第34話 北欧の白い死神を目指せ!

「狙撃……」


 俺の言葉を、ラトリアは小さな声で反芻する。そこで事の推移を見守っていたリーリエ達が、口を開いた。


「確かに、この方法なら魔力の消費も少なく、魔法の暴発を招く事はありません。でも、実戦で使える様な技なのでしょうか……その、狙撃と言うのは」

「そこは練習と実地試験を繰り返してそのレベルまで上げるしかない。それと、の使い分けも重要だ。あと今更何だが、このせっ……鉄砲とかって、使ってる奴っていんの?」

「鉄砲……銃ですか? ええ、居ますよ。尤も大自然の中でドラゴンを相手にするには構造的に不安が残る武器なので、使用しているのは人間を相手にする衛兵等の一部の者だけですが」


 ほう、銃自体は存在すんのね。てか、うっかり“この世界”とか口走りそうになったわ、危ねぇ危ねぇ!


「よし、なら狙撃のイメージは遠くから鉄砲で対象を撃つ感じで。ただし、使うのは鉛玉じゃなくて圧縮した高密度のだ」

「成程……して、単発式と持続式とは?」

「一発撃ち切りか、出力を維持したまま光線状にするかの違いだ。前者は魔力消費が少なく済み、最適な距離を維持すれば破壊力もキープ出来る。その気になりゃ、連射だって可能だろう……しかし、有効距離を見誤って対象と距離が離れれば離れる程威力減衰が発生する。後者は出力を維持したまま常に当て続けるから距離による減衰は無い。ラトリアがどこまで見渡せるかにもよるが、魔力の消費を度外視すればどこまでも射程を伸ばせる……だが、実際にそんな事をやれば魔力枯渇は必至だ。それじゃ意味が無い」


 そこまで説明した所で、顎に手を当て無言で考え込んでいたコトハが姿勢を変えずに口を開いた。


「……言うは易く行うは難しっていうのが、正直な感想やなぁ。実際の戦いって、うちとムサシはん前衛は勿論やけど、後衛のリーリエはん達だって結構動き回るやん? その中で、その二つを切り替えながらって言うのは……」

「そこは、まぁ――」


「やる」


 今まで俺達のやり取りを黙って聞いていたラトリアが、魔力放出を打ち切ってハッキリと宣言する。その力強い言葉に、俺達は目を丸くした。


「……いいのか? 提案しといてアレだが、これを成し遂げるならある意味魔法行使よりも繊細な魔力操作を、ドラゴンと闘いながらやる事になるぞ?」

「だいじょう、ぶ。ラトリアの周りには、すごい先生達がいるから……あとは、ラトリアの努力、しだいだと思う。その努力は、絶対に怠らない」


 確固たる眼差しのまま、ラトリアは敢然と言い切った。それは、普段のラトリアからはあまり見られない表情を伴っていて……俺は、素直に感心させられると同時に納得もした。

 消えかけていた道筋、その先が再び見えたのだ。それを見逃すつもりは無いという強い意志……なら、俺達はそれに応えにゃならんでしょうよ。


「オーケーオーケー、その意気やよし。ラトリアがそう望むなら、俺は協力を惜しまない。リーリエ達は……」


 俺がぐるりと彼女達の顔を見回すと、リーリエ達はふぅと一つ息を吐いてから俺とラトリアを見る。あれは、腹を括った者の顔だ。


「分かりました。でも、ラトリアちゃん……絶対に無理はしないって、約束して」

「ん……わかった」

「焦る必要はありません。時間は十分にありますから」

「せやね。取り敢えず、実際にクエストに出るのはこの訓練場でみっちりと練習してからやなぁ」


 リーリエ達がそう答えたって事は、これからやる事が決まったって事だ。なら、後はラトリアの習熟度合いを見ながら予定を組み立てていくって事になるな。


「よし……ラトリア、今日はどうしたい? 一旦ここで打ち切って、明日から仕切り直すか?」

「……もう少し、掴みを練習したい、かも。ムサシ達に守って貰ったから、怪我も無いし……魔力残量は、問題なしだから」

「そうか……だったら、俺は少し用意したい物がある。アリア、ギルドに行くから付き合ってくれ」

「分かりました」

「なら、うちとリーリエはんは二人が戻ってくるまでもう少しラトリアはんに魔力操作について詳しく教えとこか」

「そうですね。ムサシさんが用意したい物って言うのが何かは分りませんけれど、宜しくお願いします」

「任された」


 小さく頭を下げたリーリエに、俺はグッと親指を立ててサムズアップをする。さて、じゃあ一旦ここを出てギルド内の訓練場に行こう……多分、俺が欲しがっているものがあるとするならそこだ。


 ◇◆


 俺が欲しかった物は、比較的簡単に手に入った。それを貰い受ける為の手続きをアリアが終わすのを待ってから、二人で魔法訓練場へと戻り地下へと足を進めていた。


「いやー、ちゃんとあって良かった良かった」

「廃棄する直前でしたから、危ない所ではありました……しかし、使い古した標的板の支柱なんて一体何に使うんです?」


 ウキウキ気分の俺の隣を歩くアリアが、俺の腕に抱えられた三本の木……訓練で使うドラゴンのシルエットを模した木板を支える為の柱を見ながら怪訝な顔で問うた。


「いやなに、魔法訓練場にあった標的って、あの鉤竜ガプテルを模した奴だけだっただろ? 正直、あれだけじゃなんだよ」

「力不足、ですか」

「ああ。確かに形や大きさは再現出来てるが、本物はあんな風に止まったままでも無けりゃ、木で出来てる訳でも無い。だから、質感を出来るだけ本物に近い標的を用意してやりたいと思ってな。流石に動かすのは無理だが……おーい、帰ったぞ」


 俺は片手で木を抱えたまま、訓練場内へと通じる扉を開ける。その瞬間、場内から“バンッ!”と言う何かが弾ける音が聞こえて来た。

 視線を向ければ、そこには非訓練エリアでは無く訓練エリアにマジカルロッドを腰溜めに構えたラトリアと、その両サイドに立って何か話し掛けているリーリエとコトハの姿があった。


「あ、二人ともお帰りなさい」

「おう、帰ったけど……まさか、もう撃てる様になったのか!?」

「せやね。うち等はムサシはんが考えた手法を実践する為に必要な魔力操作をより効率的にやれるように少し教えてただけやけど……」

「ラトリアちゃん、凄いんですよ! 魔力収束のコツをちょっと教えただけなのに、そこから直ぐに応用して実際に使って見せたんです!」

「まだ、ちょっと触りを確認しただけ……だよ」


 そう謙遜するラトリアだが、その顔には僅かな照れと喜びが映っていた。マジかよ、その辺りのイメージも新ためて伝える必要があると考えていたが、もうクリアしているなら次の段階にいけるな。


「いいねぇ。その試し撃ちの結果が、アレか」


 俺がそう言って視線を向けた先。そこにあったのは、最早原型を留めていない鉤竜ガプテル型の標的だった。その後ろの金属製の壁には、貫通した際に出来たと思われる痕が幾つも出来上がっていた。


「最初の何発かは外れとったけど、回数を重ねるうちにどんどん精度が上がっとったね」

「それは凄いですね。ラトリアさんの武器はワタシが使っていた弓に比べれば、正確な狙い撃ちに適した形とはあまり言えません。それでもこの距離であれだけ当てられるなら、大したものです」


 へぇ、アリアがスレイヤーやってた時に使ってた武器は弓なのか。今度、構えてる姿でも見せて貰おうかな。


「でも、もう標的がボロボロなんですよね……そう言えば、ムサシさん達は結局ギルドに何を探しに行ったんですか?」

「おおっとそうだった、何も伝えていなかったな。俺が探していたのはこの使い古された標的の支柱さ。あの鉤竜ガプテルの標的が使えなくなっているなら、逆に都合がいい……ちょっと待ってろ」


 俺は小脇に抱えた三本の木柱をポンポンと手で叩きながら、訓練場の奥へと歩いて行く。そして役目を終えた標的を地面から引き抜いて、代わりに持って来た木柱を間隔を開けて三本、地面に突き立てた。リーリエ達は、その様子を不思議そうな目で見ていた。

 標的代わりに使う、ってのは察していると思う。だが、このまま使う訳じゃない。俺はマジックポーチをごそごそと漁って、ある物を取り出した。


「えっ、それって……」

「ドラゴンの、素材?」


 俺が出した物の正体に、リーリエとアリアが気付いた。コトハは、更にその先で俺がやろうとしている事にも気付いたようだった。


「ムサシはん、手伝う?」

「お、頼むわ。ちょい素材支えといてくれ、ロープで支柱に巻き付けるから」

「はいはい」


 俺の傍に寄って来たコトハが、取り出されたドラゴンの素材を柱に当てながらしっかりと持つ。先ずは、最初に取り出した鉤竜ガプテルの鱗が付いたままの皮を最初の一本に取り付けた。

 次に取り出したのは、いつぞやの時にコトハに討伐して貰った岩殻竜ヴラフォスの外殻だ。そこまで大きくカットされている訳では無いとは言え、それでもその性質上中々に重い。俺も片手で一部を支えながら、手早くロープで巻いていった。

 そして最後に取り出した素材……それは俺の因縁の相手でもある、碧鋭殻竜ヴェルドラの外殻の一部だ。記念に手元に残していた奴だが、こういう時に使わないのは逆に勿体ない。時間が経過しても尚その濃緑の輝きを失わないそれも、支柱へとしっかり固定した。

 これで、準備はオッケー。俺はパンパンと手を叩いてから、リーリエとアリアとラトリアが居る方を振り向いた。


「よし、これで完成だ。簡易的ではあるが、ドラゴンが実際に身に纏っているを使った標的だ……さっきの木製の奴よりは、いい感じに感触を掴めると思うぜ?」


 俺はそう言ってニッと笑う。リーリエとアリアは納得した様な表情を作り、ラトリアはきゅっと口を引き結んで、マジカルロッドを握り締める手に力を入れ直した。

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