第89話 閑話:シンゲン-1
【Side:仮設町】
月と星の明かりが照らし出す平原のど真ん中に、煌々と篝火が焚かれている一角がある。
「ふむ……」
夜風を身に受け、人々の営みを表す明かりを背負ってじっと目を光らせている男が居る。今回の避難計画の責任者となっている、紫等級スレイヤーのシンゲンだ。
「シンゲンさん」
仮設町を囲む様にして広がる暗闇を見据えていたシンゲンの下へ、一人の重装備の男が駆け寄って来る。彼は、シンゲンと共に中央から派遣されて来た青等級スレイヤーの一人だった。
「むっ、如何なされた?」
「交代の時間です。後は自分達が引き継ぐので、シンゲンさんは町で休息を」
もうそんな時間か、とシンゲンは月を見上げた。
今現在、シンゲンを筆頭としたスレイヤー達は、ローテーションを組んで二十四時間体制で町の警備に当たっている。
元々人が住んでいなかった場所に突貫工事で作り上げたこの町は、ドラゴンの生活圏と被ってしまっていた。
なので、避難民を守る為にシンゲン達スレイヤーは片時も間を空けず、ドラゴンの襲撃に備えているのだ。
「……今の所、目立った襲撃は殆どありませんね」
「うむ。あったとしても、小型種による散発的な物ばかりでござるな」
男の言葉に、シンゲンは顎を手で撫でながら相槌を打つ。
≪ミーティン≫から全住民の避難が完了してから今日まで、ドラゴンによる襲撃は左程多くは無かった。最大限警戒すべき肉食性の大型種による襲撃に至っては、皆無である。
しかし、その静けさが逆に不気味だと、シンゲンは考えていた。急造仕立ての防御面に不安がある町にこれだけ人が集まっているのだ。周囲を囲む腕利きのスレイヤー達を警戒していたとしても、貪欲に餌を求める巨大な
(ムサシ殿の
シンゲンは、彼方で
報告によれば、最後の避難民の一団が≪ミーティン≫から脱出するまでの間で、ムサシ達は数度この町の警備に当たったと聞く。
その時の彼等……とりわけ、夜間のムサシは獅子奮迅の活躍をしたという。暗闇を物ともせず、まるで一人だけ真昼に動いているかの様な動きをし、たった一人防御役としてではなく攻撃役として、襲撃を仕掛けてきたドラゴン達を蹂躙していたらしい。
他のスレイヤー達が目にしたムサシの戦いぶりは圧倒的で、その鬼神の如き姿に恐れをなして背を向けたドラゴンも、容赦なく首を飛ばされていたという。戦いが終わってから、仕留めたドラゴンを解体する余裕まで見せていたのだというから驚きだ。
それらの大立回りから鑑みるに、もしかするとこの辺りに棲んでいるドラゴンの多くは、ムサシという脅威の存在についての情報を既に共有済みで、結果獲物を前に足踏みをしている状態なのではないかと、シンゲンは考えていた。
「出来るなら、
「全くです」
腰に手を当て首を横に振り同意する男であるが、彼が頭に思い浮かべる"全て"と、シンゲンの頭に浮かぶ"全て"には、大きな相違があった。
男の考える"全て"は、
しかし、シンゲンの考える"全て"は――ムサシ達が、
(不思議でござるな……彼等の事を否定したのは某であるというのに、今は彼等が仕損じる光景を
数多の命を背負う身として、現実的に物事を考える様にしているシンゲンにとって、それは初めての経験だった。
(最後に≪ミーティン≫で顔を合わせた時も、この様な感覚に陥っていたでござるな……いやはや、全く以って
内心で苦笑を浮かべながらも、シンゲンの思考はある懸念について考えていた。それは、今日の夕暮れ時に入って来た一つの報告についてである。
遠く離れた場所から
戦ったのは、無論ムサシ達である。監視員が彼等を
激突の後に
それは、ムサシ達が戦闘に入る前――
(
そもそも、ここに避難して来ている住民達が住んでいた≪ミーティン≫は、
そこから、他と同じ様に
なので、この仮設町は
苦肉の策ではあるが、他の選択肢が無かったというのが実情である。故に、報告にあった逃げたドラゴン達の襲撃先になる可能性があるという事を、シンゲンは警戒していたのだ。
そして――その危惧は、現実の物となる。
「でっ、伝令!!」
話し込んでいた二人の下へ、慌ただしく駆け寄って来る一人のギルド職員。ただならぬ気配に、一瞬でシンゲンと男の顔つきが変わった。
「如何した」
いつもの飄々とした態度ではなく、キンと視線を細めて戦士の雰囲気を纏ったシンゲンの問いに、職員は息を整えてから答えた。
「はっ! たった今、町の監視塔から連絡が入りまして……南西の平原に、暗闇に紛れて蠢く
青褪めた顔の職員が齎した凶報で、場に緊張感が走る。しかし、シンゲンは動揺する事なく指示を飛ばした。
「迎撃の態勢を取る。急ぎ、町に戻り全住民を建物の中へ」
「はっ!」
シンゲンの言葉で、職員は一目散に町の中へと戻って行った。背中の大太刀に手を掛け、シンゲンは続いて男へと指示を出す。
「貴殿には、北側の人員を一部こちらへと連れて来て欲しいでござる。人数が揃い次第、陣形を整えていつでも戦える様にしておくように」
「シンゲンさんは、どうするつもりです?」
指示を受けて駆け出そうとしながらも聞き返した男に、シンゲンは口角を釣り上げて答えた。
「某は、先行して
「……! 分かりました、お気を付けて」
たった一人で、向かい来るドラゴンの群れに切り込むと宣言したシンゲンの言葉に、男は一切異議を唱える事なくその場を後にした。
普通であれば無謀だと苦言を呈する所だが、男はそうしなかった。否、男だけではなくこの場にいたのが他の人間だったとしても、同じだっただろう。
それだけ、シンゲン達紫等級スレイヤーに対する信頼は絶大なのだ。
「さて……【
コキリと一度首を鳴らしてから、シンゲンは町を背に詠唱と共に地面を蹴る。次の瞬間、
◇◆◇◆
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