第74話 身勝手と覚悟

 避難活動が開始されてから二週間。≪ミーティン≫の街中はすっかり人気ひとけが無くなり、今は最終組以外に残っている住民がいないか見て回っているギルドの職員と、それに随伴するスレイヤーの姿がちらほら見えるのみとなっていた。


「やっぱこんだけデカい街から一気に人が居なくなると、中々異様な光景が出来上がりますね」

「うむ……好き好んで見たいような物では無いでござるが」

「全くです」


 人の営みが消えた街並みを、俺はシンゲンさんと共にギルドマスタールームの窓から見下ろす。

 今、≪ミーティン≫のギルドに居るのは俺とシンゲンさんだけだ。他の職員とスレイヤーは街に出ているし、リーリエ達はに追われている。


「して、如何なされたのかなムサシ殿。こちらの手は足りている故、仮設町の方で待機して貰って結構と伝えていた筈でござるが」


 窓際から離れ、シンゲンさんは執務机に備え付けられている椅子へと腰を下ろす。キィと椅子が微かに軋む音が聞こえると同時、シンゲンさんは真っ直ぐに俺を見据えた。

 既に避難の大半は完了し、後は最後の馬車の一団が出るのを待つだけ。それを守るのはシンゲンさんを含めた上位集団だ。

 ぶっちゃけ、俺等の出る幕など無い。にも拘わらず俺達のパーティーが態々ここに戻って来たのは、避難計画の最高責任者たるシンゲンさんにを入れる為だった。


「いえいえ、大した理由じゃありませんよ。これからうちのパーティー、これからちょいとを取るつもりなんで、その――」

「ならん」


 おおっと、バッサリだねこれは。そりゃシンゲンさんは紫等級で一流の武人である訳だから、こっちのなんて全部見通してるだろうと思ってたが、ここまでガツンと言われるとは思ってなかった。

 今まで見た事の無い険しい眼差しと威圧感を放つシンゲンさんだが、生憎と俺はで気圧されちまう程、繊細な心の持ち主ではない。


「何故です? 馬車は次の一波で最後、もう街はスッカラカン。道中の護衛はシンゲンさん達が行う訳ですし、もう俺等はお役御免ですよね?」

「否。ムサシ殿達には仮設町での警備を行って貰う予定故、某達と共に≪ミーティン≫を出て頂く」

「……初耳なんすけど」

「今決めましたからな」


 平然とそう言い放つシンゲンさんに、俺は頬を掻いた。

 参ったな、ここでそう言う使をして来たか。スレイヤーの最高位たる紫等級のシンゲンさんから言われたのなら、こっちにはそれを拒否する権利なんて無いのかもしれんが……


「確かに、それまで人家じんか何て一つも無かった丘陵地帯に作った仮設町は、他の避難先に比べてドラゴンから襲撃される確率は高いっすね」

「うむ、その通りでござる。ムサシ殿達はこれまで幾度も強力なドラゴンを退けて来たと聞き及んでいるので、是非ともその力を貸して貰いたいのでござるよ」

「成程。そりゃ尤もらしい理由だ……でも、事前の計画の中だと確か俺達のパーティーって、仮設町とはに行った場所で、地岳巨竜アドヴェルーサの動向を監視する手筈になってましたよね?」

「そちらは別のパーティーに代わって貰うのでござる。よくよく考えれば、仮設町の規模を考えるに、ムサシ殿達の協力は必要不可欠でござった。某とした事が、考えが足らなかったでござる。いやぁ、失敬失敬――」


ですね」


 頭を押さえて笑おうとしたシンゲンさんだが、俺のド直球過ぎる指摘に閉口し、身に纏う気にが混じった。

 全く以って、わざとらしい。シンゲン程の慧眼を持つ人間が、その程度のミスをする訳が無い。今のは、共に戻れってを柔らかくする為の方便だ。


「俺達に地岳巨竜アドヴェルーサの監視の任を与えたのは、フットワークが軽く現地で強力なドラゴンに襲われても自力で対処出来るからだ。仮設町の警備もシンゲンさんを筆頭とした多数のスレイヤー達で行うから問題無いって結論付けてましたよね?」

「……何処で、その話を?」

「何処でも何も、この間ギルドの会議室で話してたのを、全部から聞いてましたよ」

「あそこは防音構造になっているでござる。魔法による盗聴対策も完璧、それを外から聞き取るなど――」

で俺の聴覚は誤魔化せませんて」


 俺が何でも無い事の様にそう言うと、シンゲンさんの両目は驚愕で見開かれる。しかしそれは一瞬で、次の瞬間には剣呑な眼差しと共に一気に室内に濃密なが充満した。


「おーこわ。でもまぁ、最初の計画でそうなってたんならこっちも引き下がりませんよ?」

「……何故、そこまで地岳巨竜アドヴェルーサの下へ行こうとするのでござるか?」

「ありゃ、やっぱバレてましたか。つか、そこまで察してるならこっちの考えも知れちまってそうですけど……一応、はっきりと言っておきます」


 俺は組んでいる腕を解いて、真正面から悠然とシンゲンさんを見下ろし、告げた。



「――これから、俺達は地岳巨竜アドヴェルーサに向かいます。後腐れ無く、二度と同じ歴史が繰り返されない様にする為に」



 揺らぎ無くそう言い放つと、シンゲンさんはゆっくりと椅子から立ち上が――

 何故なら……その肩に俺が手を置き、動きを止めていたから。空気の流れを乱さない閃光を以ってシンゲンさんとの距離を詰め、を打ったのだ。

 先程までの言動やこのアクションを含め、無礼千万である。だが、このやり取りの間だけは下手に出る訳にはいかない。


「止めましょうよ。言っちゃ何ですけど、この間合いで俺に勝てる奴なんて

「……いやはや、某を前に随分と強気な発言でござるな。とても赤等級とは思えない」

「事実ですんで。シンゲンさん程の達人なら、?」


 シンゲンさんから俺の腕に掛かる力を、一ミリのブレも無く抑え込む。その間、シンゲンさんの腕や足は動かない。

 否、動けないのだ。武の高みに居る故に、この状況での抵抗が何の意味も無さない事を、シンゲンさんは理解してしまっている。

 しかし、研ぎ澄まされた刃を思わせる殺気は健在。それどころか、より一層その鋭さを増し、不可視の刃先を以って俺の体を串刺しにしていた。

 常人であれば失禁の一つでもしそうな状況。対する俺は、一切の殺気を発していない。何でかっつったら、ここで俺まで殺気を出してしまえばその先はタダじゃ済まなくなるからだ。


「何故、そこまで彼の竜に拘るのでござる? 彼奴は天災、人の手でどうこう出来る存在で無い事は重々承知の筈」

「ええ、そりゃ知ってますよ。でもアイツには嵐や地震とは決定的に違う点がある……それは、という点です」


 互いに一切視線を逸らさずに、会話を続ける。さて、こっから先のやり取りが重要だ。


「確かに、地岳巨竜アドヴェルーサの存在は災害その物です。でも……それでも、ヤツはだ。つまり、生きてる訳です。だったら、殺せない道理は無いでしょう?」


 前例があろうが無かろうが関係無い。同じ一つの命の上に立っているのなら、勝負は成り立つ。未踏の領域など、土足で踏み越えてしまえばいいのだ。

 暫しの無言が場を包み込んだが、やがてシンゲンさんは重々しく口を開いた。


「……死出の旅でござる」

「死ぬつもりは毛頭ありません」

「たった四人で、何が出来ると?」

「前人未到、地岳巨竜アドヴェルーサの討伐」

「狂言でござる。如何なる愚か者でも、そんな世迷い言口にはしない」

「やれます。生憎、俺は出来ない事は口にしないので」

「幾ら見栄を張った所で、この街を襲う悲劇は変わらない」

「何もやらなきゃ、そりゃそうでしょう。その悲劇を叩き潰す為に、俺達は征く」

地岳巨竜アドヴェルーサを刺激して、予期せぬ事態が起きれば?」

「そうなった時を考えて、全住民が避難を完了するまで待った。まぁ、それを許すつもりはありませんがね」


 そこまで喋った所で、俺はアイテムポーチに無造作に手を突っ込む。ガサゴソと中身を漁り、目当ての物を取り出した。

 赤、赤、青、白……それは、俺達のスレイヤーとしての証である、四つの等級認識票タグ。それに加えて、ギルドに所属する人間である事を証明する青と銀の胸章。

 手に持ったそれを、俺はシンゲンさんの前に突き出した。


「これ、返しますね。万が一、億が一あっても、それは馬鹿な五人の若造がやった事。防人たるスレイヤーが愚行を冒した訳じゃない、ギルドも全く与り知らぬ所だった……これなら、ギルドの名が汚れる事も無いでしょう?」

「その様な都合の良い言い訳、市井に通用するとお思いか」

「そこはギルドが天下御免で何とかして下さいよ。今の俺達に差し出せる物なんて、これしか無いんすから」


 暫し、シンゲンさんは差し出された等級認識票タグと俺の顔を交互に見比べて……深く、溜息を吐いた。


「……何故、そこまで? 言い方は悪いでござるが、事が過ぎ去れば街の復興は出来るのでござる。一人の犠牲者も出さず、数多の人々の協力を経て、≪ミーティン≫は再び立ち上がれる。ムサシ殿達が身分を捨て、大罪を被り命を失いかねない危険を冒す必要も無いのでござるよ?」


 確かめる様に、試す様にそう問うシンゲンさんに、俺は迷い無く答えた。



「数え切れない人々の営みが積み重なっている≪ミーティン≫を、失いたくないからです。形のある物は取り戻せても、時の流れが作り上げたは……一度失えば、二度と取り戻せない」



 不敵に、しかし頑とした決意を乗せた言葉を聞いたシンゲンさんは、じっと俺の瞳を己の視線で射貫く。十秒とも、二十秒とも知れない時間が流れた後……シンゲンさんは、ゆっくりと右腕を持ち上げた。


「――コレは、某がでござる。必ず、後で取りに来るように」


 やれやれと言った様子で首を振りながら等級認識票タグを纏めて握り締めたシンゲンさんを見て、俺は口角を上げると共に肩から手を退けた。

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