第13話 出陣

赤晶鉱殻竜せきしょうこうかくりゅう】カルブクルス――主に山岳地帯を生息地域とする大型種のドラゴンだ。

 骨格はヴェルドラ等と同じ二足型。その厳つい顔つきとは裏腹に、食性は肉食では無い。主食としているのは、だ。

 俺とリーリエが出会って間もない頃に討伐したクラークス変異種とは違い、コイツは生まれた時から鉱物しか食べない。

 硬い鉱物を削り取る為に、口周りの外殻がそのまま大顎の様に発達し、その内側には抉り取った鉱物をすり潰す為の第二の顎がある。

 全身を覆う外殻は、食した鉱物の影響を受けた事で非常に頑強に発達しており、その全身がまるでルビーの様な赤い色を帯びている事から、付いた二つ名が【赤晶鉱殻竜せきしょうこうかくりゅう】だ。

 その食性故に、度々鉱山や採石場が標的になる。そこに居る人間などまるで気に掛けず、ひたすら己の腹を満たす為に食事を行う厄介者。

 追い払おうにも、その外殻故に生半可な攻撃など全く通らず、場合によってはスレイヤーに袋叩きにされながらも黙々と食事を続ける事がある位だ。

 じゃあどうやって倒すねん! って話だが、そこはちゃんとした知識があれば如何様にでもなる。ただ、今回その知識が必要とされるかは分からないが。

 しかし……成程、コイツなら今回のクエストの標的としては的確だろう。基本逃げないし、的も大きいし、その強烈な防御力を相手にラトリアの魔法がどれ程通用するか確かめるには、うってつけの相手だ。


「カルブクルスですか。確かに、私達の今回の目的からすれば、丁度良い相手かもしれませんね」

「せやね。基本向こうから襲って来る事はあらへんし……あ、でもムサシはんにはちゃんと気配を消しといて貰わへんとあかんね」

「あー……ムサシさんに気付いたら絶対に逃げますもんね。下手をすると、混乱状態に陥って逆に襲って来るかも」

「それは俺を過大評価し過ぎ――分かった、分かったよ。ちゃんとその辺は気を付けるから、その『寝言言ってんじゃねーぞこのゴリラ』みたいな目で俺を見るのはヤメテ!!」


 シャッと手でリーリエ達の視線を遮りつつ、俺はラトリアに確認を取る。


「てな訳で、俺達はこのクエストで問題無いと思うぞ。ラトリアも良いか?」

「うん……異議、なし」

「よっしゃ、したらば早速アリアんとこ持ってくか!」


 話が付いた所で、俺は手に取った依頼書を持ったままクエストボードから離れてアリアの元へと向かう。その俺の背中に、リーリエとコトハとラトリアも続いた。


 ◇◆


 俺達が持って来た依頼書に視線を落とし内容を確認していたアリアが、ついと指で眼鏡を上げて顔を上げた。


「カルブクルス……成程、今回のムサシさん達の目的からすれば、妥当な相手ですね」


 そう口にしながら、アリアは手早く依頼書の受付処理を始める。

 初めは、スレイヤーになったばかりのラトリアを大型種のドラゴンの討伐に連れて行くと言った俺に難色を示していたが、この依頼書を見せた上でラトリア本人の口からこのクエストを選んだ理由を聞かされ、こうして納得してくれた。良かった良かった。


「場所は≪ジェリゾ鉱山≫ですか。確かに、あそこは数日前からカルブクルスによる竜害りゅうがいが発生しているとの報告がギルドに上がっていますね」

「もう結構居座っちまってる感じか」

「はい。お陰で、この地方の鉄の供給が少し滞っている状態です。依頼主の鉱夫組合も頭を抱えている状態でしょう」

「だろうな」


 手続きを進めながら説明してくれるアリアに、俺は腕を組みながら相槌を打つ。

 鉱夫の方々からすりゃ、自分等の食い扶持を横から掻っ攫ってかれてる訳だ。放置が長引けば長引く程、埋蔵されている鉱物の量も減っていく。出来るだけ早い事態の解決が望まれているだろう。


「一応、言っておきますが」

「ん、何だ?」

「この≪ジェリゾ鉱山≫は現役の鉱山です。以前ムサシさんが斬り崩した≪ネーベル鉱山≫とは違いますから、間違ってもこの先利用が出来なくなるような状態にはしないで下さいね?」

「ダイジョーブダイジョーブ、もうあんなヘマはしないって」

「……皆さん、ムサシさんの手綱を離さないように。リーリエ、強化魔法の使用には細心の注意をお願いします」

「分かりました、任せて下さい」


 そう言って目配せをするリーリエとアリア。HAHAHA、もう少し俺の事も信用して欲しいなぁ!?


「……? 三人は、何の話をしてる、の?」

「うーんとなぁ。昔まだムサシはんがスレイヤーに成り立ての頃、クエストで向かった先でドラゴンと戦った時に、お山を一つ駄目にした事があったらしいんよ」

「だめにした……潰しちゃった、って事?」

「せやね。うちもムサシはん達から聞いただけで、直接見た訳やないけど……今回行く場所は、まだまだ沢山の人が働ける場所やから、前みたくしたらあかんよって話やね」

「なるほど……ムサシ、すごい……!」


 事情の説明を受けたラトリアが、コトハに頭を撫でられながらキラキラとした眼つきで俺を見て来る。よせやい、そんな目で見られたらついしたくなっちゃうじゃないか。


「……ムサシはん?」


 が、そんな俺の昂りを見抜いたコトハが、にっこりと笑う。その笑顔の裏からは不可視の巨大な釘が伸びており、俺の心臓をガッツリと串刺しにしていた。


「わ、分かってるって。本当に気を付けるから……てか、今回は俺がそこまで力んじまう場面は無い筈だから大丈夫だって」


 手を上げてふるふると首を振る俺を、ラトリアを除いた女性陣三人のジトッとした目が見詰める。

 いや、これはマジだぞ? このクエストのメインアタッカーはラトリアになる予定なんだから、俺はフォローに徹する事になる筈だ。

 必然的に、クラークス変異種をぶった切った時みたいな真似はする必要は無いと思う……てか、アレはリーリエの補助無しには出来ない芸当だと思うんだがなぁ。どうにもイマイチ信用されてないですねこれは……。


「……アリア、手続きの方はどうだ?」

「あぁ、はい。終わりましたよ」

「サンキュ!」


 俺の言葉で仕事モードに戻ったアリアから依頼書の写しを受け取り、ホッと一息つく。取り敢えず、これで針の筵状態は脱した筈……そう考えた時、俺はある事に気が付いた。


「いや、待てよ……ぶっちゃけ、今回気を付けなくちゃいけないのは俺よりもラトリアじゃないか? ラトリアが倒れていた場所って、中々悲惨な事になってた記憶があるんだが」

「そう言えば……そうですね」

「あれだけの規模の魔法やからなぁ。そこは、うち等が十分に気を付けてラトリアはんのカバーをするしかあらへんかな」

「だな。あ、でもラトリア。俺等は別にお前にセーブしろとは言ってないからな? お前が証明したいと言ったその力、存分に見せてくれ」

「ん……分かった」

「うっし、じゃあ諸々の準備をして出発しよう。アリア、留守を頼む」

「はい。皆さん、十分に気を付けて下さいね――いってらっしゃい」


「「「「いってきます!」」」」


 ◇◆


 ギルドを出た俺達は、先ず最初に全員で市場へと向かう。今回のクエストで必要になると思われるアイテム、食料等を買い揃えた後、馬車の手配へと向かった。

 そうして着いた受付所で、俺達が使う馬車を見繕う。毎度の事だが、ここは本当に良く混むな。朝方は特に、だ。


「しかしあれだな、ラトリアが加わったから今までの三人から四人乗りの奴じゃなくて、五人から六人位乗れる奴を選んだ方がいい訳だな……うし、じゃああの馬車にすっか」


 そう言って俺が指差した先には、普通よりも大きい造りになっている馬車が一台。あの大きさなら、六人乗りって所か。

 特にリーリエ達から反対される事も無かったので、俺達はその馬車の御者に声を掛けてキープしてから、受付所の中へと入った。

 係員の兄ちゃんの所で手続きを済ませ、いよいよ俺達は馬車へと乗り込む。さて、≪ジェリゾ鉱山≫まではここから何日位だったかな。


「あっ」

「どうしましたムサシさん?」

「忘れ物?」

「いや、そう言えば最近ストラトス号あんま走らせてねぇなって」

「……それ、なに?」


 俺が口にした聞き慣れない単語に、ラトリアが反応する。そうかそうか、そんなに知りたいか。なら俺が説明してやるぜェ!


「ストラトス号ってのはな、この世で一番人力車だ。牽引役は俺なんだが、めちゃんこ速いぞぉ?」

「……どのくらい?」

「最低でもこの馬車の三倍は速い。その気になれば十倍は速く走れるぞ!」

「……! の、乗りたい。乗ってみたい!」

「うむ、良かろう。じゃあ今度行く別のクエストで久々に使ってみるか! なぁ、二人とも?」


 興奮した様子のラトリアの頭を撫でながら俺がそう言うと、コトハは小さく苦笑いをし――リーリエは、少し顔を青くしていた。何故だ!!

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