第70話 自然災害

「放、棄……?」


 シンゲンさんが告げた言葉に、リーリエは呆然とした表情で言葉を漏らす。アリアは困惑した表情を作り、コトハは表情を変えずに視線を細め、ラトリアは何を言われたのか分からないと言った様子だった。


「……冗談、ではないんすよね?」


 俺が腕を組んで真っ直ぐに視線を向ければ、シンゲンさんもまた真っ向から俺に視線を向けて首を縦に振る。


「いきなりこのような事を言われて、困惑するのは無理のない話でござるな……よし、ムサシ殿達には一足先に一から順序立てて説明するでござる。ただし、これはもう中央で決まったとだけ、覚えていて欲しい」


 決定事項、ね。この時点で言いたい事は色々あるが、それをシンゲンさんにぶつけてもしょうがない。もしぶつけるにしても、全部聞き終わってからだ。


「先ず、ムサシ殿達に聞いておきたい。貴殿らは、地岳巨竜アドヴェルーサを何でござるか?」


 その問いに、俺達は面食らった。質問の意図がいまいち良く分からないが、取り敢えず俺は口を開いた。


「何っつっても……ウン百、ウン千年生きてるクソデカいドラゴン――」

「うむ、先ずでござる」


 ピシャリと言われ、今度こそ俺の頭は混乱の渦中へと叩き落とされた。

 シンゲンさんが指した“そこ”とは、恐らく“クソデカいドラゴン”って部分だと思うんだが……。


「端的に言うと、地岳巨竜アドヴェルーサとは


 ……一瞬、哲学か何かだと思ったが、そうではないと流石の俺でも気付いた。


「生物学上の分類では、地岳巨竜アドヴェルーサは間違い無くドラゴンでござる。しかし、ギルドでは彼奴の周囲に及ぼす影響とから、地岳巨竜アドヴェルーサを一種のと認識しているのでござる」

「自然、災害……」

「左様。地岳巨竜アドヴェルーサが某達が普段相手にしている様なドラゴンとは桁違いの巨躯の持ち主だと言うのは、承知の事でござろう?」


 シンゲンさんの問いに、俺達は全員で頷いた。

 本物の山と見まがうような巨体に、単純な移動だけで広範囲の地形を変える超重量。単純なデカさだけで言えば、アレに勝るドラゴンなど見た事が無い。


「あの巨大さが、この上なくなのでござる。彼のドラゴンは、その巨体故に一歩歩くだけで周囲の環境を容易く変える……地岳巨竜アドヴェルーサが、三百年前にも一度目撃されている事はご存じでござるか?」

「ええ、知っています」

「おお、なら話は早い。その時は、ここから遥か西に行った所にある別の大陸に出現したのでござるが、その折……この≪ミーティン≫よりも規模の大きい街三つが、でござる」


 シンゲンさんの言葉に、俺達は息を呑んだ。

 しかし、納得は出来る。あれだけの図体で襲われれば、人が築き上げた生活圏など容易く破壊されてしまうだろう。


「当時、今回と同じ様に地表へと這いずり出た地岳巨竜アドヴェルーサがやった事は、非常に単純な物……ただ、街の上をでござった」

「……あの巨体で踏み荒らした訳ですか。そりゃ、街の一つや二つは簡単に消えるでしょうね」


 腕を組んで溜息を吐きながら俺は目を瞑ったが、そこであるを覚えた。

 今、シンゲンさんは“通り過ぎただけ”と言った。パッと聞いただけなら、特段不自然な所は無い。

 だが、話を聞く限り地岳巨竜アドヴェルーサが引き起こしたのは間違い無く竜害りゅうがいの一種だ。竜害りゅうがいとは、ドラゴンが人の生活圏を襲う事によって発生した被害の事を指す。

 しかし、シンゲンさんは地岳巨竜アドヴェルーサによる惨事を竜害りゅうがいとは言わなかった。

 別段、気にする程の事でも無いかもしれないが――その部分から、俺は稲妻の様な閃きと共にシンゲンさんが言った事の意味を理解した。


「――成程、だから“自然災害”ですか」

「うむ」


 自分の真意を俺が汲み取った事を悟り、シンゲンさんは頷いて見せる。そんな俺達に、リーリエ達は困惑の表情を浮かべたままだった。


「あの……ごめんなさい、今のはどう言う意味ですか?」

「ああ、悪い。えーっとだな……シンゲンさんが、三百年前に地岳巨竜アドヴェルーサが街を三つ消したって話の中で、シンゲンさんは一度も“襲撃”って言葉を使わなかったんだ。普通、ドラゴンの所為でそんだけデカい被害が出たのなら、“地岳巨竜アドヴェルーサによって襲撃を受けてこうなった!”って言わない?」

「……せやね。普通は、そう言うと思うわ」


 コトハが顎に手を当て、考える仕草をしながら俺に同意する。

 コトハの故郷は、斬刃竜ハガネダチが引き起こした竜害りゅうがいの所為で、復興される事も無く打ち棄てられたと聞く。

 結果的に街が無くなったと言う点で言えば、斬刃竜ハガネダチがやった事は地岳巨竜アドヴェルーサがやった事と何ら変わらない……そこに、が介在したかどうかの違いだ。


「だろ? でもな、地岳巨竜アドヴェルーサは襲おうと思って人間が住む街を踏み潰した訳じゃ無いんだよ。、自分が進もうとした方向に人の街があったから、その上を横切ったに過ぎないんだ」

「……! 地岳巨竜アドヴェルーサは、意図して街を崩壊させた訳じゃ、ない?」

「そう言う事だ、リーリエ。地震や大嵐が、明確な悪意を持って人が住む場所を襲う事なんて無いだろ? 地岳巨竜アドヴェルーサも、それと同じ。だから、ギルドは地岳巨竜アドヴェルーサを単なるドラゴンじゃ無く、自然災害の一種だって考えてる……で、合ってますかね?」

「正しく、ムサシ殿が言った通りでござる」


 やはりか。となると、シンゲンさんが何を言いたいかも自ずと分かって来るな。


「相手がただのドラゴンであれば、幾らでも戦えるでござる。例え上位危険種レッドリストの群れを相手にしようとも、それらが数多の人々が暮らす街を滅ぼそうと言うのなら、某達紫等級も総出で取り掛かる所存。しかし……その相手が、先程ムサシ殿が申した地震や大嵐と同じとなると、最早人間では手の出しようが無いのでござる」


 そこで初めて、シンゲンさんは深く息を吐いて顔を片手で覆う。そこには、今まで見せて来た余裕のある笑みは無く、心底この状況をどうする事も出来ないと言う事に対する憤りが、ありありと見て取れる表情が浮かんでいた。


「当然、先人達は自分達の住んでいた場所が蹂躙されるのを良しとはしなかったでござる。記録によれば、当時大陸中から優秀なスレイヤーを搔き集め、ありとあらゆる手段を用いて何とか撃退を試みたらしいのでござるが……」

「出来なかった、と」

「うむ。空を覆いつくす程の魔法の雨霰を浴びせても、大型種を一刀の下に切り伏せる斬撃を数多のスレイヤーが絶え間なく叩き込んでも、その足を止める事は叶わなかったと。地岳巨竜アドヴェルーサもまた、それを気に留める様子も無く、悠然と突き進んだと、当時の記録には記されているでござる」


 淡々と告げられる過去を聞けば聞く程、如何に地岳巨竜アドヴェルーサと言う存在が強大で、手の施しようの無い相手なのかが理解出来る……出来て、しまう。


「スレイヤーの最高位たる紫等級に籍を置く身としては、この様な情けない事をあまり口にはしたくないのでござるがな……」


 シンゲンさんのやり切れないと言った調子の声音に、俺達は即座に言葉を返す事が……出来なかった。

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