動を肌で感じながら、ムサシは悪態を吐く。地面に突き立てていた金重かねしげを引き抜き両手に構えた所で、マジカルロッドを担いだラトリアが合流した。


「ごめん、遅れた」

「大丈夫だ。体調は?」

「問題、なし」

「上等」


 短くコンディションの確認を済ませた所で、改めてムサシはこれからの作戦を考える。

 こと闘争の場においては、ムサシの頭は誰よりも回る。初日の戦闘で得た僅かな情報を元に、可能な限り最適なプランを練り上げていった。


「取り敢えず、段階的に弱らせて戦うってのは無しだ。間を置かず一息で決着ケリをつけねぇと、またあの引きこもりモードで回復される」


 ムサシが確認する限り、地岳巨竜アドヴェルーサに付けられた傷跡は最早跡形も無かった。身体を一直線に奔った斬撃の痕も、頭よりも太い頸を守る多層構造の外殻の一部にあった筈の破壊痕も。

 たった一晩で、ほぼムサシ達と戦う前までの状態に戻った。あの大地を操作して自身を覆った状態での治癒能力は、はっきり言って異常である。


「難しい話だってのは重々承知だ。だが、正直な所アイツと根競べで勝負をするのは不可能だ。がもたん」


 そう言って、ムサシはちらりとストラトス号の方を一瞥した。

 積めるだけの物は全部積んで来た。ストラトス号に入りきらない物も、マジックポーチに詰め込んで持ち込んでいる。

 しかし、それでも無理だ。地岳巨竜アドヴェルーサは、人間どころかありとあらゆる生物と比較しても桁違いのスタミナと回復手段を持つ。

 それに付き合っていたら、限りある食料を使った食事と睡眠を主な体力の回復手段としている人間では、太刀打ち出来ない。

 詰まる所、そう言った諸々の事情から考えてムサシ達側の余力がある内に討伐してしまうのが、一番安全で一番確実なのだ。


「せやね。やるなら、今日中」


 冷静に状況を分析した上で同意したコトハに、ムサシは無言で頷いて見せる。

 しかし、問題となるのはその方法だ。昨日の時点で、正面からダメージを与えるのは困難と判明している。それは、皆重々承知だった。


「そうなると、を使う必要がありますよね」

「ああ」


 リーリエの指摘を受けて、ムサシは更に頭を捻る。


「キーマンはラトリア、これは間違いない。つっても、闇雲に【六華六葬六獄カタストロフィー】を叩き込むのは駄目ノーだ。魔法障壁だってあるし、全乗せ状態の俺の斬撃を凌いだ外殻もある。乱発なんかした日にゃ、ラトリアの命が危ねぇ」

「ですね。それに、明確な一手を打てず中途半端なダメージを与えたら、また籠られてしまいます」

「鼬ごっこになってまうねぇ」


 そうやってムサシ達が話し合っている間、ラトリアは口元を手で覆い何かをブツブツと呟いている。そして、顔を上げた。


「……外がダメなら、内を狙うしか、ないと思う」


 その言葉を聞き、即座にムサシ達は思考を奔らせる。

 ラトリアの意見は、的を得ている。生物が何故強力な外殻や鱗といった鎧を纏うかと言えば、それは内側にある柔い部分を守る為だ。

 地岳巨竜アドヴェルーサとてドラゴン。外殻などに持たせている役割も、それら他の生物と大きくは変わらない筈である。


「――だな」


 ムサシが導き出した解に、リーリエ達はハッとした。


「口内まで、ガチガチに固めてるやつなんざそう居ない。実際、アイツが超咆哮ハイパーシャウトをかました時、口の中の肉はガッツリ動いてたからな……でもって、だ。地岳巨竜アドヴェルーサは身体の構造的に、口から食道へ抜けた先に急所・・を持ってる」


 その器官とは、ドラゴンであればどんな個体でも必ず持ち合わせており、全ての超常的力の源となっている根源的物体だ。


「……竜核、ですね?」


 リーリエの出した答えは満点。ムサシは、「その通り」と告げて話を続けた。

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