第68話 帰還、混乱、来訪者
俺達のパーティーが馬宿を発てたのは、
やはりと言うべきか、避難が開始された時点で馬宿に帰還していないパーティーが幾つかあったのだ。
完全に陽が沈んだ夜間にも拘らず、月明りを浴びてハッキリと浮かび上がる輪郭に、現実離れしたその
しかし、それでも認めざるを得ないのだ。アレは、
遠く距離が離れて眠っているにも拘わらず、ひしひしと感じる威圧感こそが、ヤツが夢現の存在では無いと言う事の証だった。
そして、≪ミーティン≫に帰ってこれたのは事件発生から五日後の夕方。本来ならもっと早く着いていた筈なのだが、各地からの避難民を乗せた馬車や物資を持って逃げて来ていた商隊等で、街道が交通渋滞を起こしていたのだ。
当然皆先を急いでいる訳なので、街道からはみ出しながら可能な限り横一列となって前へと進んだが、途中にある山と山に挟まれた場所で足止めを食らってしまった。
馬車数台がすれ違えるだけの幅しかない道を、普通なら有り得ない数の馬車と大荷物を積んだ商隊が通ろうとしたのだ、当然詰まる。
しかも、前が詰まっているのに後ろからは続々と後続が押し寄せる始末。しょうがないので、俺達のパーティーと他のスレイヤー総出で交通整理を行う羽目になった。
そんなこんなで、漸く≪ミーティン≫に辿り着く。これまた避難民でパンクしている門の手前でサクッと御者の人に運賃を渡して、俺達は馬車を降りた。
俺は馬宿に戻った時の様にリーリエ達三人を
眼下の下から明らかに俺達に向けられた叫び声や、あんぐりと口を開けてこちらを見上げる人々の視線が飛んできたが、今はそんな事気にしてられねーっつーの。
最短で≪ミーティン≫の街中に降り立った俺達は、足早にギルドを目指す。
色々と手遅れな部分があるが、それはもう仕方が無い。誰が悪いなんて事は無いんだ、強いて言うなら
予期せぬ喧騒に包まれる街中を抜けて、俺達はギルドへと辿り着いた。人が行ったり来たりしている入り口を抜けてホールに入れば、これまたえらい数の人々でごった返していた。
より詳細な事情を聞きに来ている者、これからどうなるかを聞きに来ている者。それらを捌いている職員の中には、木製のクリップボード片手にホールを歩き回りながら対処に当たっているアリアの姿もあった。
「おーい、アリア!」
「あっ、皆さん! すみません、ちょっと今手が――」
「構わねぇ! 俺等は窓口ん所で待ってるから、落ち着いたら来てくれ!」
「はい!」
そこで会話を一旦打ち切って、俺達はいつもたむろっている窓口の所まで避難する。
この騒ぎだ、こっちの都合でアリアに仕事を中断させる訳にもいくまい。実際、アリアはあちこちの職員の所へ
「ある程度予測していた事だけどよ……大混乱だな」
「ですね……ちょっと、収拾が付けられない感じがします」
ホールを見渡して率直な感想を口にしたリーリエに、俺は一つ息を吐いて同意する。
いきなりあんなドラゴンが現れたって報せだけで十分なインパクトがあるのに、そこへこの大量の避難民が流れ込んで来たのだ。内の人間も外の人間も、てんやわんやになるのは必然だよなぁ。
「ラトリアはん、大丈夫?」
ふと、コトハがラトリアを気遣う声が聞こえた。パッと視線を移せば、そこには心配そうな表情を浮かべながらラトリアを背後から抱き留めるコトハと、そのコトハの手をきゅっと握って微かに震えているラトリアの姿があった。
「だいじょう……ぶ。ちょっと、びっくりしてるだけ」
「……落ち着くまで、ちゃんとうちの手握っといてな?」
「ん……ありが、とう」
優しく言い聞かせるコトハに、ラトリアは小さく頷いた。
これだけの人が創り出す緊張感のある喧騒は、ラトリアにとって初めて触れる物だろう。いや、俺等だって初めてだけどさ。
何だかんだ言っても、ラトリアはまだ小さい。この雰囲気に気圧されてしまうのも、無理は無いだろう。俺は黙ってラトリアの頭をわしわしと撫でた。
「すみません、お待たせしました」
そうしていた所へ、人ごみの間を縫ってアリアが駆け寄って来る。少し息が上がっている辺り、かなり動き回っていたのが分かった。
「気にすんな。こっちこそ悪かったな、忙しい時に」
「いえ、こちらも切り良く終わった所です」
息を整えて眼鏡を上げたアリアは、ふぅと息を吐いてから改めて俺達全員の顔を見た。
「……お帰りなさい、皆さん。無事な様で何よりです」
「おう、ただいま」
「ただいまです」
「ただいま」
「ただ、いま……」
帰還の挨拶をした事で、漸く“帰って来た”と言う実感を得た。
「アリア、いつ頃情報が伝わった?」
「三日前です。伝令の鷹が来まして、それで
「成程、俺等が馬車で右往左往してた頃か……ギルドは、アレが
「はい。そこから、ずっとこの調子です。避難民が入り始めてから更に混乱が大きくなってしまって、ギルドと衛兵、街の商業組合等で連携して騒ぎの収束に当たっている状態です」
「……やっぱ、時間が掛かりそうか?」
「ええ。正直な所、いつ収まるのか……」
ぬぅ。やはり事はそう簡単にはいかないか……何かこう、今街に居る人間にズバッと安心感を与える存在でも現れてくれないもんかね。
「……ん?」
そんな都合の良い奴の事を考えていた時、不意に俺の耳が辺りに満ちている喧騒とは
それは、今ホールに響き渡っている様なピリピリした物では無い。どちらかと言えば、歓声に近い物を感じた。
聞こえてくるのは、ギルドの出入口からだ。どうやら誰かがここに向かって来ているらしいのだが、その人物が纏う
「あれ、これって――」
俺が記憶の引き出しを開けると同時に、出入り口の扉が大きく開け放たれた。
「――いやぁ、遅れて申し訳ない!」
胸を張って堂々とホールに入って来たのは、正しく今俺が思い浮かべた人物だった。
白髪の混じった黒髪に、歳相応の皺が刻まれた顔。背中には分厚い大太刀を背負っており、それは鞘の上からでも分かる大業物である。
当世具足を思わせる深蒼の防具に覆われたがっしりとした体は、その年齢を感じさせない程に研ぎ澄まされている強靭な物だ。
立ち姿一つで、他とは一線を画す
「……シンゲンさん?」
それは、かつて
そして、俺の声はこの喧騒の中でもしっかりと届いていた様だ。
「むっ……おお、ムサシ殿! 久し振りでござるなぁ!」
こっちの姿を確認したシンゲンさんはそう言って豪快に笑うと、ずんずんとこちらに歩み寄って来たのだった。
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