第29話 魔法を練習しよう!

【Side:リーリエ】


 ギルドには屋外に面した訓練場がある。しかしそれとは別にもう一か所、ギルドの建物に併設される形で存在する魔法専用の訓練場が設置されている建物があった。その屋内の地下にある実際に魔法の行使を行う場所に、私達は居た。

 魔法の練習とは、ある意味近接戦闘の訓練よりも危険である。何故なら、使う魔法によっては近接職が叩き出す火力を大きく上回る場合があるからだ。

 それをギルドの屋外訓練場で使用した場合、それを起因とする事故が万が一起きた際に辺りに甚大な被害が発生する恐れがある。なので、こうして専用の場所が用意されているのだ。

 地下にある訓練場内は、頑丈な外殻を持つドラゴンの素材を精錬して作った建材で地面以外の壁と天井を余す所無く補強しているので、この中であれば何かが起きても余程の事でない限りは周りの民家等を巻き込む事は無い。

 建造にかかるコストはギルドの本館よりも遥かに高いと言われているけれど、安全の為ならば致し方ない出費だと思う。


「さて……そうしましたら早速やってみましょうか、ラトリアさん」

「ん……わかった」


 アリアさんに促されて、ラトリアちゃんは頷いてから……ま、マジカルロッドを構える。その口はへの字に結ばれ、明らかに緊張しているのが分かった。


「ラトリアちゃん、肩の力を抜いて。力み過ぎると、魔力の流れも乱れるから」


 私はそう声を掛け、後ろからその小さな肩をポンポンと叩く。そうすると、ガチガチに固まっていたラトリアちゃんの体から徐々に不要な力が抜けていった。


「うん、そうそう。基本はさっき私達が教えた通りだけど、ちゃんと覚えてるかな?」

「ん……“魔力操作”、“魔法陣構築”、“詠唱”。このステップを、丁寧に踏む」


 ラトリアちゃんが一言一言噛み締める様に口にしたのを見て、私はこくりと頷く。

 一口に魔法の行使と言っても、今ラトリアちゃんが口にした前段階無しに使える魔法など存在しない。だから、魔法を扱うには基本の三ステップをきっちりと行う必要があるのだ。

 最初にやるのは、今から自分が使おうとしている魔法に必要な属性の魔力、それを体内できちんと操作・制御する事。これを行わないと、魔力が不安定なまま次の段階に踏み込む事になり、結果魔法陣への過剰な魔力の流入等が起こってしまう。

 魔法の暴発や魔力枯渇等を引き起こさない様にする為にも、この魔力操作はきっちり行わなければならない。

 二つ目は、魔法陣の構築。第一段階の魔力操作をクリアしたなら、次は魔法の発動に必須の魔法陣を組まなければならない。制御している魔力を使い頭の中で必要な陣を組み上げ、それを実際に顕現させる。

 予め本等から、知識として頭に入れた魔法陣の見本をなぞる様にして行えばいいのだが、この時陣に書き込む魔法文字を雑にしてしまうと魔法自体の効果に大きく影響が出てしまうので、集中して綺麗に描くのがコツだ。

 そして三つ目、最終段階の詠唱。詠唱は、先の二段階で組み上げた魔法を発動させる為の引き金トリガーである。言葉に乗せた魔力で魔法陣にし、初めて魔法が実体を以って現れるのだ。

 昔、とある魔導士ウィザードがこの“詠唱”をカットし、無詠唱で行使出来る魔法の開発を行った記録がある……しかし、その計画は直ぐに頓挫してしまった。

 理由は単純。詠唱無しで魔法を発動させようと思考錯誤をした訳だが、何回やっても構築した魔法が陣から離れた瞬間に、たちまち霧散してしまったからだ。

 記録によれば、魔法の理論が出来上がったのはムサシさんの武器である金重かねしげを作り出した古代文明が繁栄していた時代だったと言われている。遥か古に作り出された魔法の基礎理論、それを変えようとする試みは、遂に叶わなかった訳だ。

 しかし、近代を生きる魔導士ウィザードだってただでは起きない。詠唱を省略する事は出来なかったが、詠唱のには成功したのだ。

 昔の魔法は、今使われている魔法よりも遥かに長い詠唱が必要だったらしい。それを出来るだけ短く、尚且つ引き金トリガーでとしての効果を損なわない様に改良する事が出来たのだ。これによって、魔法の実用性は大きく向上する事になる。

 それを成し遂げたのもまた、無詠唱で行使する魔法の研究に取り組んだ魔導士ウィザードだった。後に彼は大魔導士アークウィザードとなり、後世に名を遺している。

 ……少し話が逸れたけど、兎に角この三ステップを先ずはこなせる様にならなければならない。一度成功させる事が出来れば、後は反復練習あるのみ。

 何度も繰り返せば、意識せずとも流れる様にこの一連の工程を行えるようになる筈だ。そこで漸く、で使えるレベルに達するのである。


「えっと……今から使うのは、【火炎フラーガ】でいいんだよ、ね?」


 一度マジカルロッドの先端を地面へと落とし、確認する様にラトリアちゃんが聞いてきた。


「そうだね。【火炎フラーガ】は火属性の基本魔法のうちの一つだから、そこまで難易度も高くないから」

「必要な陣も単純な物ですから、【六華六葬六獄カタストロフィー】以外の魔法を初めて使うラトリアさんでも安全に試せるかと」

「せやね。ラトリアはんは六曜を宿せし者エクサルファーやから他にも五属性扱える訳やから、この魔法を成功させたら他の属性の基本魔法にも少しづつ手を出していくって感じでええんとちゃうかな」

「わかった……」


 ふぅ、と一つ息を吐いてから、ラトリアちゃんは改めてマジカルロッドを構え直した。視線の先には、鉤竜ガプテルのシルエットを模した木製の標的がある。

 昨日の段階で【六華六葬六獄カタストロフィー】を使った時のを組み込むかどうか迷ったが、ラトリアちゃん曰く「たぶん必要ない」との事。なので、あれは六属性混合魔法である【六華六葬六獄カタストロフィー】を使う時にのみ必要な物だと判断し、今回は通常通りの手順を踏む方針で行く事にした。

 最初はラトリアちゃんにとっての魔導杖ワンドであるマジカルロッド無しで行うべきかと言う話になった。

 しかし、コトハさんがそれに待ったをかけた。理由としては、ラトリアちゃんの魔力測定時の暴走を見た時と、カルブクルスの討伐時に【六華六葬六獄カタストロフィー】を行使した時の状態を比較して、ラトリアちゃんはマジカルロッドを介した方が安定して魔法を扱えると考えたからだそうだ。

 言われてみれば、確かにそうだった。【六華六葬六獄カタストロフィー】を使った時は、測定時の様にあちこちに魔力が撒き散らされる様な事は無く、ただ一点に美しく魔力が収束していた。

 本来、魔導杖ワンドと言うのは魔法の効果を大幅に底上げするのが主目的の道具だが、ラトリアちゃんのマジカルロッドはそこに“魔法の安定化”と言う機能も備わっているのかもしれない。

 幾ら周りが頑丈な壁に囲まれているからと言っても絶対は無いのだ、用心に越した事は無い。マジカルロッドの使用で当然威力が上がる訳だが、【火炎フラーガ】は低威力の初級魔法なので、力を入れず自然と魔力が絞られれば、過剰な威力による事故も起こらない筈だ。

 以上を踏まえて、私とアリアさん、ラトリアちゃんも納得し今はマジカルロッドを装備した上で練習を行おうとしていたのだった。


「……やる」


 一言そう言ってから、ラトリアちゃんは静かに目を閉じる。同時に私が注視すれば、、ラトリアちゃんの体内で赤色の魔力が丁寧に練られていくのが分かった。

 そこで改めて、私はラトリアちゃんの凄さを垣間見た……が、見えない。

 やはり六曜を宿せし者エクサルファーと言うだけあって、魔力の保有量も尋常では無いのだろう。あの小さな体に蓄えられている魔力総量には、私達三人の魔力を全部足しても足元にも及ばない。

 だからこそ、【六華六葬六獄カタストロフィー】以外の魔法を覚える必要があるのだ。アレはその底無しの魔力ですら全て吸い出してしまう諸刃の剣。

 一発しか撃てないハイリスクな魔法とは別に、大幅に威力が下がっても魔力枯渇を引き起こさずに何度も使える魔法を段階的に習得していけば、リスクを冒さない選択肢が増えるから。


「……今の所、順調ですね」


 様子を見守っていたアリアさんが呟き、私とコトハさんも頷く事によって同意する。

 ラトリアちゃんは私達が教えた事を忠実に守り、六属性の内から火属性の魔力のみを引き出し、それを集中してキレイに操作していた。

 やがて魔力の流れが均一になり、マジカルロッドの先端に赤い魔法陣が出来上がる。その大きさは【六華六葬六獄カタストロフィー】の魔法陣よりも遥かに小さく、きちんと魔力を絞る事も出来ている様だった。


「この分なら、大丈夫そうやね」

「そうですね……来ます」


 ラトリアちゃんの目がゆっくりと開かれたのを見て、私は一先ず安心した。魔力の乱れも無く、魔法陣も綺麗に作られている。これで残すは詠唱のみ――。



 ――――



 ホッと一息吐こうとした瞬間、私の全身を突如凄まじい悪寒が駆け巡る。反射的に私はラトリアちゃんの魔力の流れ、その深部を視た。

 そこで、私は信じられない事が起きているのに気が付いた。ラトリアちゃんが操作している火属性の魔力……それが流し込まれている魔法陣が今まさに炎を吐きだそうとしたその時、大人しかった他の五属性が突如のだ。


「っ!?」


 ラトリアちゃんの瞳が、突然の事態に驚愕の色を浮かべる。やはりと言うべきか、アレはラトリアちゃんの意思による物じゃないらしい。

 閉じていたマジカルロッドの先端が、ギギギと嫌な音を立て開かれていく……いけない、あの魔力達はラトリアちゃんの制御下には無い!


「ラトリアちゃんッ、魔力を切って!!」


 一番早く動けたのは、より深くまで魔力の流れを見守っていた私だった。異変を察知し走り出した私の絶叫を聞いた瞬間、ラトリアちゃんは咄嗟に魔力の供給を絶つ。

 しかし、流れ出た分の魔力はそのまま展開されていた陣まで行き渡ってしまった。突然多数のが混入した【火炎フラーガ】の魔法陣はその形を崩し、代わりに出来上がったのは荒れ狂う魔力の塊。

 退路の無いその魔力が行きつく先は――暴走による、爆発だ。


「くっ!」


 私は咄嗟に魔導杖ワンドを背中から抜き放ち、ラトリアちゃんに【防壁展開プロテクション】を――駄目だ、遅い!

 魔法の展開が間に合わないと悟った私は、手にした魔導杖ワンドを投げ捨て半ば跳び付く様にしてラトリアちゃんの体を抱え込み、暴走した魔力との間に自分の体を差し込む。

 マジカルロッドがその小さな手から離れると同時に、背中に熱を感じた……これは、ちょっと痛いじゃ済まないかも。


「――――!?」

「――――ッ!!」


 遠くから、アリアさんとコトハさんが何かを叫ぶ声が聞こえる。しかし、何と言っているかは分からない……私は腕の中に納まり、怯えた表情を浮かべたラトリアちゃんを少しでも安心させる為に小さく微笑み、襲い来る衝撃に身を備え――。




「――ぃよいしょぉッッ!!」




 ひゅう、と空間を風が流れたと同時に響いた低い声。それを聞いた瞬間、私は自分達を襲おうとした全ての災禍が消え去った事をした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます