第50話 明かされた過去
学院からやって来たクソ共を退けた、その夜。≪月の兎亭≫の営業時間が終わり、客足が途絶えた頃。俺達は、がらんとした食堂の中心で、一つの丸テーブルを囲んで椅子に腰を下ろしていた。
「ほんとに、アタシも聞いていいのかい?」
俺達五人に混じって腰を下ろしていたアリーシャさんが、確認する様に問う。ラトリアは、それに小さく頷いて答えた。
「うん……アリーシャさんにも、聞いて貰いたい」
「……そうかい。分かった」
確固たる決意を秘めたラトリアの言葉に、アリーシャさんは小さく頷いて腕を組む。俺達もまた、静かにラトリアの言葉を待った。
食事は、既に済ませた。しかし、アルコールは一滴も入っていない。これから聞かされる話は、酔いが回った状態で聞いていい物では無いと、皆理解していたからだ。
「ふぅ……」
コップに入っていた水で喉を湿らせたラトリアが、小さく息を吐いて目を閉じる。そして、ゆっくりと瞼を上げて口を開いた。
「……たぶん、みんなが一番知りたいのは、ラトリアが何処から来たのか……だと思う。今日、あんな事があったから、もうわかってるかもしれないけど……ちゃんと、ラトリアの口から、教える」
そう言ったラトリアの瞳に、迷いは無い。確かに、ラトリアの経歴に関しては間違いなく知っておきたい。これまで目にしてきた様々な事は、恐らくそこから始まっている。
「あの人……エルヴィンが言っていた事は、間違ってない。ラトリアは、ムサシ達に出会う、ちょっと前までは……学院に、居たから」
“やはりか”と言う納得の後に、“何故?”と言う疑問が沸き起こる。それに答える様に、ラトリアは言葉を続けた。
「ラトリアは……魔法科学研究部っていうところの、
「研究、対象?」
「うん」
微かに震える声で聴き返したリーリエに、ラトリアはこくりと頷く。俺はそっと右腕を動かし、隣に座っているリーリエのきゅっと握り締められていた手を、優しく握った。
予想出来ていた事だが、こりゃ相当ヘビーな事情が絡んでいるな。それこそ、耳を塞ぎたくなる様な……しかし、俺達は全てを聞き届ける。
ラトリアの覚悟に応えるなら、必ず最後まで聞いて、全て受け止めなければならない。ラトリアの仲間なら、それが誠意と言う物だ。
「ラトリアが、
その言葉で、俺を除いた全員が顔を見合わせる。その顔に浮かんでいるのは困惑と疑念。俺は、皆に代わってラトリアに聞いてみた。
「それは、ラトリアの
「そう、なる。ラトリアのは、
後付け。そう口にしたラトリアは、一瞬だけ視線を下げる。しかし直ぐに俺達の方へと視線を向け直した。
「ラトリアの魔力には……生まれつき、
ラトリアの告白は、俺を含めた全員に衝撃を与えた。そりゃそうだ、俺達はラトリアが六属性混合魔力を持ち合わせている事も、それを使った強力な魔法が使えると言う事も知っているのだ。
だが、ラトリアはそもそも属性を持ち合わせていなかったと言う。俺と同じ、魔力無しだったって事か……?
(違う。ラトリアは、“色が無い”と言った。単純に魔力が無いってだけなら、そんな回りくどい言い方はしない筈だ)
俺の推測が正しければ、ラトリアは魔力自体は持ち合わせていたって事になる。だが、そうなるとラトリアが本来持っていた魔力は、大気中にある魔力と同じ様な物だったって事になるが、それはあり得る事なのか?
「……
ポツリとリーリエが呟いたその言葉。全く聞き覚えの無い物だが、リーリエにはどうやらラトリアの“色が無い魔力”について心当たりがあるようだ。
「リーリエ、その……えれめんたるろすと? って何だ?」
「先天性の
「それは、俺みたいな魔力無しとは違うのか?」
「はい。属性自体は無くとも、その透明な魔力と魔力回路は持ち合わせているので……ただ、包み隠さずに言うと無属性の魔力しかない場合、日常生活に無視出来ない支障が出ます。治療法も確立されていないので、医学会では難病に指定されていますね」
成程、確かにそりゃ難病だ。この世界は、かなり魔法に依存している部分が多い。火属性の魔力を持っていれば、それを使った小さな魔法で火を付ける事が出来る。水属性なら、水が無い場所で水が出せる。
戦いに使うだけが、魔法では無い。持っている属性にもよるだろうが、私生活の中ではちょっとした小規模の魔法で解決出来る事が多々あるのだ。
しかし、属性が無いと言う事は……それが、出来ない。つまり、俺がやっている様に全ての作業をマニュアルでやらなければならないのだ。
俺は特段気にしてはいないが、元からこの世界で生きている人間からすれば、相当なハンディキャップだろう。
「でも、これは本当に稀な疾患なので、ラトリアちゃんが百パーセント
そう言ってリーリエがラトリアの顔を見ると、ラトリアは小さく首を振った。
「ん……リーリエの、言う通り。ラトリアは、生まれつき属性の無い魔力しか持たない、
淡々とそう告げたラトリアに、リーリエはきゅっと口を引き結ぶ。当たり前だが、リーリエとしては外れて欲しかったんだろう。
「しかし、そうなれば気になる部分が出ます。
そう、そこだ。アリアが言う通り、今この場に居るラトリアは間違い無く六属性の混合魔力を宿している。
「その辺に関しては、さっきラトリアはんが言うとった“後付け”って部分が関わって来る……ちゅうことで、ええかな?」
「ん……そう、なる」
コトハの問いにラトリアは小さく頷く。そして、徐に席を立つとくるりと後ろを振り向いて、俺達に背中を見せた。
「ラトリア?」
いきなり何を、と言う間も無くラトリアは学校の制服の様な防具に手を掛け、プチプチと前を閉じているボタンを外し始めた。
「……透明の魔力は、
静かに言葉を紡ぎながらも、防具を外す手は止まらない。しゅるりと言う衣擦れが聞こえると、ラトリアの肩が露になった。
「何色にも染まるという事は、
最後のボタンを外し終わると、遂に下着まで見える様になる。視界に、ラトリアのシミ一つ無い肌に覆われた背部が映った。
完全に晒されたラトリアの背中。一瞬、俺達は困惑したが、直ぐにその異質な部分に気が付いた。
肩甲骨の下角に挟まれた背骨。そこに、
「っ……」
ラトリアが少し声を漏らして、体に力を入れる。すると、その繋ぎ目から……にゅっと、予想だにしない物が現れた。
他の有機的部分とは明らかに違う、
穴の中には、金色の線が幾つも見える。真っ先に思い浮かんだのは、スマホの充電口……ちょっと待て、どうしてそんな物がラトリアの背中にある?
「『君の体質は、我々の研究にとって非常に都合が良い』。あの人たちは、そう言ってラトリアの体を……
震える訳でも、悲しさを滲ませる訳でも無い。ラトリアの声は、言葉を失う俺達に淡々と事実を告げた。
「
そう言って、ラトリアは首を傾けてこちらを振り返る。困った様な、小さな笑みを浮かべて。
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