第87話 VS. 地岳巨竜アドヴェルーサ 8th.Stage

 ずずいとラトリアを腕の中に収めた俺は、どっかりと腰を下ろして夜空を見上げる。そうして一つ息を吐いてから、話し始めた。


「ラトリアは、“りりか”が“誰かの為”に戦うのがカッコ良くて、憧れて、そうなりたいって思ったって事でオッケー?」

「う、うん……」

「だよな……ラトリア、俺はさ。それって、凄い事・・・だと思うんだよ」


 さらりと俺が言うと、鳩尾付近にあったラトリアの頭がぴくりと震えた。


「漫画に限らず、ああいう話の中に出てくる人間ってのは、全部“架空”の物だ。だから、人が思い描くを作り出せる」


 誰しも、一度位は映画に出てくるスーパーヒーローの様な存在になりたいと思うだろう。強く、逞しく、沢山の人々に感謝される、そんな存在に。


「何でそういうのを作り出すかっつったら、そりゃ夢を見たい・・・・・からだ。現実ってのは予想以上に辛かったり苦しかったりする事が一杯あるからな。そんな世界で生きているからこそ、せめて物語の中だけでもって感じで生み出す訳だ。読者じぶんの分身たる、理想の主人公ヒーローって奴を」


 人間社会と言う物は、自分以外にも無数の同じ人間がいた上で出来上がってる。それはつまり、数え切れないほどの主義主張で溢れ返ってるって事だ。

 その中で生きていく内、やがて現実を知る。かつて自分が読んだお伽噺の“主人公”が、どれ程綺麗で、遠い存在だったかを。


「勿論、全部がそうだとは言わない。純粋に、文学としての“物語”を届けたいって作者も一杯いるだろうし、現実と特段違わない平々凡々とした人間を主人公にしながらも、多くの人に感動と共感を与える作品だってあるだろうしな」


 ゆらゆらと揺れる炎を見ながら、俺は言葉を続ける。ラトリアはただじっと、それを聞いてくれていた。


「でも、りりかは違う。アレを平々凡々と呼ぶには、ちと無理があるからな……だから、多分あの漫画の作者さんは英雄ヒーローとして、りりかをえがいたんじゃないかと思うんだが……ラトリアはどう思う?」


 顔を下に向けて問いかけると、ラトリアはほんの一瞬だけ悩んでから、こくりと頷いて見せた。


「ん……そうだと、思う。きっと、りりかは……そういう、主人公」

「うむ。で、だ……そういうタイプの主人公に憧れて、自分を近づけようとするのってさ、凄くしんどい・・・・んだよ」


 幼い頃、テレビに映っていた特撮ヒーローを見て、カッコいいと思った。誕生日にそのヒーローの玩具を買って貰い、友達とごっこ遊びだってした。

 だが、やがてそんな遊びからも、ヒーロー自体からも離れていく。飽きが来たからというのもあるだろうが、歳を重ねる事で現実を知るからってのも大いにあると思う。

 ヒーローの真似をして高い所からジャンプしたら、上手く着地出来ずに足を怪我して親に叱られた、とか。

 街中で困っている人を見つけ、ヒーローの様に颯爽と助けようと思ったが、実際には知らない人に声を掛ける勇気が出なくて結局何も出来なかった、とか。

 そう言う小さな積み重ねが、“自分はヒーローではない”と気付かせる。そこに心の成長も加われば、自分が憧れていた存在は全て“遠い理想フィクション”で、最初からそれに成る・・・・・事など出来なかったのだと理解するのだ。

 そこで、やっと身の丈に合った自分になろうとする。大概の人間はそうだろうし、俺だってそうだった。


 ただし、世の中にはそれでもヒーローを諦めない奴ってのは居る。十年前、まだ向こうの世界で暮らしてた頃の友人の内の一人が、そうだった。

 そいつは、消防士を目指していた。理由を聞いたら、小さな頃に俺と同じ様にテレビで見たとあるヒーローが、悪の怪人によって破壊されたビルの中に取り残されていた人々を、燃え盛る炎を物ともせずに助けた姿が、忘れられなかったからだと言っていた。


『“何だそりゃ”って笑われる事もあるけどさ、やっぱおれにとっちゃそれが一番の理由で、夢なわけよ』


 あいつは照れ臭そうにそう口にしていた、俺はそれを変だとは全く思わなかった。寧ろ、“コイツはスゲぇヤツだ”と感心した記憶がある。

 そりゃ、実際にそのヒーローと同等の超人スーパーマンになるのは無理だ。だが、かつての憧れを捨てずヒーローの背中を追って、形は違えど同じ様に人の命を救う事が出来る職業を目指したんだ。

 だが、目指すだけでなれるなら苦労はしない。消防士って確か倍率がすげぇ高かった筈だから、その競争を勝ち抜く為には、普通の奴よりも多くの努力が必要になる。

 そして、あいつはその努力を惜しまなかった。自分自身の情熱に支えられながら、必死で勉強をし、体を作って――見事、試験に合格した。

 試験の結果は大学の受験結果よりもずっと早く分かるから、俺を含めた友人連中、教師とで大いに喜んだのを覚えている。

 そうやって未来への切符を掴んだあいつに俺は感心すると同時に、自分とは明らかに違う“眩しさ”を見て……羨ましい・・・・と、思った。

 当時の俺にも、幾つか“やりたい事”があって、その為に大学を目指していた筈だ。ただ、そのやりたい事ってのが具体的に何だったのかまでは思い出せない。

 遠い昔の話だから忘れてる、って訳じゃないだろう。自分の将来にかかわる話だった筈なんだし。それが思い出せないって事は、単にその程度の意識だった・・・・・・・・・・って事だ。

 そんな俺だったから、明確な夢に向かって我武者羅に努力をし、無事スタートラインを踏み越える事が出来たあいつの事を、羨望の眼差しで見たんだ。

 そんな友人の姿を間近で見ていたからこそ、俺には分かる事と言える事がある。


理想ゆめを目指すってさ、大変だよ。常人の数倍の努力がいるし、場合によっちゃ茨の道を突き進む事になる。その途中で、諦めちまう奴だって大勢いるんだから」


 そこまで話して、俺は焚火から目を外して空を見上げた。満天の星の下、さっきラトリアがぽつぽつと喋っていた時に見た顔を思い出す。

 自分はりりかにはなれないと、ラトリアは理解していると言う。それでも、憧れたりりかに少しでも近付きたいと思って、魔法少女という肩書を名乗ると言う、自分に今出来るたった一つの事をやっていたのだと、話してくれた。

 深い理由は無かったのだと言い、ラトリアは顔を伏せた。だが、俺はその瞳に微かに灯るを見逃さなかった。

 余りにか弱い、風前の灯。しかし、それでも確かに燃え続けていたのだ。それはつまり、口では自嘲するかの様に語っているが、心の奥底では――憧憬りりかを、諦めていないと言う事。

 に居るあいつとラトリアは、何もかもが違う。それでも共通するのは、二人とも強い憧れと夢を持っていて、それを捨てなかったと言う事だ。

 あいつは自分の夢を叶えた。でも、ラトリアはまだその途中・・だ。そして、“後ろ”を向いていないのなら……まだ、進む事が出来る。


「ラトリア。俺が“凄い”って言ったのはな、そうやって脱落していく奴が大半の中で、お前がまだ足掻けている・・・・・・からだ」

「え……?」

「だってそうだろ? さっきラトリアは『それしか出来なかった』だの『深い意味は無かった』だの言ったが、『だからもう諦める』とは一言も言ってないじゃんか。それって、根っこの部分では“ヒーローのりりか”になりたいって思いを、捨ててないって事だ」

「…………!」


 腕の中で小さく息を呑んだラトリアの頭に、ぬんと顎を乗せる。小さな体が微かに震えたのを、俺はしっかりと全身で感じ取った。


「つまり、まだラトリアの中にある情熱は失われちゃいないって事。だったらさ……なっちゃえよ、りりかヒーローに。叶いっこない、どうしようも無い願いみたいに言わないでさ」

「で、でも……ラトリアの力じゃ……」

「壊す事しか出来ない? 博士達がそうしたから?」


 俺がそう言うと、ラトリアは俺の頭を退ける事無く、こくんと頷く。ふっと俺は首を上げて、片方の腕を外してラトリアの頭を撫でた。


「……確かに、ラトリアが無理矢理与えらた魔力や魔法は、攻撃色が強い。でも、博士達クソッたれ共が考えたその通りに使うかどうかは、全部ラトリア次第なんだ」

「……う、ん」

「だろ? 結局力ってのは、使う奴次第で如何様にも変わる。だったら、壊す為じゃなくて守る為に使っちゃえばいいじゃん。心構え一つ変えてそうすりゃ、ラトリアは間違い無く“りりか”になれる」

「そう……かな」

「そうだよ。あと一つ言っとくけど、ラトリアはもう既に何度か他の人達を守ってるからな?」

「……ふぇ?」


 何だそりゃ、と言わんばかりにラトリアの口から間抜けな声が漏れた。マジかよ、薄々思ってたけどその辺・・・全然意識してなかったのか、このちみっ子は。


「ハァ……あのなぁ、ラトリア。お前が消し飛ばした赤晶鉱殻竜カルブクルスは、一体誰からの依頼で討伐したんだ?」

「それは……ゾイロスさんとか、鉱山の……人達」

「そうだ。あの人達は赤晶鉱殻竜カルブクルスの所為で、危うく食い扶持を失う所だった。その赤晶鉱殻竜カルブクルスを討伐して、依頼を完遂したって事は、ゾイロスさん達の生活を守ったって事だ。人間、食わなきゃ生きていけねぇんだから、間接的に命すら救ったって事になる」

「……そう、かな?」

「そうなんです! ……まぁそんなこんなだから、ラトリアはもう“りりか”とおんなじく、自分以外の誰かを目に見える形で助けてる。とうの昔に、壊す以外の事をやってるんだよ」


≪ジェリゾ鉱山≫の件だけではない。その後に受けた鉤竜ガプテルとかの討伐だって、主目標は間引きでも、結果的に増えすぎた鉤竜ガプテルによる人里への被害だって未然に防いだ事になる。

≪ミーティン≫からの避難民の護衛なんかは、非常に分かり易い。あれはもう直接的に沢山の人を守ってた訳だからな。


「勿論、ラトリアが一人でやったんじゃない。パーティーを組んでた俺達も、一緒に戦ってたんだからな……でも、そうやってラトリアは守ったんだよ。形ややり方は違えど、漫画の中に出て来た主人公りりかみたいにな」


 そう言って、俺はラトリアの頭をぐりぐりと撫でる。いい加減撫で過ぎな気もするが、まぁいいだろ。


「お前は、扱い方一つで強大な暴力になりうる力を、ちゃんと己の理想の為に使えてる。だから、なりたい自分になれ。俺は協力するし、ちゃんと話せばリーリエ達だって分かってくれる。誰も、茶化したり馬鹿にしたりなんてしないから」


 自然と笑みを浮かべて言い聞かせると、ラトリアは一つぐしっと鼻を鳴らして頷いた。


(ま、今ここに居る二人には、説明はいらないかもしれんけど)


 ちらりと視線だけをストラトス号に移せば、幌の隙間からこっそりとこちらを窺っているリーリエとコトハの瞳が見えた。

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