第88話 VS. 地岳巨竜アドヴェルーサ 9th.Stage

 俺と目が合うと、二人とも慌ててぴゅうと隠れてしまう。何だよ、起きたんならこっち来ればいいじゃん……。


「しかし、アレだな。こうやって話をしてて思ったんだが、ラトリアは俺なんかより……ずっとな」

「えっ?」


 きょとんとした声を上げたラトリアだが、これは決してお世辞とかそう言うんじゃない。率直に、思った事だった。


「いやだってさ、ラトリアは誰に言われるでも無く“自分以外の人間を守りたい”って思った訳じゃん? 漫画の影響とは言え、自発的にそう考えた訳だ。でも、俺はそうじゃない・・・・・・

「……どういう、こと?」


 うむ、何言ってんだコイツはって感じだな。そりゃそうだ、さっきの理論で言ったら俺だって、まぁ顔も知らない沢山の人達を助けてるって事になるんだから……でもな、違うんだよラトリア。


「俺は十年を魔の山で過ごした。、だ。クソ雑魚の状態から、生き残る為に必死で自分を鍛えて、今の筋肉ダルマになったんだ。でもそれって、結局はなんだよ」


 当時の風景に、俺は思いを馳せる。

 あの時の俺に、ラトリアみたいな発想は無かった。ただただ、自分が生き永らえる為だけに・・・何もかもをやった。日本で暮らしていた頃は、人並みには誰かを思う心があった筈なのに、である。

 環境の所為、とも言えるだろう。あの状態なら、誰しも他人の事など考えている余裕など無いのかもしれない。

 だが、俺は納得出来ない。今だから言える綺麗事だと思われるかもしれないが、それでもだ。


「自由が無かったラトリアに比べれば、俺にはずっと多くの選択肢があったと思う。その気になりゃ、八年目過ぎたあたりでいつでも下山して、適当に人里探して人間社会に混ざる事だって出来た。でも、俺はそうしなかった。あくまで、“自分最優先”って道を突き進んだんだ」


 流石の俺でも、山を下りるって選択肢は思い付いていたさ。だが、俺は結局直ぐにその考えを捨てて山に留まった。

 それは、当時の俺が自己完結・・・・していたからだ。力は手に入れたのだから、今のままでも問題ないと結論付け、この先ずっとここで暮らしていく事になっても不満は無いとさえ思っていた。


「ぶっちゃけ、昔の俺はその辺の獣と何にも変わらなかったと思う。人間らしい考えが出来なかったっつーかさ……そんな時に出会ったのが、リーリエだったんだ」


 正しく、運命的な出会いだった。しかし、よくよく振り返ってみると、当時の俺は中々をしていた事を思い出す。

 率直に言って、最初にリーリエの悲鳴の様な声を聴いた時に抱いた感情は――“興味”、だった。一体どんな人間が、何に追われてるんだろうって感じの。

 ……うん、我ながら人でなしも甚だしい。だから、奥底に僅かに残っていた何か・・が即座にそれを打ち消し、“助けなければ”と思わせてくれたのは、全く以って幸運だった。

 そして、俺はリーリエと衝撃的なファーストコンタクトを果たす。その出会いと同じ位重要だったのが、リーリエが言った『私とパーティーを組んでくれませんか!?』って言葉だった。

 あれがなければ、恐らく俺はそれ以上深くリーリエと関わろうとはしなかった。自分以外にも人間がいるって事が分かり、それだけで満足して住処に戻っていた筈である。

 思考停止も甚だしいが、その位当時の俺は馬鹿だったのだ。だから、突発的とはいえ山を下りる切っ掛けを作ってくれたリーリエには、感謝してもしきれない。


「リーリエに出会わなかったら、俺は獣のままだった。だから、リーリエがって言い方も出来るかもな」

「はぇ……」


 こんな風に言うと、本人は大げさだって否定するかもだが、残念ながら俺にとっては大仰でも何でもないんだな。……あ、聞かれてるのかコレ。ちょっと恥ずかしい。


「そうやって人間社会に入って、スレイヤーとして活動を始めたんだ。漸く、誰かの為に力を振るえ始めたって事だな」


 と言っても、正直ラトリア程立派な心構えは持てないかもしれない。まだまだ、俺の中では“食って行く為”ってのと“リーリエ達の為”っていう小さな世界に重きが置かれてるからな。

 ……あー、でもそう考えると今回の“≪ミーティン≫を守る為に地岳巨竜アドヴェルーサと戦う”って決めたのは、大きな前進なのかねぇ。


「とまぁ、そんな感じだから俺の場合切っ掛けがかなり受動的なんだよ。だから、最初から自分自身の意志で行動を起こせたラトリアは、俺より偉いなって話」


 そこで一旦、俺は口を閉じた。

 つい長々と自分語りをしちまったが、話して良かったと思う。言いたい事は全部言えたからな。

 うんうんと一人満足していると、不意にラトリアの体がもぞもぞと動く。慌てて腕を緩めると、ぐいと体を回したラトリアが俺と向き合い、その小さな右手をそっと俺の左頬に添えた。


「ラトリア?」

「……だいじょうぶ、だよ。ムサシも、十分にえらい」


 その言葉に、俺はギョッとする。あれ、今の流れで俺が褒められる所何てあっただろうか。


「今の、ムサシは……ちょっと、悲しそうな顔してる」

「……マジ?」

「ん……それって、昔の自分と、ラトリアを……だよね?」


 ラトリアの指摘に、俺は押し黙った。

 図星である。だが、まさか表情に現れてるとは思わなかった……折角カッコ良く締めようかと思ったのにコレだから、詰めが甘い。

 やっちまったと言った風に顔を顰めた俺に、ラトリアは優しく、静かに――微笑んだ。


「人の、根本にある心って……変わらない物だって、ラトリアは思う。だから、自分の為だけに、生きてたって自覚してても……リーリエを助ける為に、ドラゴンと戦えたムサシは……獣なんかじゃ、なかったよ。最初から、ずっと……人間」

「そう、か?」

「ん……リーリエの事だけじゃ、ない。後悔してたアリアを、慰められたのだって……自分に蓋をしようとしたコトハを、抱き締められたのだって……全部、人間だからこそ、出来たこと」

「うわっ、その辺まで全部聞いてるのかよ!?」

「ぶい……で、それって、ムサシが言ってた“獣の心”が、ムサシの本当の心だったら……出来ないと、思う」


 さっきとは真逆で、俺に言い聞かせてくるラトリア。参ったな、反論が思いつかん……いや、思いつかなくて、いいのか。


「山で、暮らしてた時は……単に、そういう機会がなくて、自分で結論を出すしかなかった、だけ。だから、だいじょうぶ……ムサシは、すごくえらい。自分を卑下なんて、しないで」


 そう言って、ラトリアはじっと俺の瞳を覗き込む。暫しの無言の後、俺は深く溜息を吐いた。


「……はぁ。全く、“俺の話を聞け”とか言っときながらこのザマとは、情けねぇ。励ましてたのは、俺の筈だったんだけどな」

「お互い様、で……いいんじゃ、ないかな」

「そうしよう。……ありがとう、ラトリア。今ので、大分救われた」

「それは、こっちのセリフ……ムサシのお陰で、ラトリアは、夢を……諦めないで、すみそう。だから……ありがとう」


 そう言って、俺達は小さく笑い合う。その時、夜風が辺りを吹き抜け、ラトリアが小さく震えた。


「……ムサシは、このまま、ずっと見張りをしてる……の?」

「ん? そのつもりだけど」

「そっか……ねぇ、今日はこのまま……一緒に寝ても、いい?」


 ナヌ!? これは、ちょっと予想外のお願いだ。しかし、ずいと上目遣いで問い掛けるラトリアに、俺はノーとは言えなかった。


「……いいぞ。ちょい待ち」


 俺は腰に付けっぱだったポーチを漁り、ある物を取り出す。それは、色々な場面でお世話になっている紫金のマントだった。


「ほれ。夜は冷えるから、これで体包んどけ」

「ん……」


 こくりと頷いたラトリアは、器用に体と手を動かしてぐるぐるとマントを身に纏う。本当なら炎も遮る代物なんだから、今回に限らずもっと別の事に使えよって話なんだが、構わないだろう。道具だって、そいつの使い方で幾らでも役割何て変わるもんだし。


「……地岳巨竜アドヴェルーサの討伐、頑張ろうな。やり遂げちまえば、学院の奴等だってラトリアの力を壊すだけの力なんて言えなくなる」

「んぅ……がん……ばる…………」


 あっという間に腕の中で眠りに落ちたラトリアの頭を、俺は優しく撫でる。さぁ、後は結果を出すだけだ。この小さな少女が英雄ヒーローになるのは、そう遠くない。

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