第35話 試射会

 俺が用意した三つの新しい的。それぞれ本物のドラゴンの素材を括りつけた代物なので、先程まで使っていた木で出来たヤツとは比べ物にならない強度を誇る。

 これなら、実際のドラゴン相手にぶっ放した際にどの位のダメージを与えられるかの参考にもなるだろう。


「ムサシ……いい、の?」

「ん、何がだ?」

「それ……ムサシが手に入れた、ドラゴンの素材……だよね?」

「そうだな、山分けした時の俺の取り分だが……あぁ、的なんかに使ってもいいかって事?」


 俺の問いに、ラトリアは小さく頷く。ふむ……そりゃあ確かにこれだって売ればそこそこの金にはなるし、何かを作る時の材料にも出来るだろう。

 しかし、そんなちっぽけな物にするよりもこれからも行動を共にしていくラトリアの糧にする方がよっぽど有意義な使い方では無いだろうか。少なくとも、俺はそう考えた。


「気にすんな、元々特に使う予定も無くて死蔵されてたモンだからな。ここでこうやって使うのが、俺的にはベストだと思ったんだよ。だからラトリア、心置きなくやれ」

「……わかった。じゃあ、遠慮なく」


 その返事に満足して、俺は標的の元から離れる。そして的の設置を手伝ってくれたコトハと共に皆が居る場所まで戻り、ラトリアの背後についた。


「うっし、ラトリア。俺はお前の直ぐ後ろにいるからな。なんかあってもソッコー対応すっから、安心してくれ」

「ん……ありがとう」


 俺の言葉に、ラトリアは小さく礼を返してからマジカルロッドを構える。その顔から不安の気配は感じないから、問題無しだろう。


「すみません、ムサシさん。私とコトハさんも何か素材を持ち合わせていればよかったんですけど……」

「いいよいいよ、俺の突発的な思い付きだったんだし。てか、使う予定の無い素材を持ち歩いている奴なんか普通いないっしょ」

「せやねぇ……あれ、じゃあ何でムサシはんはドラゴンの素材なんか持ち歩いとったん?」

「言われてみれば……未使用の素材を個人で保管するのは大変ですから、無料で保管してくれるギルドに預ける人が大半なのですけれども」

「え? いや出すのめんどくて入れっぱだっただけだけど」

「「「…………」」」


 俺があっけらかんと言ってのけると、リーリエ達はじとーっとした目つきで俺を見て来た。な、何だよその「このモノグサゴリラめ」って感じの目は。


「ほ、ほら! ラトリアが始めるみたいだからそっち見ろって!」

「……そうですね。今はそうしましょう」


 今は!? 今はってどういう事だリーリエ、まさか後で手荷物検査みたいな事されるんじゃ……いや、そんな事はどうでもいい。今はラトリアだ。


「ふぅー……」


 そんな俺達のやり取りなどさして気にした様子も無く、ラトリアは集中力を高めている。そして、マジカルロッドを構えたまま腰と足にグッと力を入れた。

 それに呼応するかの様に、マジカルロッドの先端が僅かに開く。【六華六葬六獄カタストロフィー】の時とは違い、全開ではなく丁度俺の指一本が通るほどの間隔だ。

 あの武器、の開閉量まで調節出来るのか……俺が感心していると、マジカルロッドの根本部分、本体と砲身のつなぎ目部分に光が収束し始めた。

 六つの属性全てが混ざった、ラトリアの混合魔力。揺らめく円形だったそれが、ひゅっと収束し――次の瞬間、目にもとまらぬ速さで射出された。


「おおっ!」


 キィン! と言う甲高い音と共に訓練場内に響く炸裂音。俺は真後ろから見ていたので、今の一瞬で起きた全てを目に収める事が出来た。

 放たれた魔力弾は、発射とほぼ同時に的に着弾した。最初にラトリアが狙ったのは鉤竜ガプテルの標的だ。

 腰だめにして撃つと言う特性上、どうしても狙いは付け辛い。俺が元居た世界に存在していたSRスナイパーライフルの様にはいかないだろうに、ラトリアは初弾で見事に命中させて見せた。

 あれだけ木製の標的をボロボロにしていたのだから、俺とアリアが戻ってくる前に既に照準の感覚は掴んでいたのだろう。

 その威力の程は……的の状態を見れば、明らかだった。


「わぁ……」

「これは、凄いですね」


 リーリエとアリアが感嘆の息を漏らした視線の先。そこにあった鉤竜ガプテルの鱗皮を巻き付けた標的は――見るも無残に、その上半分を吹き飛ばされていた。


「おー、いいじゃん!」

「この威力……普通の魔力じゃ無理やね。多分やけど、混合魔力を持つラトリアはんじゃあらへんと成立せぇへんと思うなぁ」


 確かに、コトハの言う通り単一魔力だけでこれを成し遂げるのは厳しいかもしれないな。魔力の持つ力と言う物に左程詳しくない俺ですら、そう思う……しかし、一撃か。予想以上だなこりゃ。


「……どう?」


 一発撃ち終わったラトリアが、俺の方を振り返る。それに、俺はサムズアップで応えた。


「バッチリだ、ラトリア。実物はアレの内側に筋肉やら骨やらがあるから断言は出来ねえけど、恐らく実戦で使うには十分な威力だと思うぞ」

「……よし」


 俺の出した評価に、ラトリアは小さく呟いてグリップを握る手に力を籠める。さて、後は他の二つにどの位のダメージを叩き出せるかだが……。


「ラトリアさん、魔力残量の方は?」

「全然、へいき……次、いく」


 アリアに試射の続行に問題が無い事を伝えると、ラトリアは再びマジカルロッドを構え直す。次に狙うのは、岩殻竜ヴラフォスの的か。

 ほう、と再び魔力が収束する。ラトリアの魔力操作で圧縮され、マジカルロッドを通す事で威力を底上げされた二発目の弾丸が、再び撃ち出された。

 ガァン! と岩の如き硬さを誇る外殻を砕く音が木霊する。魔力弾が命中した場所が吹き飛び、砕け散った際に出た粉塵が宙を舞った。

 これもまた、いい威力だ。しかし、先程の鉤竜ガプテルの的を吹き飛ばした時の様に大部分を消し飛ばす、とまではいかなかった様だ。


「吹っ飛んだのは、三分の一くらいか」

「そうですね。岩殻竜ヴラフォスの外殻は鉤竜ガプテルの鱗皮よりも遥かに強度がありますから、同じ様にとはいきませんよ」

「むぅ……」


 結果を見たラトリアは、小さく口を尖らせている。どうやら不服の様だが、たった一発で硬い岩殻竜ヴラフォスの外殻にあれだけダメージを与えられれば大したもんだと思うがな。

 あれ以上って言ったら、俺はコトハが魔法込みの雷桜らいおうでスパスパ斬っていた光景しか思い浮かばない。色々と初めての事をやっているラトリアにそこまで要求するのは、酷な話と言う物だろう。


「もう一回、いい?」

「んー……いや、次に行ってくれラトリア。初弾でどの位のダメージが入るのかを見たい」


 俺の言葉に、ラトリアは少し残念そうにしながらも従ってくれた。いや、これは大事な所なんだよなぁ。最初の一発で与えられる損傷度合いの把握は、その後の立ち回りに大きく関わる。継続的な戦闘を想定するなら、まず間違いなく確認しておきたい点だ。


「ふー……」


 一度大きく息を吐き出し、ラトリアはキンと視線鋭く三つ目の的へと視線を向けた。

 深い海色の瞳が見据えるのは、室内灯の光を反射しギラリと鈍く光る濃緑の外殻。さて……こいつは、今までの様にはいかないと思うぞ、ラトリア。

 そんな俺の考えに気付いたのかは分からないが、ラトリアは今までよりも少し多めの魔力を操作した……のだと、思う。砲身に集まる淡い光が、先程の二つの時と比べてちょい大きいからな。

 しかし、その圧縮作業自体は繊細その物。研ぎ澄まされた刃物の様に密度を増した魔力弾が、一瞬の強い煌めきの後……碧鋭殻竜ヴェルドラの外殻へ向けて、ブッ放された。

 直後に響く。その大きさに、思わずリーリエ達は耳を塞ぐ。撃った本人であるラトリアですら、びくりと肩を震わせていた。

 俺は微動だにせず、一部始終を見ていたのだが……ああ、

 出来れば別の結果になって欲しかった、俺の予想が外れて欲しかったと考えながら、俺はラトリアの背後から出ていき、撃ち抜かれた碧鋭殻竜ヴェルドラの外殻を括りつけた標的がへと向かう。

 ラトリアが放った魔力弾は、見事に命中した。その証拠に、標的は支柱を根元からへし折られて壁際まで吹き飛んでしまっていた。

 俺は地面に転がった標的の、僅かに折れ残った支柱を握って持ち上げる。そこに装着してあった碧鋭殻竜ヴェルドラの外殻の状態を見て、一つ息を吐いてから皆の元へ戻った。


「……どう、だった?」


 心なしか、少し不安そうに聞いてくるラトリアに俺は持っていた標的……正確に言えば、碧鋭殻竜ヴェルドラの外殻を見せた。


「見ての通り……。まぁ、そこまで都合良くはいかないわな」


 そう言って、俺は肩を竦めて見せる。

 あれ程豪快に吹っ飛ばされたと言うのに、その濃緑の外殻には傷一つ無かった。即ちあの破裂音は、ラトリアの魔力弾が砕け散った音だったのだ――さぁて、こっからどうすっかがキモだな。

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