第27話 図書館と司書さん

 カルブクルスの討伐、≪ジェリゾ鉱山≫の解放クエストを完了し、一日休業日を挟んだ次の日。俺の姿は、おおよそこの見てくれに似合わない場所――図書館にあった。

 今日は、リーリエ達とは別行動である。向こうはギルドでラトリアの魔法指導に当たっており、俺は俺で調べ物をする為にこの本の山へと足を運んだのだ。

 目的は、≪ジェリゾ鉱山≫での地鳴りについての個人的調査だ。これに関しては、一昨日アリアには説明し損ねていたので今日の朝伝えて来た。これで、今日うちのメンツがそれぞれどう言う目的で動くかを共有出来たので、そこは問題無し。

 本当は昨日からやるつもりだったが、リーリエ達に「それじゃ休業日の意味ねーだろハゲ」的な事を言われて叱られたので、休み明けの今日に持ち越したって訳だ。

 ……いや、別にそこまで酷くは言われてないよ? ちょっと盛ったわ。あとハゲてない、フサフサだ。


「むぅ……」


 そんな俺は、先程から図書館の中をうろうろとしていた。

 意気揚々とやって来たのはいいが……ぶっちゃけどう言ったアプローチで調べればいいのか分からん! 脳みそが筋肉に進化してしまった俺の頭からは、遠い昔の学生時分の要領が失われてしまったのか……いや、でも変な所で頭が回る時もあるし、パッとその場で必要な記憶が引き出されたりするからそこまでアホにはなってない筈なんだが。

 


「あの……何の本を、お探しですか?」

 


 そんな具合で考えあぐねていると、ふっとか細い声が俺を呼び止めた。

 おっと、ついに見かねた誰かが声を掛けて来た様だ。まぁこのままだと全く状況が進まないから、この際手伝って貰うか何かした方が良いかも。


「ああ、すいません。実はちょっと調べ物を……」


 声の主に視線を向けると――そこに立っていたのは一人の黒髪の女性だった。身長は大体リーリエと同じ位、年齢としは……下だろうな、うん。

 きちっとした紺の制服で身を包んでいる辺り、恐らくこの図書館の職員……てか、司書さんかな?

 顔は目元が髪で隠れており一瞬誰か分からなかったが、その声で俺の記憶にピンと引っ掛かった人物が居た。


「あれ、もしかして前に資料室借りた時の受付の方?」

「はい……お久しぶりです」


 パチン、と俺が指を鳴らすと女性はぺこりと頭を下げてきた。何だ、筋肉で出来た脳ミソの記憶力も案外馬鹿には出来ねぇな。

 しかし成程、以前俺と話した事があるのなら声を掛けて来れるのも可能だろう。ぶっちゃけ、初対面で俺に堂々と話し掛けられる人間なんて、リーリエ達や一部の知り合いを除いて極僅かだし。


「いやぁ、あの時はお世話になりました」

「いえ……仕事ですから」


 そう話す声は、相変わらず細い。そこで俺は、ある違和感を覚える。正体は間違い無くあの受付のお姉さんだが、何と言うか……。


「……あの、前に会った時ってもっと大きな声で話してませんでしたっけ?」

「あ、あの時は突然の事だったので思わず……普段は、こんな感じです」

「ああ、そう言う事ですか。てか、そもそもここ図書館ですしそんな大きな声で話せないっすよね」

「はい……それで、何か本をお探しですか?」


 おっと、そうだった。つい世間話に花を咲かせそうになったが、今回の目的はそうじゃない。頭を切り替えよう。

 ……つっても、何て言って説明すりゃいいんだ? 素直に調べたい内容を話す……のが、手っ取り早いか。


「えっとっすね……とある場所で遭遇した“地鳴り”についてちょっと調べたいんですけど、それってやっぱ地質学とかですかね?」

「地鳴り……ですか。はい、確かにそれなら地質関係の書物をご覧になってみるのが良いかと思います。それとドラゴンに関する書物と、歴史書も」

「歴史書?」


 俺の疑問に、司書さんはこくりと頷く。はて、地質学はまぁ必須だろう。ドラゴンに関しても、結構環境に影響を与える奴が居たりするから必要だと思う……しかし、歴史書は何だ?


「歴史書には、昔にあった出来事が記されています。それには、当時に起こった災害……地震などに関する記述や、それに関わったドラゴンの事なども書いてあるので、もしかしたらムサシ様のお役に立つかもしれません」

「おぉ! 確かにそうっすね……じゃあ、その三種類の書物って何処にありますか?」

「えっと……こちらを」


 俺の問いに、司書さんは予め用意していたらしい一枚の紙を広げる。横合いから視線を落とせば、それはどうやらこの図書館内の案内図の様だった。


「地質学に関係する書物は、ここから少し離れたこの場所に。ドラゴンについての書物は、ここ。歴史書に関しては、以前ご利用されていた二階の歴史資料室にあります」

「へぇ、成程ね……」

「……っ」


 俺が司書さんの言葉に頷きながら案内図に顔を近付け、書物がある場所を頭に叩き込んでいると、不意にびくりと司書さんの肩が微かに跳ねた。


「あ、すんません。顔近かったっすね」

「い、いえ……こちらの案内図は、差し上げます。書物に関しては、読み終わりましたら最後に全て元の場所に返却をお願い致します。館外への持ち出しをご希望される際は、受付で許可を取って下さい」

「分かりました。有難う御座います、何から何まで」

「いえ……仕事、ですから。本当なら、直接案内をさせて頂きたい所なんですが……」

「あぁ、そこまでして貰わなくても大丈夫ですよ。他の人だっている結構いる訳ですし、受付業務もあるんですよね?」

「……はい」

「なら、そっち優先で。こっちはこっちで後は適当に調べさせて貰いますから……ホント、助かりました。有難う御座います。じゃっ!」


 これ以上司書さんを拘束する訳にもいかない。俺はピッと手を上げて、司書さん背を向けてその場を後にする……と、その前に。


「ああ、最後に一つ」

「え?」


 歩いている途中でピタリと足を止めてくるりと振り返った俺に、司書さんは怪訝な顔を……しているのかは分からないが、取り敢えず伝えておこう。


「“様”は無しでお願いします。そんな仰々しい呼ばれ方は慣れてないんで……前みたく“さん”で構いませんよ」


 それだけを言い残し、俺は手をひらひらと振って今度こそその場を後にする。先ずは一階で集められる書物を必要な分持ち出して、二階の歴史資料室で纏めてじっくりと読ませて貰おう。



 ◇◆◇◆



【Side:司書さん】


 その大きな背中が遠ざかり、書架の間に消えていくのをぼーっと見ていた時、不意にわたしの肩にストンと腕が置かれた。


「わっ……」

「お疲れ、案内ありがとね」


 そう言って話し掛けてきたのは、わたしの先輩に当たる女性司書だ。先輩は、ムサシ……さんが歩いて行った方向とわたしの顔を交互に見ながら、ニヤニヤとした笑みを作る。


「ふーん……あんた、結構勇気あるわねぇ。ちょっとイメージ変わったかも」

「な、何の事です……?」

「ほほーん、とぼけよるかこの子は……でも、ホント助かったわ。こんな事言っちゃあれだけど、やっぱりあの人の見た目を怖がっちゃってこっちに近付けないでいた利用者の人達がいたから」

「……仕事、ですから」


 ふい、と先輩の顔から視線を逸らし、わたしは再び前を見つめる。

 ……確かに、あの人はちょっと怖い見た目をしているかもしれない。でも、以前ちょっと話した時も思ったけど、中身はそこまでじゃない……と、思う。今話していた時も、別段怖くはなかったし。


「仕事って言ったって、多分この図書館であの人にさっと話し掛けられるの何て、あんたと館長位だと思うけど」

「そう、でしょうか……」

「少なくとも、あたしは無理ね。熊みたいだし」

「……可愛いじゃないですか、くまさん」

「あんたが想像してるのはぬいぐるみの方でしょう……あたしが言ってるのは、本物の方よ」


 呆れた様に言いながら、先輩はわたしの肩から腕をどけて自分の腰に手を当てる。ふぅーと一つ息を吐いてから、再び口を開いた。


「ま、頑張りなさいな。あの人、あれでいてモテ男だから」

「……っ!? な、何の話ですか!?」

「だって、自分の周りに何人も美人を侍らせてる人よ? 今から狙うにしては、倍率高いんじなぁい?」

「だっ、だから何の話ですかっ! 別に、わたしはっ――」

「お、おバカ! 声が大きいわよ!」


 思わず声が大きくなったわたしの口を、先輩が慌てて塞ぐ。しまった、司書にあるまじき事をやってしまった。

 自分の行いを後悔しながら、もごもごと呻いて居た時……不意に、先程まであの人とのやり取りの中にあったワンシーンが頭の中に蘇った。



 ――へぇ、成程ね――



 何の気なく耳元で囁かれた短い言葉。低く沁み込んで来るようなその声を聞いた時、思わずドキリとしてしまったのを覚えている。


(……いい声、だったなぁ)


 ゾクリとする様なあの人の声。思い返せば返す程、頬が徐々に熱を帯び始めたと感じたのは……きっと、わたしの気のせいだろう。

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