第53話 マッドサイエンティスト

 ラトリアが告げた事実に、俺達は口を引き結んだ。

 発案者って事は、ラトリアに関する一連の研究、その発端って事だ。成程、確かに避けては通れない話だろう。


「……ラトリアはん。うちが手を握ったままやったら、ちょっとは気が楽?」

「ん……出来れば、全部話し終わるまで……握ってて、ほしい」

「うん、ええよ」


 ラトリアのお願いに、コトハは笑顔で答えた。椅子をラトリアの直ぐ傍まで持って来て、隣に腰を下ろして、そのままラトリアの手を握る。

 ふぅと一つ息を吐いたラトリアを見て、俺は腹を括った。


「覚悟が足りなかったのは、俺達の方か……よし、聞こう」


 俺の言葉に、他の面々も頷く。当人が強い意志の元に話しているのに、聞く側の俺等がこれじゃ駄目だ。もう、逃げない。


「名前は、知らない。でも、他の研究員は“博士”って呼んでた……その博士が、この計画の始まり。今まで姿は見せなかったけど、実験の方法から何から……一から十まで、全部博士が指揮してたんだって」

「何? あのエルヴィンとか言うクソッたれが一番上じゃなかったのか?」

「ん……ちがう。あの人は、二番目だったはず」


 ほう。つまりあの野郎は高い地位に居ながら態々ここまで足を運んだ挙句、俺にボコられて拘束されたって訳か。ざまぁねぇなオイ。


「全部、って事は……計画の為の新しい魔法理論の構築も、その博士が一人で?」

「だと、思う」


 ラトリアが頷くと、リーリエは小さな声で「何てこと」と呟く。その顔に浮かんでいたのは、驚愕だった。


「リーリエ、お前から見てその博士がやった事ってどの位凄い事なんだ?」

「凄い、何て物じゃありません。アリーシャさんが話した通り、生まれ持った魔力と属性と言うのは不変的な物です。それを、曲がりなりにも博士は自分が考えた方法で変えた訳ですから。天才、と言う一言では片づけられないレベルの……それこそ、歴史に名を刻んでもおかしくない大天才です」


 でも、とリーリエは険しい表情で言葉を続けた。


「その偉業が、ラトリアちゃんの様な体質の人間を犠牲にする事を前提に成し遂げられるものだと考えていたのなら……その博士は“天才”ではあっても、他の偉人の様な“賢人”ではありません」


 断固としてそう言い切ったリーリエに、俺は眉間に指を当てながら頷いて見せた。

 “科学の発展に犠牲はつきもの”とは言うが、それを盾に人の尊厳と生命を蔑ろにするのは間違いだ。もしそれが平然とまかり通るなら、科学など発展しない。

 今回の場合、魔法科学研究部と博士とやらは、自分達がやろうとしている事の危険性を認知しながらも、初めからラトリアがで研究を進めていた節がある。

 何らかの方法でラトリアが属素喪失症エレメンタルロストであると知り、自分達の計画に使えると判断した。身寄りが無くなっていると言う事も、連中からしたら都合が良かったんだろう。

 成功すれば自分達の成果として発表、失敗すれば秘密裏に試製01号プロト・ワンという呼称を見ても、連中にとってラトリアは……本当に、ただの道具だったのだ。

 現時点で用意されたピースで組み上げたこの胸糞悪い推測が当たっているなら、俺はその博士も含め計画に参加していた連中を、赦す事は出来ないだろう。

 同時に、ラトリアの傍に居てくれたフィーラ先生には感謝しかない。もし、フィーラ先生が居なければ……六属性を宿したラトリアは、物言わぬになっていたかもしれないから。


「えっと……話しても、いい?」

「ああ、悪い。続けてくれ」

「ん……博士は、“仕上げをしよう”って、言った。その後、またラトリアは実験室に連れて行かれて……さっき見せたアレを、背中に組み込まれた」

「……っ。一体、どうしてそんな事を」


 険しい表情のまま呟かれたリーリエの独白に答える様にして、ラトリアは話を続けた。


「ラトリアは……てっきり、六曜を宿せし者エクサルファーの条件……六つの属性を入れたら、それで終わりだと思ってた……でも、違った。博士が目指していたのは、六曜を宿せし者エクサルファーを更に超える存在……だった」

「――!」


 黙ってラトリアの話を聞いていた時、アリアが何かに気付いた。そして、口を開く。


六曜を宿せし者エクサルファーは六つの基本属性を持ち、それぞれを個別に扱う事が出来ます。それを超えると言うのであれば……博士と言う人物が求めたのは、今ラトリアさんが身に宿す“六属性混合魔力”だった、と言う事でしょうか」

「ん……アリアの、言う通り」


 それを聞き、俺の脳ミソが急激に回転を始める。

 単に六曜を宿せし者エクサルファーを目指していたのであれば、ラトリアに六属性が宿った時点で終わりだ。

 だが、博士の目的は別だった。魔法史に名を遺した他の六曜を宿せし者エクサルファーをなぞるのではなく、独自の存在……今まで誰も成し得ていなかった、を作りたかった。


「博士が、さっき見せた物を含めて、ラトリアの体を改造したのは……六つの属性を、一つに纏める為だって……本人が、熱弁したのを覚えてる。あの時は、体が凄く痛くて、言ってる事が良く分からなかったけど……その後、体が安定した時にで……意味が、分かった」


 そう言ったラトリアは、足元に置いてあったマジックポーチを漁る。そうして中から取り出したのは、ラトリアの唯一無二の得物……マジカルロッドだった。


「これの、本当の名前は……“全天適応型魔導投射砲マルチアダプトカノン”。あの人たちは、そう呼んでた……いい思い出のある名前じゃないから、ラトリアが読んでた漫画から取って、マジカルロッドって名前にしてたけど……今は、元の方に戻すね?」

「おっけ、分かった」

「ん……体調が回復した後、ラトリアはある実験の為に、外に出された。目隠しをされて、馬車で連れて行かれたのは……大きな、谷。周りに、何にも無い……寂しい場所だった。そこで、ラトリアはこれを渡されて……初めて、魔法を使った」


 魔法と言う事は、【六華六葬六獄カタストロフィー】か。ラトリアが扱える魔法はそれだけだった筈だから、詰まる所試し撃ちに連れてったって事か?


「“風鳴かざなきの峡谷きょうこく”か……成程、確かにあの場所なら魔法の実験にはもってこいだろうね」


 どうやら、アリーシャさんには思い当たる場所があるらしい。俺は学院のある≪グランアルシュ≫付近の地理はさっぱり分からないので、詳しく聞いてみる事にした。


「アリーシャさん、風鳴かざなきの峡谷きょうこくってのは?」

「≪グランアルシュ≫から二日ほどかかる場所にあるデカい峡谷さ。底には川が流れていたらしいが、大昔に枯れちまって、今じゃ獣一匹居ない不毛の場所。鉱脈がある訳でも、そこでだけ採れる様な植物も無い。あんまりにも旨味の無い場所だから、ドラゴンも人間も滅多に寄り付かない。ただ、谷底には昔川があった場所に道を作ろうとした名残があってね……それを辿って、馬車で途中まで行くことは可能なんだよ」


 行けるには行ける、だが普通は行かない。行っても、得る物が無いから……段々と、読めて来たな。


「ラトリアの魔法は、あまり人目に付かせたい物じゃ無かっただろう。かと言って、魔法科学研究部の建物の中にある実験場で使えば、辺りに想定外の被害を出す可能性もある。だから、連中は周りが崖に挟まれて人気も無く、ドラゴンによる邪魔が入る確率も低い風鳴かざなきの峡谷きょうこくを、実験の場所に選んだんだろうね」

「……名前、初めて知った」


 ラトリアがぼそりと口にした事に、俺は内心でバカ共に舌打ちをかます。

 周りの情報を、極力与えない。それによって、余計な事に気を回さずにただただ自分達の言う事に従っていればいいと思う様に仕向ける……吐き気がする位、狡猾なやり方だ。


「悪いね、ラトリア。話を遮っちまって」

「あ……ううん、大丈夫。えっと、その風鳴かざなきの峡谷きょうこくで、ラトリアは博士から、全天適応型魔導投射砲マルチアダプトカノンと……魔法を、

「成程――ちょっと待て、教えられた? 予め覚えていったとかじゃなくてか?」

「ん……博士は、それでも問題ないって、言ってた」


 問題無い、だと? 前例の無い六属性混合魔法を使わせようってのに、余りにも無計画だ……いや、成功を確信出来る根拠があったのか?



「『キミの体は、ボクの作った魔法をからね。何も考えなくても、プロセスさえちゃんと踏めば完璧に扱えるよ』って……得意げに、笑ってた。それは、間違ってなくて……魔法の知識も何も無かったのに、まるで息を吐く様にして……ラトリアは、【六華六葬六獄カタストロフィー】を、使う事が出来た」



 瞬間――顔も名前も知らねぇ博士とやらが、訳も分からず良いように扱われてきたラトリアに向かって満面の笑みを浮かべているのを想像し……組んだ腕から、“ミシリ!”と一際大きな音が鳴った。

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