第28話 掴んだ手掛かり
ぞぞっ、と背筋を駆け抜けた感覚に、俺は一瞬身震いをした。
「うぅっ、何だ? 誰かが噂でもしてんのかね……んな訳無いか」
ブチかましかけたくしゃみを何とか堪え、気を取り直して俺は木で出来た重厚な書架を漁る。
司書さんに貰った案内図を頼り、目的の本がある場所に辿り着いた……までは良かった。問題はそこからだ。
調べるジャンルは絞れた。しかし、その中からどんな本をチョイスすればいいのかが分からねぇ!! ドラゴンに関する本はまぁいいとして、ガチで悩むのは地質学の本だ。
一口に地質学と言っても、この書架に並んでいる本を見る限りその種類……と言うか、分野はかなり多い。
「
仕切りでそれぞれの分野に綺麗に区切られている膨大な量の書物を前に、俺の頭は完全にこんがらがっていた。
大学に入る一歩手前でこの世界に飛ばされた身としては、正直何が違うのか良く分からん。唯でさえ脳筋化してるのに、そこにコレでは流石に厳しいぞ……。
「多分、司書さんは俺が“地質学”って単語出した時に当然分野が沢山分かれてる事も知ってるって思ってたんだろうが……」
すまぬ、司書さん。俺はそこまで考えていなかったみたいだ……それはそれとして、ホントどうすっかなコレ。
俺は顎に手を当てながら、再度じっくりと書架を見渡す。仕草は出来るだけ理知的に見せているつもりだが、その実頭の中は絶賛稼働中のドラム式洗濯機みたく掻き回され、考えが全く纏まっていない状態だ。ダメ人間ですね、はい。
「うーん……やめた!!」
暫く考え込む素振りをしていた俺だが、パチンとその無駄な思考を打ち切る。これ以上やってもまるで埒があかない……となれば、だ。
「
小さく呟き、俺は辺りに人の影が無い事を確認してスッと瞳を閉じた。バラけていた思考をかき集め、感覚を研ぎ澄まして無意味な雑念を削り取っていく。
そうすると、周囲から音が消えた……そう、これでいい。考えても分からないのなら、目的を遂行しようとする己の本能で
おおよそ、図書館と言う場でやる行為では無い。しかし、無音無光の地平線の先に――俺は、一つの光を確かに見つけた。
「――
その光を見つけた瞬間、俺は音も無くその光へと腕を奔らせる。パシッ、と小さく軽い音が耳に届いた所で、俺はゆっくりと目を開けた。
手にしたのは、一冊の本。その題名に、俺は視線を落とす。
「……
◇◆
二階にある歴史資料室。その中にあった、相変わらず資料が山積みされている机に、俺は一階で集めた書物をどさっと置いた。
「こんなモンかね……さて、と」
パチン、と両頬を手で叩いて気合いを入れる。こっから先は座学だ、昔の俺ならまぁそこそこ大丈夫だったが、今の俺だと相当根気がいる作業の筈だ。
ぐりぐりと肩を回して備え付きの椅子に腰を掛け――。
ビキリッ!
「……た、立ってやるか。うん、それがいい」
明らかに
「
そう一人口にしながら、表紙を開いて前書きと目次を読んでみる。どうやら、ドラゴンを起因とする地質、地形の変化について纏めた書物の様だ。
ぶっちゃけ、地面や地形に影響を与えるドラゴンと言うのは多い。この間討伐したカルブクルスだって、鉱石を食い進めている内に鉱山一つ食い潰して地図から消しちまう事があるくらいだし。
あと、地面の中を大型種の体格で泳ぐ奴だっている。その手の連中は、移動するだけで地面の中を掻き回す訳だからなぁ。
「どうせなら、地震学の本も持ってくりゃ良かったかな……ん?」
パラパラと読み進めていた時、俺の手があるページを開いた所でピタリと止まる。そこに書いてあった章題は……。
「“ドラゴンが地表から与える影響、それに伴い発生する大地の鳴動と地盤の変化について”……コイツかな?」
止めた手を再び動かし、俺は可能な限り集中して内容を読み進めてみた。
別に、全てを理解する必要は無い。そもそもこの手の類の本を読むのに必要な前知識が無いのだから、全部を解き解して頭に吸収させるなんて土台無理な話なのだ。
だから、狭く深く読み込むのではなく、広く浅く読み進める。俺としては、≪ジェリゾ鉱山≫で遭遇したあの地鳴りの正体、それに近付けるヒントみたいな物が見つかればそれで十分なのだから。
「“超重量・超体積を伴うドラゴンの移動によって、稀に広範囲に渡って非常に独特な大地の鳴動が発生する場合がある。ドラゴンの動きによって生じた衝撃から生じるので、断層等が破壊されてしまうケースも確認されている。それが原因とみられる地盤沈下、山岳地帯における土砂災害等も――”……あーもう! 分かった分かった、もういいよ!!」
プシュッ、バシュッ! とオーバーヒートを起こし始めた脳を守る為に、俺はパンッと本を閉じた。
要は、クソ重くてクソデカいドラゴンの所為でめっちゃ広い範囲であの時みたいな地鳴りが起こる時があるって事やろ? “非常に独特な”っても書いてあるし、アレはほぼドラゴンの力によって発生したって事でいいんじゃないかな!
「問題は、一体何処のどいつが引き起こしたのかって事だが……」
俺は手に持っていた
以前リーリエに勧められ読んだ
「デケぇ奴ってぇと
全てのドラゴンの項目に増補前よりも鮮明な絵が載っているので、非常に読み易い。平均的な体長や体高、体重や生態がより詳細に書いてあるし……面白いな。
「へぇ、寿命通りに生きれば百年超える奴も沢山いんのか……それに合わせて、身体もデカくなると。でも、殆どは途中で食われたり討伐されたりしちまうんだろうな――」
うんうんと頷きながら独り言を呟いていた時、ピンッ! と俺の頭に反応があった。凄く珍しい事だが、今は僅かな閃き見逃せない。
「もし何事も無く、
バッ、と俺は歴史資料室の書架に目を向ける。
「過去に起きた
資料を傷付けない様に書架を漁りながら、ブツブツと呟く。やべ、今の俺めっちゃ集中してるかも……そんな俺の頑張りに応える様に、ある一冊の紐で綴じられた古めかしい書物が視界に現れた。
これだ――理屈では無い、本能で解を見出した俺は迷い無くそれを手に取る。被っていたほこりをフッと吹き払えば、シンプルにタイトルのみで構成された表紙が現れた。
「――“太古の巨竜”」
◇◆
歴史資料室を後にした俺は、小走りで一階へと通じる階段を降りる。そして受付へ行くと、あの司書さんが座っている窓口へ一直線に向かって、その目の前に一冊の本を差し出した。
「すんません、これ借りたいんですけど」
「あっ、ムサシさん……見つかったんですか?」
「えぇ、まぁそれなりには」
「“太古の巨竜”……歴史書、ですね。そうしましたら、館外持ち出しの為の手続きを行いましょう」
「うっす、お願いしま――」
――ギュルルル――
「……あの」
その情けない音を聞いた司書さんが、困惑した表情になる。マジかよ、何もこんなタイミングで鳴らなくてもいいじゃんか!
「いや、久し振りに頭使ったんでその……カロリーを予想以上に消費してですね」
「つまり……お腹が、空いたと」
「お恥ずかしい限りです……」
「……こちらの書類に、記入をお願いします。あと、少々お待ちを」
何かを思いついたのか、手続きに必要な書類を俺の手元に残し、司書さんはバックヤードへと消えていった。はて、一体何をするつもりなのか……とりま、書類の方を書いちまおう。パッパと終わらせて、飯が食いたいよ……。
空腹の雄叫びを我慢しながら、俺は手早く書類にペンを奔らせる。雑な字で書き進めれば、あっという間に終わりが見えた。
「……お待たせ、しました」
「あ、丁度こっちも書き終わりました――何ですか、それ」
パッと書類から顔を上げればそこには相変わらず目元を隠した司書さんの姿。その手には……木を丁寧に編み込んだ、小さめのバスケットがあった。
「えっと……昼食として買った、サンドイッチが入っていますので……よければどうぞ」
「えっ!? いや、嬉しいですけど流石に申し訳ないっすよ! だってそれ、俺じゃなくて司書さんが食べる奴ですよね?」
「いえ……今日は、図書館の方で昼食が出るのを忘れていたので……食べきれ、ないんです。ですので……どうぞ」
「そ、そうなんすか……じゃあ、遠慮なく」
ずいっと差し出されたバスケットを、俺は若干困惑しながら受け取る。アレだな、この司書さん結構グイグイ来るタイプなのか? いや有難いけれども、ちょっと意外だ。
「バスケットは……後で、図書館の方に返却して貰えれば、わたしの方で回収します」
そう言って、俺の書いた書類の確認に入る司書さん。その姿と手渡されたバスケットを交互に見比べている内に、どうやらチェックが終わった様だ。
「はい……大丈夫です。貸出期限は一週間ですので、その間に返却をお願いします」
「分かりました。これの礼は、いつか必ず」
「いえ、お気になさらないで下さい……」
「そうはいかないっすよ、俺が納得出来ないんで。取り敢えず、今日はここで失礼します」
「……はい。またのご利用、お待ちしております」
やる事が全て終わった所で、俺達はお互いにペコリと頭を下げて分かれる。俺は真っ直ぐ出口へと向かい、青空の下へと舞い戻った。
「よっしゃ、したらばギルドに向かってリーリエ達と合流するか……」
カチカチとこれからの予定を組み上げていた俺だが、空腹の影響かどうしてもバスケットの中身が気になる。遂には我慢出来なくなり、歩きながらそっと蓋を開けてみた。
そこにあったのは、確かにサンドイッチだった。綺麗に三角形に切り揃えられ、具の種類も多い……だ、駄目だ。こんなの見たらもう我慢出来なーい!
小脇に抱えていた書物をいつも持ち歩いているマジックポーチに入れて、俺はバスケットの中に手を突っ込む。歩きながらで非常に行儀が悪いが、そんな事知らん! こっちは腹減っとるんじゃ!!
そうしてしゅぱっと取り出したのは、卵が具のサンドイッチ。周りの目など気にせず、俺はそれを一口で口の中に収め、もさもさと噛み締めた。
「……ウマっ! マジかよ、何処で売ってんだろこのサンドイッチ」
予想以上の味だったサンドイッチを頬張りながら、俺は前へと進む。今度来た時にでも店を教えて貰おう、そうしよう。
「あっ、そう言えば俺あの司書さんの名前聞いてねぇや……今度聞こう」
二つ目のサンドイッチに手を伸ばしながら、俺はぼんやりとそんな事を考えていたのだった。
「あれ、いつもの弁当はどうしたのよ?」
「……もう、全部食べました」
「嘘ぉ!? しまった……あんたの
「……先輩は、もう少し自炊する事を覚えて下さい」
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