第75話 いざ、征伐へ

「しかし、はどうするつもりでござるか? そちらに回せる馬車は一台も無いでござるよ」


 手に持った等級認識票タグと胸章を懐に仕舞い込みながら立ち上がったシンゲンさんが、訝しげに聞いてくる。

 確かに、この状況で大馬鹿者共に貸し出せる馬車などありはしないだろう。もしあったとしても、それはギルドの方で使って貰いたい。


「ああ、大丈夫っすよ。こっちにはがあるんで、そいつを使います」

「む、それは一体……」


 その時、ドタバタと言う音が廊下の方から聞こえて来た。俺もシンゲンさんも即座に居住まいを正し、ドアの方を向く。


「しっ、失礼します!!」


 乱暴にドアを開け放って入って来たのは、一人の若いギルド職員だ。掛けている眼鏡が大きくずれているのを見るに、相当慌てていると見える。


「如何した」

「はっ! たった今……あ」


 眼鏡を掛け直しながら言葉を続けようとした時、職員の視線が俺を捉える。どうやら、俺が居る前で話をして良い物かと迷っている様だ。

 それを察して俺は部屋を出ようとするが、シンゲンさんが手で制する。聞いても良いって事かな?


「構わない、そのまま話してくれて問題無いでござる」

「わ、分かりました。たった今、監視所より鷹が来まして――地岳巨竜アドヴェルーサが、活動を再開したそうです!」


 ◇◆


 最後の避難民達が集まっている南門からは、緊迫した様子で次々と馬車が出発していた。


「かなり、切迫してますね」

「こちらから情報を開示せずとも、でござるからなぁ」


 参ったといった様子で溜息を吐いたシンゲンさんと共に、俺は街の外へと目を遣る。

 南西に一直線、丘陵地帯をブチ抜いた遥か先――青空の下、霞みがかった空気の向こう側に、不自然にゆっくりと上下する小さな山の影があった。


「滅茶苦茶に距離が離れてるのに、こっからでも分かりますもんね」

「うむ。動き自体は緩慢その物でござるが、あの巨体であれば一歩先に進むだけでかなりの距離を稼ぐでござる。果たしてあとどの位でこの街まで辿り着くのか……」


 顎に手を当てて思案するシンゲンさんだが、俺はその事について一つ予想している事があった。


「んー……多分ですけど、かなり時間が掛かりますよ」

「その心は?」

「あの大きさだと、歩くだけでかなりのエネルギーを使うと思うんすよね。動力源は他のドラゴンと同じく竜核でしょうから、スタミナに関しては他の生き物とは比べ物にならないんでしょうけど……それでも、かなり燃費は悪い筈なんです。じゃなきゃ、地上に出て直ぐに二週間以上も眠りこけるなんて真似しないんじゃないかなと」

「……そう考えると、彼奴は移動するにしても細かく休憩を挟む可能性があるでござるな」

「ですね。つっても、シンゲンさんが言った通り一歩一歩がデカいですから、悠長に構えるのは良くないでしょう。その辺の記録って残ってないんすか?」

「残念ながら。生態に関する情報は殆ど見受けられないでござる」


 えぇー、マジかよぉ。何やってんのさ昔の人、そこ一番大事な所ちゃうんか?

 まぁでもアレか、当時はそれに気を配る程余裕が無かったのかもしれない。余り責められる話では無いな。


「しかし、活動を再開したってんならこっちも早めに向かわないとな……」

「む、そう言えばムサシ殿の言っていた“特注の車両”とは?」

「ああ、えっと……言っちまえば、ただの人力車なんですけどね。見ます?」

「じ、人力車……? 一応、拝見させて貰っても宜しいか?」

「どうぞどうぞ、こっちです」


 若干の困惑を顔に浮かべたシンゲンさんを、我が愛車――ストラトス号が置かれている、受付所の建物の裏手へと向かう。

 建物を囲む様に植えられた木々の間から降る木漏れ日を受けながら、ストラトス号は静かに鎮座していた。その脇では、ガチャガチャとリーリエ達が荷物をチェックしている。


「あ、ムサシさ……し、シンゲンさん!?」

「お邪魔するでござるよ」


 そうシンゲンさんは気さくに挨拶を返し、パッと顔を上げたリーリエは慌てて頭を下げる。俺達が帰って来たのに気付いたアリアとコトハ、ラトリアもまた作業の手を止めた。


「あら、シンゲンはんも来はったんやねぇ」

「うむ、ムサシ殿の口から聞いたについて気になりましてな……して、これが?」

「うっす。俺の牽引に耐える特注の人力車、ストラトス号っすね」


 俺が紹介すると、シンゲンさんはストラトス号に近寄りしげしげと観察する。


「中々、珍しい人力車でござるな。殆どが金属製で、足回りにも見慣れぬ機構からくりが……これを、ムサシ殿が牽くのでござるか?」

「そっすね」

「何でも無い事の様に言っておられるが、大分……いや、かなりと思うでござるよ……巡航速度は、どの位で?」

「んー、平常時なら早馬位ですかね。ただ、今までコイツを使った時って全部緊急時でして……そん時は、早馬どころの話じゃない速度で無補給ノンストップで走らせてた気がします」

「!?」


 さらっとそう言うと、シンゲンさんは目をギョッと見開き、ギギギとリーリエ達の方を見る。乗った事のあるリーリエは顔を青褪めさせ頬を引き攣らせながらゆっくりと首を縦に振り、コトハはクスクスと笑いながら頷いた。


「そ、そうでござるか……何と言うか、大変でござるな」

「え? いや俺は別に大変じゃ」

「リーリエ殿達の方でござる。正直、もう某は先程からムサシ殿の体を気遣う必要は無いと考えている故に」

「ひっでぇ!?」


 あんまりな言い分に俺はがっくしと肩を下げるが、それを見たシンゲンさんは苦笑した後にしゅっと表情を引き締めた。


「失敬失敬、冗談でござる。気を悪くなされるな……さて、ムサシ殿から話は全て聞いたでござる」


 静かにそう告げられると、リーリエ達はきゅっと口を引き結んで、シンゲンさんを見る。ピリッとした雰囲気を纏うシンゲンさんを前にしても、誰一人視線を逸らさなかった。


「はっきり申すならば、貴殿等がやろうとしている事はのやる事でござる。ガレオ殿からこの街を預かった身としては、力づくでも止めるべきなのでござるが……」


 ちらりとシンゲンさんは腕を組んでいる俺の顔を見てから、ふぅと一つ息を吐いて自分の鳩尾辺りをポンポンと叩いた。


「貴殿等の覚悟をムサシ殿から聞き、その証も受け取ってしまったのでござる。であるならば、これ以上某からは何も言わぬが……本当に、良いのでござるか?」


 重々しい口調で投げ掛けられたシンゲンさんの問いに――皆、迷い無く頷いた。それを見て、シンゲンさんは再度一つ息を吐いて、やれやれと首を横に振る。


「ここまで頑とした態度を取られると、逆に清々しいでござるよ……某から、一つだけ。必ず、生きて帰ってきて欲しい」


 そう言って俺達の顔をぐるりと見回したシンゲンさんに、俺達はしっかりと首を縦に振った。元々死ぬつもり何てこれっぽっちも無いのだ、五体満足で必ずヤツの首を落とす。


「うむ……しかし、随分と大荷物でござるな」


 ストラトス号の傍に積まれている物資を見て、シンゲンさんは首を傾げる。食料品を中心に、かなりの量である。実際、ここまで持って来る時は各々のマジックポーチに分割して全部ぶち込んだ位だ。

 そのままだと、とてもストラトス号には積み切れない。しかし、これは置いて行けない。どうしても、持って行かなくてはならないのだ。


「ここにある物資は、全て仮設住宅の方に避難した方々から頂いた物です」

「何と、話したのでござるか!?」


 一気に険しい表情を作ったシンゲンさんの言葉を、アリアは静かに否定する。


「いいえ、ただの一言も。しかし、ワタシ達が最後の準備の為に≪ミーティン≫へ戻ろうとしていた時、持って来て下さったのです」

「……!」

「自惚れかもしれませんが、今までこの街に迫った二度の大きな危機を退けたムサシさん達が、自分達に何も言わず何処かへ行こうとしているのを見て、察してくれていたのだと思います……皆、口には出しませんが」


 目を細めながらその時の状況を説明したアリアに、シンゲンさんはううむと唸って腕を組んだ。


「一応断ったんすけどね、どうにも聞いて貰えなかったと言うか……意外と、もんなんだなって思いましたよ」

「……やはり、出来るのであれば住み慣れた“今”を失いたくはない、と言う事でござるな。その願いをムサシ殿達に託した、か」


 組んでいた腕を解いて顎に手を当てたシンゲンさんは、暫く考え込んだ後にすっと顔を上げた。


「……相分かった! これ以上、某は貴殿等を引き留めぬ。留守を預かり、貴殿等のを待ち侘びているでござるよ」


 そう言ったシンゲンさんは、俺達がよく知る快活な笑みを浮かべていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る