第54話 三つのピース

 ゆらりと深紅の感情が鎌首を擡げた時、俺の右腕にポンと手が置かれた。


「ムサシさん」

「……悪い」


 怒気を感じ取ったリーリエがとった行動のお陰で、俺は湧き上がる熱を何とか捻じ伏せる事に成功した。

 危ねぇ危ねぇ、ガレオの忠告を聞いたにも関わらずコレじゃいかん。今俺がいくら憤激しても、ラトリアの過去は変わらない。

 やらなきゃいけないのは、ラトリアの話を全て聞いた上で、これからどうやって下痢便野郎クソッたれ共からラトリアを守るかを考える事だ。


「ラトリア、その得物を見せて貰ってもいいかい?」

「ん……はい」


 アリーシャさんの求めに、ラトリアは素直に応じる。

 全天適応型魔導投射砲マルチアダプトカノンを受け取ったアリーシャさんは、視線を細くし注意深く全体を観察した。流石元凄腕と言うべきか、重量物の全天適応型魔導投射砲マルチアダプトカノンを軽々と持ち上げている。


「……随分と、手が込んでるねぇ。アタシは専門じゃないが、それでも分かるくらいに武器一つに積むにしちゃ過剰な位の魔導機構ギミックが組み込まれてる」


 全天適応型魔導投射砲マルチアダプトカノンをあらゆる方向から眺めながら、アリーシャさんはそう言葉を漏らした。


「普通、この手の物は出来るだけする。何でかって言えば、それは出先での安定性を高める為だね。魔導機構ギミックが多ければそれだけ多機能に出来るかもしれないが、代償に故障の確率が上がる。複雑構造は、単純構造に比べてどうしても脆い部分が出て来るからね」


 それは、確かに宜しくない。近接職にしろ魔導士ウィザードにしろ、戦っている最中に自分の得物がイカれちまえば、継戦能力パフォーマンスの低下は避けられない。

 俺みたいに素手でもえるなら話は別だが……普通は、無理だ。


「恐らく、コイツはラトリアの六属性混合魔力を不足無く生かす為に、敢えて魔導機構ギミックを大量に仕込まれたんじゃないかね。武器としての信頼度を犠牲にしても、効果の最大化を優先した……学者の考えそうな事だ」


 眉間に皺を寄せて、アリーシャさんは溜息を吐いた。


「でも、コイツがラトリアの武器としての役割を十全にこなしてきたのは事実。どんな経緯で作られたにしても、道具に罪は無い」

「ん……ラトリアも、そう思う」


 アリーシャさんが返した全天適応型魔導投射砲マルチアダプトカノンをポーチに戻しながら、ラトリアは頷く。

 度し難い奴等から与えられた物とは言え、俺達に出会うまでの間、自分の命を助けて来た相棒なのだ。今更邪険に扱っても仕方が無いから、これからも存分に矛としての役割を果たして貰うのが最善だろう。


「でも、不思議ですね……」


 ふと、リーリエがそう口にする。どうやら今までの話を聞き、何か引っ掛かる事があった様だ。


古代遺物アーティファクトである全天適応型魔導投射砲マルチアダプトカノンに、前例の無いラトリアちゃんの六属性混合魔力に噛み合う魔導機構ギミックを、そんなに詰め込めるなんて……」

「あー、確かに。武器として使えるって事は分ってたんだろうが、よくもまぁ――」

「ちょっと待ちな」


 俺とリーリエの会話に、アリーシャさんが怪訝な表情で待ったを掛ける。あれ、何かおかしな事でも言ったか?


古代遺物アーティファクト? アレがかい?」

「あっ!」


 しまった、失念していた。鉤竜ガプテル討伐の時に見た事とか、全然アリーシャさんに話してなかったわ。

 これに関しては、割かし重要な話だと思うので、俺達はかいつまんでアリーシャさんに全天適応型魔導投射砲マルチアダプトカノン古代遺物アーティファクトではないか、何故その結論に至ったのかを説明した。


 ◇◆


 俺達の話を聞いたアリーシャさんは、腕を組んで考えを巡らせる。暫しの無言の後、アリーシャさんは口を開いた。


「事情は、分かった。アンタ達の言う通りなら、確かに古代遺物アーティファクトの可能性は高い……それも、かなり特殊な奴だ」

「特殊、ですか」

「ああ。ムサシ、アンタの金重かねしげ古代遺物アーティファクトだったね?」

「そうっすね。中々、ユニークな機能が付いてる変わり種っすけど」

「そう、それだよ」


 腕を組んだままのアリーシャさんが、一指し指をずびしと俺に向け、話を続けた。


古代遺物アーティファクトってのは、その素性が殆ど謎に包まれた太古の忘れ形見だ。その中で、所謂“武器”に分類カテゴライズされるヤツの中には、その時の使用者によって“カタチ”を変える物がある」


 アリーシャさんの言葉に、俺はピンときた。

 金重かねしげは、二振りの双剣だ。しかし、俺の意思次第でその姿を一振りの大剣に変える機能が備わっている。

 その仕組みは、超が付く業物の新生雷桜らいおうを作り上げたゴードンさんですら分からないと言う。

 全天適応型魔導投射砲マルチアダプトカノンは、ラトリアのイメージに沿って形状を変えた。本人も初めて見たと言っていたから、金重かねしげの機能と照らし合わせて、恐らく古代遺物アーティファクトの類では無いかと、俺達は踏んだ訳だ。


「ここからはアタシの推測になるが……恐らく、その博士とやらはラトリアに渡した古代遺物アーティファクトを、知っていたんじゃないかと思う」

「それは、マジカルロッドが金重かねしげみたいに形を変えるって事を、把握してたって事っすか? 付属していた魔導機構ギミックも、全部その為の物だと」

「勿論、それもある。でもね、……リーリエ、アンタの魔導杖ワンドはどういう風に出来てる?」

「えっ!? えっと、私の光属性と闇属性に合わせた魔導機構ギミックを組み込んだ特注品です」

「うんむ。コトハ、アンタのは?」

「うちのも、雷属性に特化した魔法付与エンチャント機構を組み込んでもろうた、ゴードンさんの特注品どすなぁ」

「だろうね。アリア、アンタが現役の頃に使ってた弓は?」

「お二人の様に特注ではありませんが、風と氷の魔法付与エンチャントに適した造りの物ですね」


 三人がそれぞれ答えたのを聞き、アリーシャさんは頷く。俺とラトリアは、揃って顔を見合わせた。


「武器ってのは、それが特注にせよそうでないにせよ、自分の属性に合った奴を選ぶのがセオリーだ。と言うより、自分とは違う属性に対応した武器を選んでもメリットが無い」


 それは、その通りだと思う。態々自分の持っている属性を最大限に生かす事が出来ない武器を選ぶ理由なんざ無い。


「で、だ。今の話をした上で皆に聞きたいんだけども……ラトリアの持つ六属性混合魔力に対応した武器なんて、だと思うかい?」


 アリーシャさんの問いに、俺達は言葉に詰まった。

 連中がラトリアを利用して研究していた六属性混合魔力は、余りにも特殊だ。中途半端な魔導杖ワンドでは、その能力をMAXフルに発揮する事など到底叶わない。下手をすれば、ラトリアの魔力に耐えられずぶっ壊れる事も有り得るんじゃないか?

 となれば、望ましいのは過去に存在した六曜を宿せし者エクサルファーが使っていた物と同等の代物って事になるが、どう考えてもそんな簡単に造れる物とは思えない。


「それは……難しいと、思います」

「ああ。アタシも、そう思う……だから、見つけ出した。今の技術では再現不可能な仕組みを持ち、自分達の要求に応えられるスペックを有した――古代遺物アーティファクトを」


 アリーシャさんがそう口にした時……カチリと、頭の中でピースが組み合う音がした。


「アタシはさっき言ったね、『古代遺物アーティファクトの中には、使用者によってカタチを変える物のがある』って。その“カタチ”ってのは、見た目や機能に限った話じゃない」


 つまり、もその時に応じて形を変える場合がある。そして、マジカルロッドにはその機能が備わっていたと考えるならば……。


「――ラトリアの魔力に、全天適応型魔導投射砲マルチアダプトカノンが適応した?」


 俺がそう口にすると、アリーシャさんは静かに頷いてみせた。


「学院は、ギルドで管理している古代遺物アーティファクトの解析も請け負っている。やっているのは魔法科学研究部じゃないが、同じ学院内なら何らかの手段を使って、解析が終わり自分達が求める機能が備わっていると分かっている古代遺物アーティファクトを手に入れると言うのは、難しいが


 ふぅ、と一つ息を吐いて、アリーシャさんは天井を見上げる。視線を元に戻すと、全員の顔を見渡して口を開いた。



「ラトリア、六属性混合魔力、古代遺物アーティファクト……この三つが揃って、初めて六曜を統べし者エクサライザーって“理想形”が出来上がる事を、博士は最初から分かっていたんだろうね。そして、その理想を実現する為なら……手段を、選ばなかった」



 アリーシャさんの言葉で、俺の背中に薄ら寒い感覚が奔る。

 自分の目指すモノの為には、人間だろうが道具だろうが何でも手に入れると言う一種の執念を、俺は“博士”と言う人物像の中から感じ取った。

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