第69話 来訪の目的

 混乱の最中、まさかの再会を果たした俺は、リーリエ達と一緒にそのままギルドマスタールームまで案内された。


「いやぁ、突然の訪問で申し訳ない。事前に鷹の一つでも飛ばせれば良かったのでござるが、何分緊急事態だったもので」


 背負っていた大太刀を壁に立てかけ、来客用のテーブルに備え付けられたソファーに腰掛け、頭を掻きながらシンゲンさんは笑う。俺達はその対面のソファーに腰を下ろした。


「いえ、全然謝る必要は無いでしょう。てか、俺等に謝られても困ると言うか」

「むっ……それもそうでござるな。失敬失敬!」


 はっはっはっと豪快に笑うシンゲンさんに俺は苦笑で返す。

 が、隣に腰掛けているリーリエ達は緊張していた。あのコトハですら、ピンと背筋を伸ばして緊張した面持ちである。

 そりゃそうだ。こんだけフランクに接してくれているが、シンゲンさんはれっきとした紫等級スレイヤー。それも、ギルドの総本部がある中央勤めである。

 立ち位置的に言えば、雲の上の存在と言っていい。街の人間や一階で見た他のスレイヤー達の反応を見ても、それは明らかだ……アレ、これ俺の態度いかんのとちゃうか? まぁいいや。

 でもって、今回はそのに助けられた。


「シンゲン様。先程は騒動の収拾にご協力いただき、ありがとう御座いました。このギルドを代表して、深謝します」


 神妙な面持ちで立ち上がって頭を下げるアリアに、シンゲンさんは苦笑して顔の前で手を振る。

 さっきまで一階ホールは不安に駆られた市民と、それに対応するギルド側の人間とで喧騒に満ちていたのだが、シンゲンさんが現れた事で一気に落ち着きを取り戻した。

 聞けば、シンゲンさんは【剛剣ごうけん】と言う二つ名を持っていると言う。ガレオは【煉獄れんごく】だったかな。

 二つ名は、一握りの存在である紫等級の中でも特に高い実績を持つ者に、市井から自然に与えられる称号だと聞いた。つまり、スレイヤーにとっての二つ名とは、民衆からの信頼の表れなのである。

 そんなシンゲンさんが、集まっていた者達に堂々と事態の収束の為にギルドが全力を尽くすと宣言してくれたお陰で、何とか一時の平穏を取り戻したのだった。


「いやいや、気にされなくてもいいでござるよアリア殿。紫等級として、ああいった場で先頭に立つのは義務でござるからな。ささっ、座って座って」

「……本当に、ありがとうございます」


 アリアはもう一度深く頭を下げてから、ソファーに座り直した。


「しかし、漸くムサシ殿のパーティーの方々と顔を合わせられたでござるな。は、バタバタしていた故に」


 そう言ってシンゲンさんが満足そうに笑うと、ピシッとリーリエ達が固まる。あのコトハですら、口元を引き結んでいた。


「は、初めまして! 赤等級スレイヤーのリーリエと言います!」

「おお、貴女が。お噂はかねがね聞いているでござるよ」

「え、噂……?」

「うむ。“≪ミーティン≫には光と闇の二属性を独自に昇華させた魔法の天才が居る”と」

「うぇっ!? そ、そんな……私は、そこまで言わるるほどじゃ……」

「はっはっはっ! そう謙遜されるな、リーリエ殿。既存魔法を独学で改良し、固有魔法オリジナルまで作り上げるなど、そうそう出来る事ではござらん」

「あぅ……」


 シンゲンさんの裏表の無い賞賛に、リーリエは小さく縮こまってしまう。

 飢渇喰竜ディスペランサの討伐とかが効いてるんだろうな……そう言えば、いつだか学院からリーリエにスカウトが来てたって話もあったっけか。


「そちらの方は、コトハ殿で合っているでござるか?」

「初めまして。青等級スレイヤーのコトハいいます」


 視線を向けられたコトハは、引き結んでいた口元に柔和な笑みを浮かべて小さく頭を下げた。その所作には一朝一夕では身につかない気品の良さが備わっている。

 姓を持っていた事、その姓が何と言うのか聞いた時から薄々思っていたが、やっぱ良いとこのお嬢さんなんだな。


「某と同じ≪皇之都スメラギノミヤコ≫出身だと聞いているでござる。紫等級に迫る卓越した戦闘技術の持ち主であると言う事も……いずれ、手合わせの一つでもお願いしたい所でござるな」

「ふふっ、その時はお手柔らかに」


 口元を隠して小さく笑うコトハだが、果たして本当にそうなった場合どちらに軍配が上がるのか……高次元の戦いになるのは間違い無いな。

 しかし……確かコトハの親父さんは中央に勤めていた時もあった筈。だがこの分だと、知己の仲ではあったかもしれないが、コトハがその娘だってのは知らないっぽいな。

 まぁその辺はコトハも言及してないから、今は突っ込まなくてもいいだろう。


「あとは……そちらに居るのが、ラトリア殿でござるな?」

「……白等級の、ラトリア、です」


 そう言ってラトリアは頭を下げるが、そのラトリアを見るシンゲンさんの目つきがリーリエとコトハを見た時の物とは違う事に、俺は即座に気付く。

 これは……知ってるな、ラトリアのを。ガレオはとっくの昔に≪グランアルシュ≫に着いて、学院の件を報告していただろうから、当然っちゃ当然だろうが。


「シンゲンさん、率直に聞きたいんすけど……ラトリアの事は、知ってるんです?」

「全てでござるな」


 ふっと顔つきを変えてシンゲンさんがそう口にすると、リーリエ達の間に緊張感が漂う。特にラトリアは、その肩を一瞬跳ねさせた。


「そこまで身構えなくても大丈夫でござるよ。某もギルドも、ラトリア殿を害そうなど一切考えていないでござる。寧ろその逆で、今回某がこの街を訪れた目的の中には、万が一の時が起きた際にラトリア殿を魔法科学研究部の人間から守る事も含まれているのでござるが……それに関しては、某が心配する必要は無い様でござるな」


 そう言って、シンゲンさんはふっと笑って俺達の顔を見回した。

 シンゲンさんからはエルヴィンアホからした様なはしないし、嘘もついていないのが分かる。よし、これなら特に気に病む事は無いか。


「それを聞いて安心しましたよ……あれ、そう言えばガレオは?」


 ふと、俺は失念していた事を聞いてみる。あいつは≪グランアルシュ≫に向かったきりだが……。


「ガレオ殿は、≪グランアルシュ≫でギルドと学院が魔法研究部に行う予定の強制捜査の陣頭指揮を執っているでござるよ。本当であれば某もそれに参加し、事が済み次第改めて地岳巨竜アドヴェルーサの調査に当たる予定でござったが……」

「ああ、成程。それはタイミングが悪いっすね」

「うむ。姿を現すにしても、まさかガレオ殿が席を外している間にこの地方に出て来るとは、あの巨竜も意地が悪い。ガレオ殿はどちらを優先すべきかかなり悩んでいた様でござったので、某が≪ミーティン≫の方で臨時のギルドマスターを務めると申し出たのでござる」

「て事は、ガレオは魔法科学研究部の方に全力って感じすか」

「そうでござるな。と言っても、ギルドマスターとして某がやれる事は、地岳巨竜アドヴェルーサ出現の報を受けて、本部の方で決定されたを円滑に進める事くらいでござるが」


 そう言って頬をポリポリと掻くシンゲンさんだが、俺はその言葉にが頭を駆け巡っていくのを感じた。


「あの、シンゲン様。本部で決まった避難計画と言うのは?」


 若干困惑した様に聞き返すアリアに、シンゲンさんはすっと背筋を伸ばして口を開いた。



「うむ。ギルド並びに、各地方の組合・組織の判断で――この≪ミーティン≫は、される事が決定したのでござる」



 粛々と告げられたその事実に、俺達全員は言葉を失った。

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