第37話 Magical High-Energy Laser

【Side:ラトリア】


 その太い腕を横に突き出したまま声を上げたムサシに、ラトリアは頷き深く息を吐いてから目を閉じた。

 線。一発一発ではなく、その全てを継ぎ目なく一本の線として伸ばしていくイメージ……さっきまでの撃ち方とは全然違うけど、何とかなる。何とか、する。


(魔力をさっきよりも多くして……多くした分だけ、どんどん長くする)


 自然と濃度を増してマジカルロッドに流し込まれていく魔力を、ラトリアは集中して辺りにばらけない様に注意しながらまとめ上げていく。

 “魔力は糸”だと、リーリエが言っていた。その糸を丁寧に編み上げていくのが、魔法の第一歩だとも。

 ラトリアが今覚えようとしているのは、魔法じゃない。でも、魔法に繋げる為のその第一段階のより深くに足を踏み入れる事こそが、この魔力弾を作り上げるだ……と思う。

 揺らめいていた魔力が、徐々にその色を濃くしながら細く収束していく。それと共に、ラトリアは瞳を開いた。

 魔力が増した分、その先端もどんどん伸びていき――ムサシが持っていた、碧鋭殻竜ヴェルドラの外殻付きの標的に、到達した。


「よし、距離はそんなもんでいい。後は出力を更に上げる……ラトリア、この機会に自分のキャパを把握しろ。どの位の魔力を使えば一定の破壊力を生み出せるのか、そこからどれだけ維持出来るのか。どの程度の魔力消費までならスペックを損なわずに動けるのか、全部だ」


 ムサシの言葉に、ラトリアは頷く。

 他の人の目から見れば、ムサシは一度に多くの事を要求し過ぎに映るかもしれない。でも、ラトリアはそれがラトリアの為に言ってくれている言葉なのだと分かる。

 ムサシが魔力と魔力回路を持ち合わせていない事は知っている。自分が使う事が出来ない魔法についてはリーリエ達より疎い事も……でも、だからこそ見えるものがあるのだと思う。

 この魔力操作は、理論的な面よりも感覚的な面の方が大きい。そして、ムサシは感覚的に物事を捉えるのが、ラトリアを含めたこの場に居る誰よりも上手い。

 つまり、そのムサシが今口にした事を全て出来なければ実戦では使えないと言う事だ。クエストに出た時、このラトリアにとっての新しい力は、ムサシ達の役に立つと同時にラトリア自身の身を守る為の手段となりえる。


「リーリエ、アリア、コトハ! ラトリアの状態を見といてくれ、もし途中で危ないと思ったら俺のストップを待たずに止めて貰っていいから!」

「分かりました!」


 ある程度ラトリアの魔力が纏まったと見るや、ムサシがリーリエ達に向かって声を掛け、それに応える形で三人の視線が一斉にラトリアに集まった……す、少し緊張する。

 でも、やらなきゃ。この程度のプレッシャーに負けている様では、ムサシが語った碧鋭殻竜ヴェルドラの様な恐ろしいドラゴンとクエストで出会った時、自分を保てないかもしれないから。

 ラトリアの意志に呼応して、魔力はどんどんその密度を上げる。もし標的が無かったら、とっくの昔に後ろの壁まで突き抜けているだろう。

 やがてマジカルロッドから一直線に伸びた魔力が強烈な光を放ち、甲高い音を上げ始める。それを確認したムサシが、声を張り上げた。


「……よし、ラトリア! 一気にやれ!!」

「――っ!」


 その一声が、ラトリアに最後のトリガーを引かせた。形を維持したままの光線に、更に多くの魔力を流し込む。

 やってみて分かったが、これはさっきまでの魔力弾を撃つよりも遥かに難しい。あっちは一度撃ったら終わりだけど、これは対象を破壊するまで魔力操作をずっと維持しなくてはならないから。

 そして、魔力消費量も凄く多い。魔力残量自体には余裕があるし、【六華六葬六獄カタストロフィー】に比べれば全然少ないが、それでも攻撃の威力を維持出来るだけの一定の量の魔力を供給し続けると言うのは……思ったよりも、ずっと大変だった。

 マジカルロッドが決してぶれない様にしながら、ラトリアはムサシが手に持つ標的へと目を向ける。そこには、継続的な魔力照射を浴びて夥しい量の光を散らす碧鋭殻竜ヴェルドラの外殻があった。

 飛び散る光が多すぎて、的自体がどうなっているのかは分からない。しかし、その隣で火花の様に舞う魔力を浴びながらも平然と立っていたムサシの口角が、わずかに吊り上がったのを見て……ラトリアは、

 そうして暫く撃ち続けたのち、ムサシが空いていた左手を上げて大きく声を出す。


「――止め!!」


 その一声で、ラトリアはすぐさま魔力の供給を絶つ。あれ程強烈に迸っていた魔力の線はあっという間にその光を失い、やがて音も無く消え去った。

 ふぅ、とラトリアは一つ息を吐く。ザッザッと訓練場の地面を踏み締めてこちらに向かって来たムサシが目の前に立った時、ラトリアは視線を上げた。


「……どう、だった?」


 ラトリアがそう聞くと、ムサシは手に持っていた標的から碧鋭殻竜ヴェルドラの外殻を取り外す。そして、満足そうに笑った。


「バッチリだ。リーリエ達も見てみろ」


 ムサシがそう声を掛けると、後ろの方で見守っていたリーリエ達三人もこちらに駆け寄ってくる。そして、ラトリア達はムサシが手にしている碧鋭殻竜ヴェルドラの外殻を見た。


「これは……」

「……赤熱化してはるなぁ」


 アリアとコトハが口にした様に、単発の魔力弾をいとも簡単に弾き飛ばしたその濃緑の外殻は、全体の半分程が魔力光線を浴び続けたであろう場所を中心にして、真っ赤に染まっていた。


「魔力だけで、これ程の熱量を浴びせ続けられるとは……」

「ちょっと、うち等じゃ真似出来へんのとちゃう?」

「だ、誰だって無理ですよこんなの……あっ!」


 まじまじと外殻を見詰めていたリーリエが、何かに気付いた様に声を上げる。そして、火傷をしない様に気を付けながらそーっと指を近付けて、外殻のある一部を指さした。


「ここ……穴が開いてます!」


 リーリエの指摘に、アリアもコトハも、ラトリアもばっとその場所を注視する。よーく目を凝らせば……確かに、そこには小さい穴が開いていた。他の赤くなっている部分にばかり気を取られていて、全然気付かなかった。


「その通り、ちゃんと気付いたな」


 沈黙を保っていたムサシが、してやったりと言う顔になる。その表情は……とても楽しそうで、とても嬉しそうだった。


「極小さい物ではある。だが、最初の魔力弾をあっさりと受け止めたこの外殻を……ラトリアの圧縮魔力は、確かに貫いて見せたんだ」


 その言葉を聞いた時、ラトリアの胸に今まで感じた事の無い感覚が沸き起こる。これは……達成感、だろうか?


「勿論、実際に碧鋭殻竜ヴェルドラみてぇな奴を相手にしたらこう上手くはいかない。連中は自分の身が焼かれていくのを悠長に眺めていたりはしないからな。ガンガン動き回るだろうし、距離だって変わる。そこは、少しづつ実戦を重ねて練度を上げてカバーしていくしかない訳だが……ラトリア。今の光線レーザーを使った時に、俺の言った事は確認出来たか?」

「あ……うん。魔力の注ぎ方と使う量、消費する量は、大体わかった。それが距離によってどの位変わるかは、実際にクエストで使ってみないと分からないけど……」

「オーケーオーケー、上々だ。俺が教えられるのはここまで。後の細かい魔力の調整とかはリーリエ達じゃなきゃ教えられんけど……どうする? もう少し試し撃ちしとくか?」

「ん……出来れば、やっておきたい。でも……」



 ――くぅ――



「……おなか、空いた」

「あはは……それは、そうだよね」

「先程までの魔力弾と違って、明らかに魔力消費が多かったですから」

「でも、どうする? うち、今食べ物なんてもっとらへん……」


 う……どうしよう。ラトリアも、今はなにも食べ物を持っていない。でも、お腹が空いた状態でやるのは……正直、しんどい。


「……ぬっふっふっふ~」


 そんなラトリア達の様子を見ていたムサシが、突然自分のマジックポーチを漁り始める。


「いやー、実はそんなラトリアにぴったりの食べ物があるんすよ~……ほれ!」


 ぬっと取り出され、ラトリアの前に差し出されたのは、綺麗に木を編み込んで作られたバスケットだった。そして、その中からは……美味しい物の匂いがする!!

 一気に口の中に唾液が満ちたラトリアの前で、バスケットがぱかりと開かれる。中に入っていたのは、幾つかの彩り豊かなサンドイッチだった。


「味は俺が保証する――食うか?」

「食べる!!!!」

「よし食えェ!!」


 その掛け声で、ラトリアはムサシが手の持ったままのバスケットから猛烈な勢いでサンドイッチを一つ取り出す。ハムとレタスが挟みこまれたそれを口に入れる……美味しい!!


「相変わらずええ食いっぷりじゃのぉ」

「あの……ムサシさん、それどうしたんですか? いえ、凄く助かりましたけど」

「買って来た、と言う感じではないような気がしますが」


 ラトリアがサンドイッチを頬張る様子とバスケットを交互に眺めるリーリエとアリア。コトハは、何故かサンドイッチをじーっと見詰めていた……食べたいのかな?


「いや、実はな。俺が図書館で調べモンしてたのは知ってるだろ? そん時にとある司書さんとお知り合いになったんだが、そこでちょっと……醜態を晒しまして」

「……お腹でも鳴らしましたか?」

「うっす……んで、それを見かねた司書さんが恵んでくれたんだよ。元々弁当として買ったらしいんだけど、どうやら今日は図書館の方で飯が出たらしくて――」


「嘘やね」


 軽い口調で喋るムサシを遮り、コトハがサンドイッチに目を向けたまま静かに口を開いた。


「……コトハ? 嘘と言うのは?」

「“買った”って所。これ、どう見ても出来合いやなくてどすえ?」

「えっ、そうなんか?」

「うん。店先で売ってるにしては随分と手が込んどるし、見た目もずっと綺麗や。形も崩れとらんし……鮮度保存の為に予めくるんである売り物とは、明らかにちゃいますなぁ」

「あ、確かに」

「……捕捉しますと、図書館に昼食が出る日と言うのはありません。基本、皆自分の弁当を持参するか休憩時に外で食べるかの二択だった筈です」

「えっ……つまりあの司書さんは、自分が食う筈だった弁当を俺にくれたって事か!?」

「そうなりますよね……ムサシさん、その“司書さん”って一体誰の事ですか?」

「うぇっ? あの、アレだよ……前にハガネダチの情報収集した時、俺にリーリエとアリアの居場所を教えてくれた人。前髪で目元が隠れた感じの」

「「「…………」」」


 ムサシが思い出すような仕草をしながら説明した時、三人の口が止まった。そして、じとっとした目つきでムサシを見る。

 これは……流石に、ラトリアでも分かる。ムサシはきっと、このサンドイッチを作った人を誑かしてきたのだ。ムサシは悪いオトコだから、間違いない。


「しかしまいったな、まさか自分の弁当を……あの、どったの? みんなして急に黙って」

「……いえ、相変わらずだなと思いまして」

「はぁー……うち、正直侮ってたかもしれへん」

「――尋問です! 兎に角後で尋問をしましょう!!」

「「異議無し」」

「へぇっ!?」


 一致団結した三人と、それを見て狼狽えるムサシ……なんだか、羨ましいなぁ。

 ポツリと心の中に浮かんだ小さな羨望を、ラトリアはサンドイッチと一緒に飲み込んだのだった。

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