第55話 “混ぜる”ではなく“結ぶ”

 金重かねしげは頑強性に長けた造りになっていて、全天適応型魔導投射砲マルチアダプトカノンは適応力に長けた造りになっている。同じ古代遺物アーティファクトでも、物によってコンセプトが大きく変わるのは分かった。

 一つ言えるのは、どれもこれも使用者をかなり選ぶと言う事。金重かねしげは並みの筋力では振るどころか持ち上げる事も叶わない。全天適応型魔導投射砲マルチアダプトカノンは、高次元の魔力を有している者でなければ、折角のキャパシティを生かしきれず、宝の持ち腐れになる。


「……博士って野郎は、最初からラトリアのみで計画を進めるつもりは無かった」


 カチリカチリと組み上がっていくシナリオを、俺は一つ一つピースの噛み合い具合を確認しながら言葉に出していく。


六曜を宿せし者エクサルファーを人の手で生み出すと言う一大計画ビッグプロジェクトを確保するのみでは成り立たないと言う事を、腹立たしい程に頭が回る博士とやらが理解していない筈が無い。恐らくだが、順番的には全天適応型魔導投射砲マルチアダプトカノンの方が。“鍵”を手に入れて、下準備が整った矢先に属素喪失症エレメンタルロストを患っている孤児のラトリアを見つけた。そこから、一気に計画は動き出したんじゃないか……と、俺は思う」


 不確定な部分は多いが、辻褄は合っていると思う。あと気になるのは、博士がラトリアに施したについてだ。


「必要な物は揃った。だが……ラトリアの体にあんな訳の分からない物を埋め込む理由が分からない。六属性を一つに纏める為っつったって……あそこまで、やらなきゃならないのか?」


 ラトリアの体に属性を組み込む作業は、投薬から始まったという。そんなモン作れるんだったら、付与した属性を安定して一つにする為の薬だって作れるんじゃねぇのか? いや、俺は素人だから断言なんて出来ねぇけどさ。


「六属性……一つに……混合魔力……魔法……」


 俺が疑問をぶちまけると、何やらリーリエがぶつぶつと呟きながら考え事を始める。その顔つきは、一点の解を見出す時のそれだった。


「ラトリアちゃん、幾つか確認しておきたい事があるんだけど……いいかな?」

「ん……なんでも、聞いて」


 ひぃん、と曇り無く研ぎ澄まされたリーリエの視線を受けたラトリアは、背筋を伸ばして頷いて見せた。


「まず、一つ目。ラトリアちゃんの体に埋め込まれたモノ……博士はそれを、『六つの属性を一つに纏める為』って言ったんだよね?」

「ん……その、筈」

「ありがとう。二つ目なんだけど、ラトリアちゃんが【六華六葬六獄カタストロフィー】を使った時に唱えた詠唱、は、博士の言う“プロセス”に含まれていた物でいいのかな?」

「ん……そう、だね。ラトリアも、意味は良く分からないけど……アレを挟まないと、【六華六葬六獄カタストロフィー】は上手く使えないのは、確か。実際、もやったから」

「うん、分かった。じゃあ最後になるけど……【六華六葬六獄カタストロフィー】を使う時、は無いかな?」

「肉体的……魔力枯渇以外、ってこと?」

「そう。体が痛いとか、そういうの」


 リーリエの問いに、ラトリアは暫く考え込む素振りを見せる。俺はそんな二人から視線を外して顔を上げた所……コトハと、目が合った。

 気付いている。リーリエが最後に聞いた事が、俺達が疑問に思っていた事の解に繋がると。即ち、『何故あれ程の高負荷魔法をラトリアの小さな体で受け止められるのか』、と言う事だ。

 そして、“一言も聞き漏らさない”とでも言う様に耳を欹てているアリアも、同じ事を考えているようだ。

 ラトリアの魔法がどれだけ凄かったかを、飯の時や空いた時間に俺達の口から聞いていたのだ。元スレイヤーで、今もバリバリに魔法を扱えるアリアが、俺達と同じ疑問を抱かない筈が無い。


「……無かった、と思う。魔力枯渇になったり、お腹がすいたりはするけど……体が痛いとかは、特には」

「そっか……ごめんね、色々と聞いちゃって」

「ん……気にしないで」


 ラトリアの話を聞き終えたリーリエが、一つ息を吐いて俺達を見回した。どうやら、得る物があった様だ。


「……これは、今のラトリアちゃんの話を聞いた上での推測になります」


 そう前置きし、リーリエは口を開き、その“推測”について語りだした。


「ラトリアちゃんの体に手を加えた博士と言う人物が、六曜を宿せし者エクサルファーをベースにした新たな存在を作り出そうとしていたのは、間違い無いと思います」

「それが、六曜を統べし者エクサライザーか」

「はい。その六曜を統べし者エクサライザーのキモとも呼べる要素が、博士の口にした『六つを一つに』と言う言葉です。これはそのまま、基本六属性を一つの属性として纏め上げる事だと思います……でも、言葉にするのは簡単でも実際にやるとなれば相当に困難な事です」


 リーリエの指摘は、尤もである。異なる属性、ましてや攻撃的側面が強い基本属性を混合する事の危険性は、リーリエ達の口から聞いている。

 それが六つともなれば、リスクの上り幅は天井知らずだろう。言い方は悪いが、場合によっては博士と研究に参加していた連中のであるラトリアを失う事になりかねない。

 だが、それでも博士は成功させた。腹立たしく、胸糞悪いが……結果として、リスクを超えたその先にあったモノを、掴んで見せたのだ。


「でも、博士は実際にそれをやってのけた。そこに密接に関わってくるのが、ラトリアちゃんの体に埋め込まれた機械と言う事は間違いありません」


 その通りだと思う。何の意味も無しに態々あんなモノを人間の体の中に取り付ける事を、博士とか言う奴がやるとは思えない、やる訳が無い。態々ラトリアの前で人体改造の理由まで話したのだから。


「今まで見て来た事、さっきラトリアちゃんが話してくれた事、それ等全てから考えるなら……ラトリアちゃんの体に埋め込まれた機械には、六つの属性を機能が備わっていると見て、まず間違い無いです」


 リーリエの言葉に、俺は素直に納得する。が、その中にある一つの引っ掛かりを感じた。


「リーリエ、お前は今“結びつける”って言ったが……そこは、“混ぜ合わせる”じゃないのか?」

「いいえ、違います」


 俺の指摘を、リーリエははっきりとした口調で否定する。そのまま、そう結論付けるに至った論拠を語り始めた。


「皆さん、思い出して下さい。ラトリアちゃんに初めて【六華六葬六獄カタストロフィー】以外の魔法を教えようとした時、何が起きたかを」


 何がと言われれば、それは魔法の暴発事故だな。確か、火属性の初級魔法【火炎フラーガ】を発動させようとしたが、突然魔力の流れがおかしくなったって話だった。


「【火炎フラーガ】を行使する寸前、火属性以外の五属性が魔法陣に流れ込んでしまいましたね」

「はい。でも、思ったんです……もし六つの属性が完全に混ざり合っていたのなら、そこから火属性のみを抽出するなんて、じゃありませんか?」


 リーリエの言葉に、アリア達はハッとした表情になる。俺は……い、いまいち分かんねぇ。どう言う事なの?

 肝心な所でポンコツ化した俺に分かる様に、リーリエが捕捉した。


「絵具で考えてみて下さい。赤、青、茶、黄、薄青、緑……調色板パレットの上で完全に混ざり合ったこの六色から、改めて一色のみを取り出すなんて事、出来ますか?」

「そりゃあ……無理、だな」

「……あの時。未遂に終わったものの、火属性のみを用いた魔法の行使までは漕ぎ着けました。もし六属性が完全に融合していたのなら、最初の火属性を選別する段階で躓いていた筈……なるほど、だから“結びつける”ですか」

「はい」


 アリアの言葉にリーリエはこくりと頷くと、ラトリアへと視線を向ける。


「私があの時見た、火属性に他の五属性が引っ張られる様な魔力の動き……あれは、個々の境界線を明確に保ちながらも強固に結ばれた六つの属性から、一つだけを取り出そうとしたが故に起きた事故だったのだと思います」


 そう告げたリーリエの瞳は、真実を見抜かんと煌々と揺らめいている。

 パーティー随一の魔法の天才スペシャリストが、姿の見えない狂人……その喉笛に、食らい付こうとしていた。

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