第38話 酔っ払い撃滅特効薬
ラトリアが自分の新しい可能性の取っ手に手を掛けたその日の夜。例の如く俺達の姿は≪月の兎亭≫にあった。
今日は、ちょっとしたお祝いムードだ。ラトリアの為にアリーシャさんは何時にも増して料理に力を入れていたし、その後のリーリエ達の料理も素晴らしいボリュームと味だった。
その殆どをラトリアが我武者羅に食べている間の俺はと言うと……めっちゃ問い詰められてました、ハイ。主に図書館でのやり取りについてだが、幾ら何でも恋愛脳が過ぎるんじゃないですかね……?
ぶっちゃけ、そこまで長く話し込んだ訳でも無いしなぁ。確かに自分の手作り弁当を俺に渡したってのは驚いたが、それだって俺の腹が露骨に空腹を訴えちまったのに同情した司書さんが恵んでくれただけなんだろうし、そもそもこっちは名前も知らないんだぞ。
しかしアレだな、次に図書館行った時はバスケット返す以外にもやらなきゃならん事が出来たな。それ即ち、エクストリーム感謝&謝罪だ。
まぁそんな事を尋問が終わった後にぼんやりと考えている訳だが、もぞもぞと俺の胸元で動いた存在のお陰で、思考が現実へと引き戻される。
ジョッキを片手に持ちながら視線を落とせば、そこには俺の膝の間にケツを下ろして体を丸めているラトリアの姿があった。
「眠っちゃいましたね……」
時折位置を調整する様に体を小さく動かすラトリアを見ながら、リーリエが顔を綻ばせる。その隣で、アリアがジョッキを傾けながら口元を緩ませた。
「今日一日で、沢山の事を覚えて実践しましたから。お腹も膨れて、一気に眠気が来たのでしょう」
「せやなぁ……あっ! ラトリアはん、そんな強く掴んだらあきまへんて……」
俺の隣に座って相槌を打っていたコトハが、一瞬びくりと震える。何故かと言うと、眠りこけているラトリアがコトハのもふもふな尻尾をしっかりと掴んでいたからだ。
一瞬の早業だった。何気なく偶々大きく揺れたコトハの尻尾を、うとうとしながら一瞬で捕まえてしまったのだから、大したものだと言わざるを得ない。
そのままコトハの尻尾をにぎにぎしたまま眠ってしまったものだから、コトハも苦笑いをするしかなかった。
「いいなぁ、俺もにぎにぎしてぇなぁ」
「ムサシはんは手付きがやらしいからダメ」
「くそ……」
「大丈夫ですか? 代わりに私のおっぱい揉みます?」
「ワタシの耳噛みますか?」
「……二人ともよぉ、いきなりへべれけモードに入ってとんでもない事口走るそのクセ何とかせーや」
俺が若干げんなりしながらそう指摘すると、リーリエとアリアは無言で酒を呷った。この野郎、聞く気無しかよ……ホントに揉むぞ? 噛むぞ??
つーか、リーリエは俺の
「ふぅ……取り敢えず、ラトリアを寝かせちまうか。このままだと体痛めちまうからな――ほっ」
俺はジョッキをテーブルに置くと、ゆっくりとラトリアの手を解き解してコトハの尻尾を解放し、物音一つ立てる事無くラトリアを抱えて立ち上がる。
二階のラトリアにあてがわれた部屋は、昨日の内に買い込んだ家具が既に設置されている。それは、リーリエ達が夕暮れ時に帰って来た時に手伝ったから分かっているんだが……まさか、日中は図書館で勉強をしていたとはな。次は絶対に起きる。
「あ、手伝う?」
「いんや、大丈夫。コトハはリーリエとアリアの相手しといてくれ――この後、ちょい話したい事がある」
「……分かった」
俺の言葉から真面目な雰囲気を感じ取ったコトハが、こくりと頷く。さて、リーリエ達には今日中に情報を伝えておこう……図書館で調べて分かった、地鳴りの情報について。
◇◆
ラトリアをベッドに寝かせて下に戻ってくると、食堂ではテーブルを囲んで談笑しているリーリエ達の姿がある。しかし、あの様子は……。
「ごめん、ムサシはん。うちには無理やった」
「そっか……よし、なら最終手段だ」
一応この結果を想定していた俺は、階段を降りた後真っ直ぐに厨房の前まで向かう。そして、カウンター越しにアリーシャさんへ声を掛けた。
「すんませんアリーシャさん、
「ああ、アレ? 一応アンタに頼まれて作っといたけど……本当に、効くのかい?」
若干懐疑的な視線を俺に向けながらも、アリーシャさんは俺が頼んでいたある物を居れた二杯のグラスをカウンターの上に置く。
「ありがとう御座います……それは、今から分かりますよ」
二っと笑ってグラスを受け取った俺は、そのまま三人が待つテーブルへと歩み寄っていく。近付いて確信した。リーリエもアリアも、全く酔いが抜けていない!
「あ、ムサシしゃん!」
「何処に行っていたんですか?」
「ラトリアを寝かせて来たんだよ……それよか、二人に飲んで欲しい
そう言って、俺はスッと二人の前に手に持っていたグラスを置く。すると、二人は中身を碌に確認もせずに口へと運んだ。
いや、こっちとしては有難いがもうちょっと警戒しようよ……その内よからぬ輩に薬でも盛られんぞ? まぁそんな事が起きそうになったら、俺の筋肉式予知でさくっと未然に防いだ上でその輩はコロコロするが。
「めずらふぃいれすね、ムサシしゃんがお酒を勧めるなんて――」
「そうですね、寧ろ初めてじゃ――」
軽い口調のままグラスの中身を一気に飲み干した二人の動きが、ピタリと止まる。やがてプルプルと体を震わせると、その顔から一気に赤みが抜けて代わりに青色が浮かび上がって来た。
「む、ムサシはん? 二人に飲ませたアレ……なに?」
「ああ、アレはな――“
昔、会社の飲み会から帰って来て次の日に二日酔いで死んでた親父に、お袋が作った奴を興味本位で飲んでみた事があったが……正直、吐くかと思った。
しかし、今回アリーシャさんに作って貰うにあたって最初の試作一号は俺が飲んでみた訳だが、普通に美味しかった。単にあの当時の俺の舌に合わなかっただけだな。
ただ、トマトケチャップはどうやら無かったらしいので、代わりに火属性を扱うドラゴンの血液を加工した激辛調味料を入れてある。そこが、元の
俺はピリッと辛くて好きな味だったが……どうやら、二人にはこの
「あ゛……がっ……!?」
「うぇっ……お゛っ、お゛ぉ゛!!」
「なんつー声、出してやがる……! あ、コトハも試しに飲んでみる?」
「ぜっっっっっったいイヤ!!!!」
ちょっとアウトな感じで呻くリーリエとアリアの様子を見て、コトハは尻尾と耳の毛を逆立てて全力で拒否する。
やべ、実際に飲む前に悪い印象を持たれちまったか……しかしコトハよ、料理を嗜む者として食わず嫌いはいかんち! 今度どうにかしてこっそり飲ませてやるからな、安心しろ!!
「っ、なんやろ急に寒気が……!」
「気の所為じゃね?」
ぶるりと体を震わせて辺りを見回すコトハに俺は適当な返事を返しながら、リーリエとアリアが悶絶地獄から帰って来るのを待った。
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