第51話 プロメテウス計画
「ラトリアは、孤児だった」
背中を向けたまま、ラトリアは静かに語る。厳かに、重々しく。しかし、強い意志を滲ませながら。
「お父さんも、お母さんも居ない……孤児院の人には、
記憶を手繰り寄せながら話すラトリアに、俺達は言葉を掛ける事が出来なかった。
この世界では、俺が住んでいた日本よりもずっと直ぐ傍に死の危険性が転がっているのは知っている。外様の俺ですらそれを理解しているのだから、元々この世界に住んでいる人間側からすれば、ドラゴンの牙で人の命が失われる事は、ごく身近な出来事だ。
だが……それでも。親を喪うと言う事は、途轍もない悲劇だ。それは、疑いようが無い。
「御者の人も、死んだ。護衛のスレイヤーの人達も居たらしいけど……相手が、悪かったんだって。ラトリアが助かったのは、たまたまどこかの大きな商隊が通りかかったから。その護衛に、凄腕のスレイヤーの人が居たらしくて、その人が間一髪で襲っていたドラゴンを、討伐した」
それは、とてつもなく運が良い。護衛は、当然の事ながら道中で迫りくるドラゴンを退けられるだけの実力が求められるので、ラトリアと親御さんが乗っていた馬車の護衛を行っていたスレイヤーだって、そこまで腕が立たないという訳では無かっただろう。
そのスレイヤー達でも守り切れなかったと言う事は、恐らくイレギュラーな強個体と出くわしてしまったのだと推測出来る。
普通なら、まず間違い無く命を落とす状況。だが、そこを凄腕のスレイヤーに護衛を頼んでいた商隊が通りかかったのなら、それは幸運に他ならない。
結果として、ラトリアは助かった。命があるだけめっけもんだが……クソ、もし運命を司る神様って奴が居るなら、そいつはとんでもない性悪だぜ。
「家族も、御者の人も死んで……子供だったラトリアの身元を証明できる人が、居なくなってしまった。だから、ラトリアはその時に通りかかった商隊に拾って貰って、≪グランアルシュ≫に連れて行ってもらった。そこで、孤児院に入った」
ふぅ、と一息吐いてラトリアは天井を見上げる。その瞳に、どんな思いが浮かんでいるのか……それは、分からない。
「その、すぐ後だったと思う。孤児院に、ラトリアの里親になりたいって、人達が来たのは」
ざわり、と心を気色悪い風が撫でる。今までの話を全て聞いていれば、その先が大体読めてしまう。外れて欲しいが……外れないん、だろうな。
「その人たちは、身なりもしっかりしていた。ラトリアを、家族に迎え入れたいって……それで、ラトリアは引き取られた。自分達の家に行く、って言ってたけど……向かったのは、すごく、すごく大きな建物……学院だった。その中にある、一つの部門……魔法科学研究部に、ラトリアは連れて行かれた」
やはりか。しかしそうなると……嫌な予感しかしない。
「……その日からだった。あの
きゅっ、とラトリアの防具を握る手に力が入る。思わず手を伸ばしそうになったが……何とか、抑えた。今は、話を聞かなくては。
「あの人たちが言うには……ラトリアの透明な魔力は、他の属性との
皆、息をのんだ。“研究の為に”……余りにも、不穏なフレーズである。どう考えても、
「最初は……投薬からだった。詳しくは、分からないけど……薬を投与される度に、すごく痛くて、苦しい思いをしたのは……覚えてる」
組んでいた俺の腕から、ギチリと音が聞こえた。無意識に、体に力を入れていたのだ。話の展開次第では……俺は、あのクソ野郎を含めた“計画”に加担した人間を、
「三年以上、そんな日が続いたんだけど……ある日、ラトリアの体に、異変が起きた。朝起きたら、体の内側が燃えるように熱くて……研究員の人達が調べたら、ラトリアの透明な魔力に、赤い色がついていたんだって」
その言葉に、皆一様にギョッと目を見開いた。いや、確かにラトリアは自分の属性について“後付け”と言っていたが……比喩でも何でもなく、文字通りの意味だったのか。
「それは、ラトリアの無属性魔力に、火属性が加えられたって事で……いいのか?」
「ん……そう。みんな、手を取り合って喜んでた……ラトリアは、早く熱いのをどうにかしてほしかったけど、ね」
眉を下げて、ラトリアが小さく笑う。その時、アリーシャさんが顎に手を当てて何かを考え込んでから、口を開いた。
「――プロメテウス計画」
アリーシャさんが口にした、聞き慣れない言葉。リーリエ達も顔を見合わせている辺り、アリーシャさんを除いて誰も知らない様だ。
「まだアタシが現役だった頃、学院の魔法科学研究部で
淡々とその計画の大まかな内容を話したアリーシャさんだが、他の魔法を扱える皆は困惑した表情を作った。アリーシャさんの話は続く。
「生まれ持った魔力の属性っていうのは、不変的な物だ。でもね、どうしてもこう考える奴はいる……『もし、今持っている属性とは別の属性だったら、もっと違う人生を歩めたんじゃないか』ってね。プロメテウス計画は、そんな願いを叶える為の研究だった」
アリーシャさんはテーブルに乗っていた水が入ったグラスに口を付けて、しかめっ面を作る。どうやら、あまりいい研究ではなかったらしい。
「そいつが今持っている魔力の属性を別の属性に変える、もしくは新しい属性を付与する。歴史の記録に残っていない、初めての試み。成功すれば、“これまでの魔法史を塗り替える大成果になる”って研究者の連中は息巻いてたけどね……始まってから一年程で、計画は中止になった」
「……事故でも、起こったんすか?」
「事故、と言うよりは
当時を振り返る様にアリーシャさんは目を細め、深く嘆息する。憤り、悲しみ、哀れみ……様々な感情が、瞳に浮かんでいた。
「この研究に賛同した者達は、こぞって計画に参加した。きっと、自分に新たな可能性を用意してやりたかったんだろう……だが、結果は悲惨な物だった。言ってしまえば、これは自分の血液に混ざり得ない異物を入れる様なもんだ。研究記録によれば、苦しみのた打ち回る者もいれば、精神に異常をきたす者もいた。魔力回路が焼き切れて、一生魔法が使えなくなった者もいたし……命を落とす者も、いた」
アリーシャさんが告げた事実に、全員顔を顰めた。偉業を成す為の研究と言う大義名分があったんだろうが、やってる事は人体実験以外の何物でもない。
「この時点で、既に計画としては破綻してる。人間の新たな未来を切り開く筈の研究が、逆にその未来を奪っていた訳だからね……だが、当時の魔法科学研究部は実験を止めなかった。学院の上層部やギルドに死者まで出ていると言う事実を隠し、研究を続けたんだ」
「そりゃ確かに“事故”ではないっすね」
「そうだね。最初は上手く隠せていたが、その内プロメテウス計画に参加していた者達の親類縁者から、ギルドに異変の知らせが多数入り始めた。そこで、ギルドは職員と上位スレイヤーを織り交ぜた調査チームを作り、事態の調査をした……それに、アタシと旦那も参加していたんだよ」
成程、だからアリーシャさんはここまでそのプロメテウス計画とやらに詳しいのか。現役の頃の話なら、結構昔の話になる筈。リーリエ達が知らないのも、無理はないだろう。
「計画の内容と人体実験による被害が確認出来た時に、アタシ達は即座に学院と連携して魔法科学研究部に踏み込んだ。事実の隠蔽を行いながら、志願していたとはいえ人命を危険に晒し続けていた訳だからね、計画に携わっていた研究員は軒並み投獄され、当時の学長も責任を取って辞任したよ。そこで漸くプロメテウス計画は中止になり、そのまま破棄された」
そこでアリーシャさんは言葉を切ると、一つ二つだけボタンを閉じて席に戻っていたラトリアを真っ直ぐに見た。
「ラトリア。アンタの話を聞く限り、アタシはこのプロメテウス計画が再開されていたのかと言わざるを得ない。もしそうなら、これはもうギルドに隠し立てしていいような話じゃないよ?」
「ん……ラトリアも、そう思う。だから、明日ギルドマスターにも……話す」
でも、とラトリアは言葉を続ける。現段階で既にかなり大きな話になりつつあるが、ラトリアの雰囲気から察するに、もっと先があるように思えた。
「ラトリアが受けていた実験は、多分だけど……
つまり……ラトリアが参加させられていた研究ってのは、プロメテウス計画をベースにしながらも、目指すものは属性変化の遥か先だったって事か。
そして、その研究にピッタリな被験者が、
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