第91話 閑話:シンゲン-3

 ◇◆◇◆


「よかろう、是非も無しッ!」


 久しく出会った強敵を前に、シンゲンの中にあった戦士の血が騒いだ。紫等級として責任ある立ち振る舞いを要求され、それを実行してきたシンゲンだったが、いざこうしてと対峙すると、どうしても戦闘本能を掻き立てられる。

 シンゲンだけでは無い。他の紫等級であっても、本来戦場を好む気質の者達であれば誰でもこうなるのだ。


「ハッ!」

「ギュルアッ!!」


 防御の体勢から一転し、攻撃態勢に入ったシンゲンは、滑る様に地面を駆け抜けて銀鋼竜シルバリオスとの間合いを零にした。

 対する銀鋼竜シルバリオスもまた、自身に襲い掛かる必殺の斬撃を脚力と翼による羽ばたきを以って躱す。

 大包平おおかねひらの切っ先が外殻を掠めて、鮮烈な火花が散った。両者ともに、一歩も譲らない攻防に入る。

 目まぐるしく動き回るシンゲンと銀鋼竜シルバリオスであったが、その拮抗は左程時間を置かずに崩れ始めた。


「ギ、アッ!」


 大包平おおかねひらの斬撃による火花の量が多くなっていくと共に、銀鋼竜シルバリオスは徐々に苦しい声を上げ始める。

 対するシンゲンは、表情を崩さずにその動きを更に加速・・させていた。大包平おおかねひらによる攻撃はよりはやく、より鋭く。踏み込みはより強靭つよく、より大胆に。

 最高位の守護者たる紫等級。強大なドラゴンを相手にしても、シンゲンは一切下手に回る事無く、その力を存分に発揮していた。


ッ!」


 閃いた大包平おおかねひらが、銀鋼竜シルバリオスの目を掠める。危うく失明させられる寸前まで追い詰められた銀鋼竜シルバリオスは、遂に大きくバックステップを踏んだ。


「ギュルッ!」


 そのまま、シンゲンによる追撃から逃れる様に夜の大空へと飛翔する。瞬く間に小さくなったシンゲン目掛けて、銀鋼竜シルバリオスは大きく息を吸い込み――立て続けに三発、紅蓮の火球を吐き出した。


「ぬっ!」


 夜天に生まれた太陽の矛先を向けられたシンゲンは、即座に振り切った姿勢から大包平おおかねひらを構え直し、全身に魔力を込めた。


魔力付与エンチャント・【疾風スラスト】!」


 シンゲンの詠唱で、大包平おおかねひらを帯びる。そして、真っ直ぐに飛来して来た三つの火球を、シンゲンは“圧縮された風”と共に斬り払った。

 凄まじい熱量を保って降り注いだ銀鋼竜シルバリオス竜の吐息ドラゴンブレスは、一つも漏れる事無くシンゲンによって断ち斬られる。

 しかし、それを見ても銀鋼竜シルバリオスは直ぐに次弾の準備に入る。高所と低所、一方的に嬲りうる位置のアドバンテージを十分に理解しているが故の、敢然たる強者の行動だった。


 だが、それをみすみす許す程――シンゲンは、甘くも弱くも無い。


「【大地壁アースウォール】!」


 その身に宿すもう一つの属性である土属性魔力を用いた魔法を、シンゲンは素早く発動させた。

大地壁アースウォール】は、周囲の地面等を操作して壁を作り出す魔法だ。シンゲンの綿密に練られた魔力を流し込まれて固められた土壁は、銀鋼竜シルバリオスの炎であろうと十分に遮る事が出来る。

 だが、シンゲンはこの魔法をの為に発動させた訳では無い。その証拠に、【大地壁アースウォール】の起点となる魔法陣は……シンゲンの真下・・に出現していた。

 一際強く魔法陣が光ると、勢いよく大地が隆起する。そうして現れた土壁は、縦に細く長く形成されたのカタチをしていた。

 その天辺に足を置いていたシンゲンはどうなるか。当然、出現した【大地壁アースウォール】によって、上空へと打ち上げられる事となる。

 しかし、それはシンゲンが思い描いた通りの効果だった。大砲から放たれた砲弾の如き速度で宙を舞ったシンゲンは、銀鋼竜シルバリオスとの距離を、一瞬で詰めて見せたのだ。

 不意を突かれ、銀鋼竜シルバリオスは思わず動きを止める。その決定的な隙を、シンゲンは見逃さなかった。


「ハッ!」


 臨機応変な手段で翼を得たシンゲンは、眼前に迫る銀鋼竜シルバリオスに向けて、すれ違いざまに剣閃を奔らせる。

 回避が間に合わなかった銀鋼竜シルバリオスは、左翼の翼膜を斬り裂かれる羽目になった。夜空に、鮮血が美しく散る。


「ギュルアッ、ガァッッ!!」


 初めて与えられた明確なダメージに、銀鋼竜シルバリオスは苦悶の声を上げる。それでも、残った翼を羽ばたかせて強引に体勢を変え、後方に通り過ぎたシンゲンへ向けて竜の吐息ドラゴンブレスを吐き掛け様とした。

 

 その時、憤怒に燃える銀鋼竜シルバリオスの瞳に映ったのは……月を背に大包平おおかねひらを納刀して、居合・・の姿勢を取るシンゲンの姿だった。

 

 周囲に、音も無く暴風・・が吹き荒れる。その中心に居るシンゲンは、全身を淀み無く研ぎ澄まし……大包平おおかねひらを、抜いた。



「――【風羽之太刀カザバノタチ】」



 時が止まったかの様な静寂の中で紡がれた詠唱による魔法は、シンゲンが習得している固有魔法オリジナルの一つだった。

 視認するのが不可能な速度で放たれたのは、極限まで圧縮され烈風を纏いし、必殺の斬撃。

 ヒンッ! と鈴の音を思わせる軽やかな音が空中に響いた瞬間、銀鋼竜シルバリオスの口に溜まっていた炎が、塵となって霧散する。

 

 次の瞬間、一泊の間を置いて――銀鋼竜シルバリオスの頭部が、胴体から離れた・・・・・・・


 その後を追う様にして、続け様に両翼が切り離される。最後には、四肢が付いたままの身体が、頑丈な外殻ごと十文字に四分割・・・された。

 先の一瞬で叩き込まれたのは、五撃・・銀鋼竜シルバリオスの状態からして、誰の目から見ても文句無しの、決着であった。


「はっ!」


 空中での激突の果てに、全てを終わらせたシンゲンは、重力に引かれて地面へと落ちる。着地の瞬間に風を吹かせてふわりと地に足を付けた後、シンゲンの後方に音を立ててバラバラとなった銀鋼竜シルバリオスの残骸が降り注いだ。


「む、しまった。頭を落とす程度に留めておくべきだったでござろうか」


 振り向いた先にあった銀鋼竜シルバリオスの無残な姿を前に、シンゲンは昂ぶりに引かれ過ぎた己の未熟を恥じた。

 しかし、予期せぬ襲撃者を仕留めた事には変わりない。仮にこの場に他の誰かが居たとしても、危険極まる存在である銀鋼竜シルバリオスを無傷で討伐したシンゲンを責める者など居ないだろう。


「さて、本業・・に戻らねば」


 頭を切り替えて、シンゲンは未だ健在のドラゴン達へと視線を向ける。

 銀鋼竜シルバリオスが沈黙した事により、他のドラゴン達には正常な思考が戻りつつあった。つまり、再び仮設町を目指して進軍を再開するという事である。

 ふぅと一つ息を吐いたシンゲンは、魔力を消費した体を奮い立たせて大包平おおかねひらを構え、再度群れと対峙する。

 その時、背後に残して来た町の方から数多くの声が聞こえて来た。

 ちらりと振り向けば、そこには二十人を超すスレイヤー達の姿があった。どうやら、町の警備を万全にした上で、応援に来たらしい。


「やれやれ……皆、心配性でござるな」


 いい年をして血気盛んな自分の所為であろうが、とシンゲンは苦笑する。近付いてくるスレイヤー達の気配を肌で感じながら、シンゲンは地岳巨竜アドヴェルーサと剣を交える決断を下した四人の若者を思い浮かべた。


(こちらは心配なされるな。貴殿等は、貴殿等の成すべき事を成されよ)


 半ば祈りにも似た独白を心の中で呟いてからシンゲンは風を吹かせ、動き出したドラゴン達の群れへと斬り込んだ。長い夜は、まだ始まったばかりである。

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