第10話 言えない事情

【Side:ラトリア】


「はぁー、食った食った」


 そう言って自分のお腹をポンポンと叩きながら、お酒が入ったジョッキを口に運ぶ男の人――ムサシは、満足そうに笑っていた。


「ムサシさん、どうでしたか……?」


 そのムサシに上目遣いでそう聞いているのは、リーリエと言う名前の綺麗なハーフエルフの人。二人とも、ラトリアが行き倒れていた時に助けてくれた恩人。


「美味かったぞ。生姜焼きは久し振りに食ったけど、味付けも俺好みだったし、文句無しだな」

「良かった……」

「リーリエはんも、大分料理する姿が様になってきたんとちゃう?」


 そう言ってムサシとリーリエにころころとした笑顔を向けているのは、凄く綺麗な白い髪を持つ獣人のお姉さん――コトハだ。この人も、お腹が空いていたラトリアに料理を作ってくれた恩人だ。


「アリアの野菜たっぷり豚肉蒸し料理も美味かった。量も多かったし、大満足だ」

「ありがとう御座います」


 そう言って静かに笑みを浮かべるのは、ムサシ達のパーティーの専属受付嬢をやっていると言うアリアだ。切れ長の目と銀の髪、メガネを掛けたクールな雰囲気が印象的なエルフの人。ギルドでラトリアがスレイヤーになる為に必要な事をやってくれた人だから、この人も恩人。


 それと、今は厨房の奥に居て姿が見えないけれど、この≪月の兎亭≫と言う宿屋の主人のアリーシャ……さん。ラトリアに寝泊まりする場所を用意してくれた、恩人……今のラトリアの周りの人は、全員恩人だ。


「ラトリアはんはどうやった? うちが作ったオムライス」

「ん……凄く、美味しかった。また食べたい」

「そっかそっか。なら、また作ったげるからなぁ」


 そう言って、コトハはラトリアの頭を撫でた。何だか、皆ラトリアの頭を撫でたがるけど……ちょっと、照れる。

 ご飯を食べ終わって、和やかな時間が流れる時間。でも、ラトリアにはこの場でみんなに言っておかなければならない事と、聞いておかないといけない事があった。


「あの……今回は、ラトリアを助けてくれて、ありがと……ありがとう、御座います」


 ラトリアは椅子から立ち上がって、皆へと頭を下げる。それを見たムサシ達は、ちょっと吃驚したような顔をしていた。


「どうした、改まって」

「その……ムサシ達に助けて貰ってから、ずっとお世話になってるから……お礼、言わなきゃって」

「あぁ、そう言う事。今更そんな畏まる事ねぇよ、座れ座れ。あと前にも言ったが丁寧語は使わんでもよろしい」

「……ん、わかった」


 ムサシにそう言われて、ラトリアは再び腰を下ろす。そうしてから、全員の顔を見回しながら再び口を開いた。


「えっと……ラトリアから、皆に聞いても良い?」

「良いぞ、何聞くかは知らんが」

「て、適当……」

「ムサシはん、もしかして酔ってる?」

「ヨッテナイヨォ!」

「あ、これは酔ってますね……ラトリアさん、聞きたい事とは?」


 少し呆れた様子の視線をムサシに向けながらも、アリアがラトリアに続きを促して来る。少し怖いけど……これは、聞いておかないといけない。


「あの……えっと、その。どうして、ムサシ達はラトリアにここまで良くしてくれるの?」


 それは、≪ガリェーチ砂漠≫で出会った時から気になっていた事。助けて貰った事は有り難かったけど、正直ムサシ達がラトリアにこれ程手を貸してくれる義理は無いと思うのだ。

 今のラトリアには、恩人であるムサシ達に返せるものが無い。食事も、寝る所も提供してくれて、スレイヤーになる手伝いもして貰って……でも、今のラトリアにはその恩に報いる事が出来ない。自分でも、情けないと思う。

 だから、せめてここまでラトリアに手を貸してくれる理由が分かれば、この先ラトリアがみんなに何を返せばいいのかのヒントになるかも知れない。だから、意を決して聞いてみたのだ。


「どうして、って言われてもなぁ……」


 恐る恐るといった風に聞いたラトリアの問いに、ムサシは頭を軽く掻きながら思案する。そうした後に、何でもない事の様に言った。


「なんつーか、アレだよ。助けない理由が無いし、世話を焼かない理由も無い。“なぜなにどうして”何てあんま深く考えてねぇな、俺は。それに、今のラトリアは色々と危なっかしいからな……」


 ジョッキを傾けながらも、あっけらかんと言い切ったムサシに、リーリエ達も同調した。


「ですね。放っておくなんて選択肢は有りませんし」

「ちゅうか、もううち等のパーティーに入ったんやからラトリアはんはそんな事気にせんでもええねんで?」

「コトハさんの言う通りですよ、ラトリアさん。ワタシ達はもう“仲間”なんですから」


 仲間――その言葉に、ラトリアの胸が震えた。何故なら、今までラトリアの周りに仲間と呼べるような人は……あまり、居なかったから。


「で、でも……まだラトリアとムサシ達は、会ってから全然時間も経ってないし……」

「時間なんて関係ねぇよ。いいじゃん、“出会って二秒で即仲間”って感じで」

「そ、そんなに軽い出会いでは無かったような……それにもう少し考えて動こうとしていた気がしますけど……」

「まぁまぁ、ええんとちゃう? ムサシはんらしいし」

「せやで。あぁ、そうそう。俺等は別にラトリアにこの事に関して見返りとかは求めてないから心配すんなよ?」


 ……これは、余りにもお人好しが過ぎるのではないだろうか。助けて貰ったラトリアが言える事じゃないけど、それでもそう思わずにはいられなかった。


「……ラトリアさんは、今のワタシ達に何か不満がありますか?」

「っ! そ、そんな事無い!」

「なら、気にする必要はありませんよ。勿論、ワタシ達に負い目を感じて遠慮をする必要も無しです」

「そうだぞ! あんま面倒臭く事考えんな、すーぐ頭痛くなるからな!」

「それはムサシさんだけかと」

「ヒドゥイ!?」


 軽快なやり取りをしながらムサシがラトリアの頭をガシガシと撫でるけど、ラトリアの頭はこんがらがるばかりだ。だって……ムサシ達は、ラトリアが今まで出会って来た人達と、から。


「……んー、何か納得いかないって顔してんな」

「あぅ……ご、ごめんなさい」

「あぁいや、責めてる訳じゃねえよ。したらば、俺からもラトリアに質問させてくれ。お互いに聞きたい事聞いて、それでチャラにしようぜ」


 ジョッキをぐいと飲み干すと、ムサシがラトリアへと視線を向ける。ラトリアもムサシの顔を真正面から見つめ返し、お互いの瞳が重なった。


「――なぁ、ラトリア。スレイヤーでもないお前が、どうしてあんな所に居たんだ? てか、どっから来た?」


 その簡潔な質問を聞いた瞬間、ラトリアの顔から血の気が引くのが分かった。


「あとよ、お前は俺達とパーティーを組みたい理由で『一人で行動するのに、限界を感じた』って言ってたが……理由は、それだけか?」


 真っ直ぐにラトリアの顔を見詰めたまま、ムサシが聞いて来る。

 これは、ムサシ達からしたら当然の疑問だと思う……でも、どうしよう。答えるのが、凄く怖い……。

 だけど、言わなきゃ。じゃないと、ラトリアは――。


「……あー、やっぱいいや。今の俺の質問はナシで」

「え……でも」

「良いから良いから。俺の方から聞いといてアレだが……言いにくい事、なんだろ?」


 言葉に詰まったラトリアを見て、ムサシはフッと笑ってその大きな手をラトリアの頭にポンと置いた。


「……それだと、チャラにならない」

「チャラにする。その内、気が向いた時にでも話してくれりゃいいよ……悪い、緊張させちまったな。ほい、水」


 そう言って、ムサシは空のグラスに水を入れてラトリアに差し出す。確かに、今のラトリアの喉はカラカラだった。


「……ありが、とう」

「礼はいらな……オイ待てラトリア、そっちは水じゃ――!?」


 慌ててムサシがラトリアが手に取ったを奪おうとするが、時すでに遅し。

 多分、自分でも驚く位に気を張っていたんだと思う。じゃなきゃ、水の入ったグラスとお酒の入ったジョッキを間違えたりしない。


「ちょっ、ムサシさん! 幾らラトリアちゃんが成人しているからって、その量のお酒は……!」

「い、いや俺はちゃんと水を渡そうとしたよ!? ラトリア、ぺーしなさいぺー!」

「ら、ラトリアはん! そんなに一度に口に入れたらあかんて!」

「ムサシさん、ジョッキを取り上げて下さい!」


 ……何やら、ムサシ達が慌てている。でも、その声は今のラトリアにはどこか遠くのものに感じた。それに、凄く頭がふわふわする。


「……けぷ」


 ムサシが用意してくれたお酒を飲み干した時――ラトリアは、隣に座っていたムサシの太ももにダイブして、そのまま眠りについた……おやすみぃ。

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