第52話 先生との出会い
ラトリアはもう一度水を飲んでから、話を続けた。
「“
やはり、か。あのクソ野郎をしばいた時点で察してはいたが、案の定別の呼び方があった様だ。それも、どう考えても人間相手に使う奴じゃねえ呼び方が。
「あそこでは、ラトリアの事を名前で呼ぶ人は殆ど居なかった。ラトリアは……研究の為の、
「……ロクでもない連中やね」
苦虫を噛み潰した様な顔でそう吐き捨てたコトハに、俺達は静かに頷く。
全く以ってその通りだ、現時点で魔法科学研究部に対して良い点なんか何一つ見受けられない。何なら、今直ぐ学院までひとっ走りして全員ぶん殴ってやりたいレベルだ。
「でも……悪い人ばかりじゃ、なかった。
「先生、っつーのは?」
「ん……フィーラ、先生。ラトリアの
そう言ったラトリアの拳が、きゅっと握られる。
「……先生と出会ったのは、ラトリアの体に六つの属性全てが、組み込まれた頃。その時には、研究も最終段階に、入ってたんだけど……ラトリアの体は、
ラトリアは、そのフィーラ先生の事を思い出したのか、ふっと表情を緩める。しかし、こちらは全く気が休まっていなかった。
“壊れかけていた”……抽象的だが、その時のラトリアの状態が如何に危険だったのかを容易に想像させる。
「先生は……最初は、辞退するつもりだったみたい。でも、計画に参加していた研究員に、ラトリアの事を聞いて……参加する事に、したんだって。先生は、
優しい人。そう聞いて、俺はピンときた。
(……脅されたな)
ラトリアの話から察するに、恐らくそのフィーラ先生は研究員から一種の
一度辞退しようとした話を、ラトリアの事を聞いて受ける事にした。それは、ラトリアを対象に行っている実験と、その先に得られる大きな成果の話を聞いて手の平を返したとも考えられるだろう。
だが……そうじゃない、そうじゃないのだ。ラトリアが“先生”と呼ぶフィーラ先生は、そんな人でなしではないと、俺の
つまり、そのフィーラ先生が悪人だと言う可能性はゼロ%だ。リーリエ達をして百発百中と言わしめる俺の超感覚、疑うべき所など無い。
じゃあ何故参加したか。ラトリアは、フィーラ先生の事を“優しい人”だと言った……恐らく、そこに
大方、『弱っているラトリアの事を見殺しにするのか』的な事を言われたのだろう。かなり大雑把な予想ではあるが、不思議とそれが間違っていると言う気は全くしなかった。
「その日から、先生と
それは、随分と思い切った事をしたな……だが、喜ばしい事だと思う。フィーラ先生は、まずはラトリアの孤独を解消するのが最優先だと判断したのではないだろうか。
「部屋は無駄に広かったから、二人で寝起きするのに、問題は無かったし、研究者達にも許可を取ってたみたいだったけど……ラトリアが、『どうしてこんな事をするの』って聞いたら、『こんな場所でずっと独りで過ごすなんて、あんまりだ』って言ってた。うれしかった、なぁ」
「……そっか。ラトリアちゃんにとって、フィーラ先生は“最初の理解者”だったんだね」
リーリエが優しく言うと、ラトリアはこくりと頷く。
「うん。先生は……ラトリアの世界を、変えてくれた。外の色々な話を、聞かせてくれたし……どうしても、先生に外せない用事が出来た時は、ラトリアが退屈しないようにって……ムサシ達に見せた漫画とかを、持って来てくれたりも、した」
成程。ラトリアが“夢と憧れ”を持つ切っ掛けを作ったのは、フィーラ先生だったのか。
フィーラ先生の存在は、当時のラトリアにとって非常に大切な物だっただろう。フィーラ先生は、痛みと孤独に苛まれていたラトリアの、拠り所になったのだから。
「先生のお陰で、ラトリアは何とか持ち直していった……でも、それは研究が再開されると言う事。実験を行うのに問題が無い位に回復した時……初めて、
「博士?」
ラトリアがその単語を口にした時、俺は言いようの無い悪寒を感じる。何だ? さっきの先生とは、
「う、ん……はか、せ……は……」
ラトリアが言葉を続けようとした時、俺は異変に気付いた。
その“博士”とやらの事を話そうとしているラトリアの体が、震えている。声は途切れ途切れになり、呼吸が早くなって……ヤバい、これは過呼吸だ!
「ッ! ラトリ――」
「ラトリアはん、こっちを向いて」
焦った俺が動くよりも早く、コトハがラトリアの傍に移動する。膝を付いて視線を合わせると、ラトリアの顔を両手で挟んで自分と向き合わせた。
「大丈夫、心配あらへんよ。ここに、ラトリアはんを怖がらせる人はおらへんから……だから、安心してゆーっくりと、息を吐いてみ? うちの目を見て、深呼吸、深呼吸」
落ち着いた声音で話し掛けるコトハに、ラトリアは素直に従ってゆっくりと呼吸を繰り返す。徐々に収まっていくラトリアの容態を見て、俺達は安堵の息を吐いた。
「すまん、コトハ。助かった」
「ええよ。うちも、家族を亡くして暫くは……よく、なっとったからなぁ。多分やけど、ラトリアはんのこれは……心因性の物やと思うわ」
心因性、って事は……トリガーは、その“博士”とやらか。とんでもないクソッたれに違いねぇ。
「ワタシも、そうだと思います。今まで、ラトリアさんがこんな姿をワタシ達に見せた事はありませんでした。それが、ラトリアさんの言う“博士”と言う人物について話そうとしたらこうなった訳ですから……恐らく、その“博士”はラトリアさんにとって、大きなトラウマになっています」
「ですね……あの、ムサシさん」
「ああ、分かってる」
俺は椅子を動かしてラトリアの近くに移動して、呼吸が落ち着いた所を見計らって話し掛けた。
「大丈夫か、ラトリア」
「ん……だいぶ、よくなった。コトハの、お陰」
「そいつは何より……なぁ、ラトリア。ラトリアにとって、その“博士”っつーのは……相当、怖い人だったりするか?」
俺の質問に、ラトリアは口を閉ざして視線を泳がせる。つまり、肯定と言う事だ。
「ラトリア。その博士について話すのが辛いなら、今は話さなくてもいい。確かに俺達はラトリアが伝えたい事を全部聞くつもりではあるが、それで心と体を傷付けたら――」
「っ、だめ!」
バッと視線を上げたラトリアの声が、食堂内に響いた。突然の事に面食らったが、ラトリアは強い決意を滲ませた表情で言葉を続けた。
「だめ……これは、ラトリアの生い立ちの事を話した、今日の内に聞いて貰いたい、の」
息を整えながら話すラトリアの手を、コトハが優しく握る。すると、ラトリアが纏っていた緊張と恐怖が目に見えて和らいだ。そして、ラトリアは意を決した様に、俺達全員の顔を見た。
「博士は……ラトリアを使った計画の、
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