第86話 VS. 地岳巨竜アドヴェルーサ 7th.Stage

【Side:ラトリア】


「ん……ぅ」


 もぞりと、薄手の毛布を退けてラトリアは起き上がった。

 地岳巨竜アドヴェルーサについての話し合いを終えたラトリア達は十分な休息をとる為、早々に眠りについた。

 ストラトス号の中は快適で、こんな丘陵地帯の真ん中でベッドで眠れるとは思わなかった。

 日中に【六華六葬六獄カタストロフィー】を使った反動もあって、すんなりと眠りの中に入る事が出来た。魔力回復液マナポーションと食事でもう回復しきったと思っていたけど、やっぱり肉体的な疲れは取れていなかったみたい。

 このまま朝までぐっすりかと思ったけど……不意に、目が覚めてしまった。


「……暗い」


 幌の隙間から見える外は、未だ夜の帳に包まれたまま。その中で、月の明かりとは別にぼんやりと明るく見える場所があるのは、ムサシが焚火の傍で夜の番をしているからだ。

 ゆらゆらと揺らめく明かりが時折映すムサシの影を見ている内に、ラトリアは自然とリーリエとコトハの間を抜けて、後ろの幌を通って降りた。

 靴も半履に、車体の隣を出来るだけ音を立てずにムサシの下へ向かう。ひょいとストラトス号の脇から顔を出せば、そこには大剣の形に変形させ地面に刺した金重かねしげに背中を預けて、胡坐を組んで目を閉じているムサシの姿があった。

 上の防具を脱ぎ、腕を組んでいるムサシからは、規則正しい呼吸音が聞こえる……相変わらず、すごい筋肉だ。


(……寝てる、よね?)


 ゆっくりと近寄り、傍でしゃがんでみる。彫りの深い顔を暫く眺めていたら、不意にその口が動いた。


「――どうしたラトリア、眠れないか?」


 眼を瞑ったまま問いかけてきたムサシに、ラトリアはびっくりした。起こさない様に一言も喋らなかったのに、どうしてラトリアだって分かったんだろう。


「あ……ううん、ちょっと目が覚めた……だけ。ごめん、起こしちゃった?」

「いんや、はずっと起きてた」


 すっと目を開けたムサシは、組んでいた腕を外してラトリアを見た。どこまでも続く深い黒色の瞳を見ていると、吸い込まれそうになる。


「折角起きてきたんだ、隣座りんしゃい」

「ん……おじゃま、します」


 促されるまま、ラトリアはムサシの右隣に腰を下ろす。両膝を抱えてもぞもぞとしてから、ムサシと同じく焚火へと目を向けた。


「なんで……目を瞑ってたのに、ラトリアだって……分かったの?」

「ん? 足音がラトリアのだったから」


 ……しれっと言ってるけど、ラトリアけっこう足音にも気を遣ったんだけどなぁ。それでも分かるとは、すごい耳だ。

 あと、“半分起きてた”っていうのも気になる……でも、その辺はまた今度聞けばいいかな。

 ぼんやりとそんな事を考えていると、ふっと会話が途切れた。焚火の音だけが、ラトリア達の間に流れる。


「……不安か?」

「え?」


 不意にムサシが口にした言葉が、ラトリアに向けられたものだと気付くのに一瞬だけ時間が掛かった。


地岳巨竜アドヴェルーサの事。こっからはラトリアがキーマンだって、プレッシャー掛ける様な事言ったからさ。それが原因で、目が覚めたんじゃないかと思って」


 申し訳なさそうにして少しだけ顔をこっちに傾けたムサシに、ラトリアはぶんぶんと首を横に振って見せた。


「う、ううん。大丈夫……ラトリア一人だったら、怖いけど……ムサシ達も、一緒だから。起きたのは、たまたま」

「そうか。ならいいんだけどさ」


 そこでまた、静寂が戻った。


(どうしよう……何か、何か話さなきゃ……ううん、違う。話したいんだ)


 せっかく、こうして静かな中二人きりでいるのだ。色々と、喋りたい事はある。

 でも、話題を探せば探す程、ますます頭の中がごちゃごちゃになってきた。悶々とした末に、漸く口が開いた。


「……プリズム☆りりか、読んだ?」


 口をついて出たのは、ラトリアがムサシに貸した漫画の事だった。な、何でこのタイミングで……。

 しかし、ムサシは突拍子もない話題にも拘らず、しっかりと答えてくれた。


「おう、読んだぞ。主人公のりりかが予想以上に無茶クソ強くてビビったわ」

「あ……う、うん。強くて、可愛くて……憧れる」

「ああ、そりゃ憧れるだろうな。無双するってのもあるが、力を振るう理由が、全部自分の為じゃなくて他人の為なんだもの。主人公としてのスタンスがカッコいいよなぁ」

「ん……そうだね」


 ふと、ムサシの感想を聞いた時にラトリアの胸中にある思いが渦巻く。気が付けば、ラトリアはそれを吐露していた。


「……ラトリアが、自分の事……“魔法少女”だって言った事、覚えてる?」

「そりゃもう、覚えてるよ。あの時のインパクトは中々のモンだったからな」


 ムサシはそう言って夜空を見上げる。きっと、ラトリアと出会った時の事を思い出しているんだろう。


「ラトリアは、ね……あの漫画に出てくる、りりかに……なりたかった」

「ほう……だから、魔導士ウィザードじゃなくて魔法少女だって言ったのか」


 視線を下げてラトリアを見詰めるムサシに、小さく頷いて見せる。


「ん……ムサシも言ってたけど、りりかは……誰かを助ける時だけ、魔法を使うの。命を守ったりとか、そういう時」


 ちかりと、脳裏にある記憶が蘇る。それは、ラトリアが初めて……風鳴かざなきの峡谷きょうこくで、【六華六葬六獄カタストロフィー】を使った時の、光景。


「でも……博士が、ラトリアの中に埋め込んだ魔法は……そういう事に使う為のものじゃ、ない」


 焚火を眺めながら、ラトリアがぽつぽつと喋る事に、ムサシは口を挟まなかった。ただじっと、聞いてくれていた。


「博士が、ラトリアに与えたのは……何もかも、。初めて【六華六葬六獄カタストロフィー】を使った時に、ラトリアはそれを理解したの。その時に、先生がくれた漫画に出てくる、りりかを思い出して……すごく、羨ましいと思った。すごく、眩しいって思った」


 だって、何もかもがラトリアと違ったから。りりかは守る為に、色とりどりの魔法を使っていた。そうやって戦った後は、みんなのヒーローだ。壊すだけのラトリアとは、違う。


「そんなりりかだから……すごく、憧れた。≪グランアルシュ≫から離れて、博士達の目が無くなったから……ラトリアが何を思っても、咎められたりしなくなった。だから、ラトリアが憧れたりりかに、少しでも近づきたいって思って……魔法少女って名乗る事に、決めた。こんな乱暴な力しかない、ラトリアには……その位しか、出来なかったんだけど、ね」


 そこまで話して、ラトリアは焚火から視線を外して、抱えた膝に顔を埋めた。


「ごめん、ね……最初、ラトリアが魔法少女って言った時……みんなを、びっくりさせちゃって。全然、深い理由なんて……なかったのに」


 こうして振り返ると、我ながら拙く、幼い考えだった。肩書だけ借りても、ラトリアの本質は変わらないのに。

 ぐるぐると考えが絡まっていく内に、じわりと込み上げてくるものがあった。それを隠す為、ラトリアは更に顔を埋める――と。


「……よいしょっ!」


 不意にムサシの声が聞こえたと思ったら、ふわりとラトリアの体が浮いた。

 突然の事に、声すら出せない。思わず顔を上げると、視界一杯に広がる満天の星空が広がっていた。

 脇の下に差し込まれた大きな手に気付いた所で、漸くムサシがラトリアの体を持ち上げたのだと理解した。

 そのままムサシに引き寄せられ、ラトリアは立ち上がった状態から再び胡坐を組んで座り直したムサシの脚の上に、ぽんと乗せられる。


「む、ムサシ……?」


 困惑して後ろを振り返ったラトリアを、更にぐいと自分側に引き寄せた所で、ムサシは口を開く。


「ラトリア、今から俺が話す事を良く聞いとけ」


 落ち着きつつも、芯の通った声でそう告げたムサシは、しっかりとラトリアを抱き止めたまま、言い聞かせる様に語り始めた。

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