第12話 ラトリアの決意
朝は必ずやって来る。例え前日の夜に色々とやらかしても、朝日は昇るのだ。
「ラトリア、二日酔いは大丈夫か?」
「ん……大丈夫」
いつものカウンター席。アリーシャさんの料理を待つ俺の隣で、少しボーっとした様子のラトリアが返事を返す。
気持ち悪そうな顔はしていない辺り、多分酒自体には強いんだろうな。昨日はちょっと、いきなり量を飲んじまったから寝ちまっただけで。
「すまんな、次はもっと美味しい酒の飲み方を教えるから……コトハが」
「うち!? べ、別にええけど……」
いや、コトハよ。驚いてる所悪いが、この面子で上手に酒を飲めんのお前だけだぞ? 俺はノッてる間は無尽蔵に飲むし、アリアは前後不覚になるし、リーリエは……。
「リーリエ、大丈夫ですよ。昨日の事は……えっと、ワタシ達だけの秘密ですから」
「死にたい……」
うむ、ラトリアとコトハを挟んだ先で無事死んでるな。そりゃそうだ、昨日自分が何言ったか全部覚えてるんだもの……リーリエの妙な酒への耐性が裏目に出たな。
結局昨夜は、リーリエがアリアの拘束を途中で振り切って色々と口走っちまってたからな……主に、女の子が口にするのはちょっとアレな事を。
取り敢えず言えるのは、リーリエは俺の想像以上に耳年増でむっつりだったって事……しかし、そこが良い。でも外でああなるのは勘弁な!
「……? リーリエは、どうしたの?」
「ああ、そうか。ラトリアは直ぐにアリーシャさんと寝室行ったから知らないのか。いや実はあ痛だだだだだだだだだだ!!!??」
俺が口を滑らせそうになった瞬間、コトハの左手が雷を迸らせながら俺の右耳へ伸び、そのまま掴んで思いっきり引っ張った。
「ムサシはーん、何さらっと暴露しようとしとるーん?」
「ス、スイヤセン! シャッスシャッス!」
「全くもう……ラトリアはんも、昨日あった事は気にせんといて? リーリエはんの為に、ね」
「う、うん……分かった」
俺の耳をパッと離してにっこりと笑ったコトハに、ラトリアがコクリと頷く。心なしか、おっかない物を見た様な顔になってますねぇ……ああ、耳が痺れるんじゃあ。
「アンタ達、朝っぱらから騒がしいよ」
呆れた様な声で厨房から現れたのは、料理を持ったアリーシャさんだ。その腹を刺激する香りを捉えた瞬間、俺とラトリアの意識が食事モードへバチっと切り替わった。
「ほれ、ドラゴン肉のステーキ定食特盛。ラトリアは、ハンバーグ定食だったね」
「あざっす!」
「……!!」
「残さず食べるんだよ。リーリエ、アンタはいつまでそうしてるんだい――」
俺とラトリアの前に料理を置いたアリーシャさんは、次ぐ次と他の面々の料理を出しながら突っ伏したままのリーリエの元へと向かう。よし、アリーシャさんならうっかりバラしちまいそうになった俺なんかよりずっと上手にリーリエをフォローしてくれるだろ。
「うっし、したらば――」
パンッ、と俺とラトリアが両手を合わせる。今日も美味しく俺達の糧となる生命に感謝して……。
「頂きます!」
「いただき、ます!」
◇◆
朝のギルドは、一日の中で一番人の出入りがある時間帯だ。喧噪も中々の物で、その光景を見たラトリアはしばし圧倒されていた。
「す、すごい……昨日とは、大違い」
「一番人が動く時間帯だからな」
「ですね。ラトリアちゃん、大丈夫? 人酔いとかしてない?」
「ん……大丈夫」
リーリエの問いに、ラトリアは小さく頷く。その様子を見てから、俺は多くのスレイヤー達が集まっているクエストボードの方へと視線を向けた。
アリアは既に窓口で俺達のクエストを処理する為の準備を進めてくれている。問題はどんなクエストを受けるかなんだが……。
「さてどうすっかな。俺としてはラトリアにとっては初めてのクエストになる訳だから、取り敢えずクエストって奴がどんなもんか触れる程度の難度が高くない奴を選びたい所なんだが、皆はどうだ?」
「賛成です」
「うちも」
「おけー……ってのが
俺達三人の意見をまとめた上で、視線を落としてラトリアに問う。結局の所、これはあくまで俺達の考えであって、もしラトリアが希望する内容のクエストがちゃんとあるのなら、そっちを優先するべきだろう。言うなれば、今日のクエストはラトリアのデビュー戦みたいなもんだからな。
「えっと……一応、ある。でも……」
「よし、あるなら言っとけ。遠慮は無しだ」
「……分かった。ラトリアは、ドラゴンの討伐に行きたい……それも、大きいの」
ぎゅっと手を握り締めてそう言ったラトリアの言葉で、俺達は顔を見合わせる……リーリエもコトハも、少し険しい顔をしていた。それは俺も同じだ。
大きいの、って事はつまり大型種のドラゴンの討伐がしたいって事だ。しかし、当然の事ながらクエストの難易度はスレイヤーになったばかりのラトリアを連れて行くにはあまりにも高い。
出来ればその意見を組んでやりたい所ではあるが……取り敢えず、俺はラトリアにその理由を聞いてみる事にした。
「本来なら、NOと言う所だが……ラトリア、何でデカいドラゴンの討伐に行きたいんだ?」
「……ムサシ達は、ラトリアを“仲間”って言ってくれた……だから、証明したい。ラトリアが……ラトリアの魔法が、ちゃんとムサシ達の役に立てるって事を」
意を決した様にそう言い切ったラトリアの言葉に、俺達は目を見開いた。
自分の為では無く、俺達の為に力の証明をしたい。これは中々、正面から言える事じゃ無いだろう。その表情も、真剣その物だ。
これは、ラトリアに対する評価を少し改めなければいけないな……となれば、だ。
「……リーリエ、コトハ。ラトリアはスレイヤーに成り立ての白等級だが、俺達三人でフォローすれば大型種もいけると思うか?」
「
ゆっくりと、しかし芯の通った声でコトハが答える。リーリエは少し考えこんだ後に、すっとラトリアの傍に屈んでその手をそっと包み込む様に握った。
「……ラトリアちゃん。もしクエスト先で私達が逃げるって言ったら、ちゃんと付いてこられる? 深追いは絶対にしないって、約束出来る?」
静かにそう問うリーリエに、ラトリアは少し視線を泳がせた後――スッと、リーリエの瞳を真正面から見た。
「……うん、出来る。みんなを危険に晒す様な事は、しない」
「そっか……ムサシさん、私も大丈夫だと思います」
ふっと表情を柔らかくして、ラトリアの頭を撫でながらリーリエが立ち上がる。その一連の様子を見て、俺はパン! と手を叩いた。
「決まりだな……ラトリア。お前の決意は受け取ったが、あんま気張んな。楽に行こうぜ」
「ん……分かった」
「よし、じゃあクエストボードに行こうか。他の連中に取られちまう前に、いい感じの選ぶぞ」
そう言ってラトリアの背中をポンポンと叩き、俺達は沢山のスレイヤーが集っているクエストボードへと足を運んだ。
◇◆
さて……一口に大型種と言っても、その種類は様々だ。ヴェルドラみたいな肉食性のヤツもいれば、
「どうすっかな、かっ飛ばしてわざわざ肉食の凶暴なヤツを選ぶ必要は無いと思うが」
「そうですね。出来れば肉食性のドラゴンに比べて危険度の低い草食性のドラゴンが良いと思います」
「せやね。付け加えるなら、ラトリアはんの魔法の威力……それを十分に証明出来る相手がええんとちゃうやろか」
「うーん……となると、何になる?」
俺は顎に手を当て、クエストボードを見ながら思案する。
ラトリアの魔法がとんでもない威力を持っているのは、≪ガリェーチ砂漠≫で見た時に分かっている。となれば……出来るなら、防御力の高い相手が良い。それこそ、
その時、ラトリアがクエストボードのある一点を見詰めているのに気が付いた。その視線の先にあるのは、一枚の依頼書。ご丁寧に、討伐対象と思われるドラゴンの絵まで描いてある。
「ラトリア、あれが気になるか」
「ん……ドラゴンの絵が、描いてあるから」
「……よし、見てみるか」
俺はそれをピッとボードから剥がし、全員が見える様に手元へと持って来た。そうして、四人で依頼書を読んでみる。
「“鉱山を荒らす大型種のドラゴンの討伐”……相手は、【
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